天使の寝顔、悪魔の所業②
「カズ。そろそろ席替えが恋しくなってくる頃合いじゃないか?」
「どんな頃合いだよ。俺はこのままが良い」
「まさか、天使の隣の席を独り占めしたいっていうのか……!?」
俺と雪歩が段々親密な関係になってきているのが許せなくなってきたのか、朝から妙に牧に絡まれるようになってきた。
雪歩には向かい側にも隣の奴がいるんだし、別に俺が独り占めしているわけではないが、雪歩の周りは俺以外女子ばっかりだしなぁ……。
「大体な、カズ。校庭側の一番後ろの席とかいうラブコメ主人公の特等席に居座りやがって、お前はいつからラブコメ主人公になったつもりなんだ?」
「いや、別にラブコメ主人公の特等席ってわけじゃないだろ。何か統計でもあるのか?」
「そりゃ、自分の席からセンチメンタルな心持ちで空を眺めるシーンが映えるからに決まってるからだろうが!」
「その感じ方は人によるだろ」
登下校や移動教室の時に少し距離が長いのは難点だが、不思議と落ち着く席なのである。
「それにだ、カズ。お前はあの天使たるユキポンの隣っていう環境にもう少しありがたみを感じた方が良いぞ。だってユキポンの隣の席ってだけで、毎朝ユキポンが挨拶してくれるんだぞ!?」
「まぁ、それは確かにな」
「それにな、ユキポンって休み時間に寝てることもあるだろ? 俺達は遠目からしか見ることが出来ないが、お前は天使の寝顔を間近で見ることが出来るわけだ。しかし! カズは天使の寝顔を独り占めするだけで、俺達に共有してくれないのはズルいんじゃないか!?」
俺は独り占めしているつもりでもないし、皆のものでもないはずだ。
「そんなにアイツの寝顔を見たいのか?」
「当たり前だろ! あの天使たるユキポンの寝顔を毎日一瞬だけでも拝むことが出来たなら、一体どれだけ生きる活力を得られるか! 願わくば天使の寝顔を携帯の待ち受けにしたい……!」
「そうか。じゃあせっかく本人が真後ろにいるんだし、直接頼み込んでみたらどうだ?」
「なぬー!?」
俺と牧が話している間に、天使天使と崇め奉られている雪歩が登校してきていた。
なんかこんなこと、前にもあった気がする。
「煩わしい太陽だね、和海君」
「どこかで聞いたような気がする言い回しだな。おはよう、雪歩」
「大名巻君もおはよう。私がどうかしたの?」
「ぐっ……ここまで来たなら仕方ない! ユキポン、君の寝顔を写真に収めてもいいかな!?」
「島流し」
「ぐわー!?」
雪歩の寝顔を写真に収めたら島流しにされてしまうのか。
自分の寝顔を写真に収められた上、携帯の待ち受けにされるのは、確かに良い気分ではないかもしれない。
「私の寝顔を映した写真を見たら、一分以内に他の誰かに写真を見せないと地球が滅亡するよ」
「最初の奴が失敗したら全部終わりじゃねぇか」
「だが、そのリスクを負ってでも撮る価値はある……!」
「もっと地球のことを考えてやれ」
自分の欲望と地球の命運を天秤にかけた結果、僅かに地球の命運の方が上回ったようで、牧はトボトボと自分の席へと戻っていった。
一方で、雪歩は俺をからかうような笑みを浮かべながら言う。
「和海君は私の寝顔、撮ってみたい?」
何だよ、その質問は。
「俺にそんな趣味はない」
「それは残念。私はこの前和海君の寝顔を撮ったから、一枚ぐらいは許してあげようかと思ったのに」
「そんなこともあったな……まだ残してるのか?」
「うん。プリントして家の前に貼ってる」
「今すぐ剥がしてこい」
そんなこんなで、朝のSHR前の一時は終わり、午前の授業が始まる。
ちょっと前まで授業中ですらウトウトしがちだった俺も、最近はまともに授業を受けられるようになったが、一方でお隣さんである雪歩はというと────。
「おっ、また雪ちゃん寝てる~」
休み時間、俺の隣の席でタオルを枕にして眠っている雪歩の元に三門がやって来た。
三門はツンツンと雪歩の頬を突いているが、雪歩が目覚める気配はない。
すると、三門は何か閃いた様子で俺に言う。
「あ、そうだ才木君。雪ちゃんにちょっとイタズラしてみない?」
「イタズラって、何するつもりなんだ?」
「目潰しとか」
「お前は雪歩に何か恨みでもあるのか?」
普段の彼女達を見ている限りでは仲睦まじげに見えるのだが、彼女達にとってはそれが普通のコミュニケーションなのだろうか。
