私って重いかな