「せめて、頭の上に物を乗せるとかにしといたらどうだ?」
「あ、それも良いね。じゃあまずは私が隠し持っているキャンディーから……」
そう言って三門が雪歩の頭にキャンディーを乗せようとした途端、油断していた三門の腕を、眠っていたはずの雪歩がガシッと掴んだのだった。
「ぬわー!?」
「私の寝込みを襲おうだなんて百年早いよ、海夏」
「その言い方は語弊があるだろ」
まぁ休み時間はそんなに長くないし、そんなガッツリ眠っているわけでもなかったのだろう。きっとうっすら目が覚めていて、俺達の会話を聞いていたに違いない。
「和海君も」
「何だ?」
「私の寝顔を見ようなんて、一週間早いよ」
「結構近いな」
一週間どころか、俺は毎日のように天使の寝顔を拝ませてもらっているのだが。
そして、迎えた昼休み。
パパッと昼食を終えて教室に戻ると、先に戻っていた雪歩が自分の席でスヤスヤと眠っていた。
クラスの男子共はチラチラと眠っている雪歩の方を見ていたが、あまりジロジロ見ていると怪しまれるからか、ガッツリ見ることが出来ずにいる。
一方、隣の席である俺は……いくら隣とはいえ、雪歩の寝顔を合法的に見れるわけではない。
人が寝ているところ、さらには女子の寝顔なんてそんなジロジロ見ていいものではないはずなのだが、どうしても気になってしまうものなのである。
俺は自分の席で本を読んでいるふりをしながら、隣の席で眠っている雪歩の様子を伺う。
雪歩はタオルを枕にして、顔をこちらに向けてすやすやと眠っている。
その穏やかな寝顔は、いつも俺をからかってくる悪魔のものとは思えない程の美しさと言っても過言ではなく、多くの生徒が彼女を天使と持て囃す理由がよく分かる。
絵にしたい、なんて大げさな表現かもしれないが、ずっと見ていても不思議と飽きが来ないものである。そんな奴が隣にいるせいで、俺の青春はメチャクチャではあるが。
その寝顔を写真に収めたら、たった一枚の写真のはずなのに、彼女の天使のように穏やかな性格や輝く笑顔を簡単に想像できて、それに良い香りまで漂ってきそうである。
……日頃から雪歩があんな風に俺を遊び道具にしていなければ、俺は彼女のことを天使としか見ていなかったかもしれないが、それはそれで刺激が強すぎる。
天使というほど美しすぎず、とはいえ悪魔というほど醜すぎず、丁度いい塩梅の方が接しやすいものである。
この天使のような悪魔は、まだ天使に近すぎるような気がするが……。
しかしこの悪魔、中々目覚めそうにない。昼休み、そして昼食後だから結構深い眠りについているのだろうか。
ならば、と少し魔が差しかけた頃────雪歩の目が、パチリと開いた。
俺と雪歩の、目と目が合う。
突然で、しかも想定していなかったが故に俺は戸惑ったまま、この状況を理解するのに時間がかかっていたが……一方で、寝起きのはずなのにこの状況を即座に理解したらしい雪歩は、タオルを枕にして突っ伏したままニヤリと笑って言う。
「もしかして、私の寝顔見てた?」
「ち、違う」
本当は結構ガッツリ見ていたのに、俺は反射的に否定してしまう。無駄な反抗だったが、ガッツリ見ていましたとバカ正直に言うわけにもいかない。
そんな俺の嘘は雪歩にバレバレのようで、彼女は起き上がってクスクスと笑いながら言う。
「私の寝顔の写真を撮ろうなんて二週間早いよ」
「ちょっとだけ伸びてんじゃねぇか」
流石に自分のモラル的に雪歩の寝顔を写真に収めようとまでは思わなかったが、もう少し雪歩の寝顔を拝んでいたら理性が吹っ飛んで、携帯を取り出していたかもしれない。
「和海君も、私の寝顔気になる?」
「べ、別にそういうわけじゃない。ほら、もうすぐ授業始まるから、気にしてただけだ」
「じゃあ、時間になっても私が寝てたら、どうやって起こしてくれたの?」
「そりゃあ、声をかけるだろ」
「それでも私が起きなかったら?」
「放っておくさ。思う存分夢の世界を楽しんでてくれ」
最悪、他の奴に雪歩を起こすように頼むだけだ。
それはそれで、雪歩は俺が恥ずかしくて逃げたと解釈してからかってきそうだ。やはり、この天使の皮を被った悪魔相手では、逃げ道がなさそうである。
雪歩にからかわれっぱなしの毎日、いつかどこかで逆襲できないかと内心思っていたが──その機会は、案外すぐにやって来たのだった。




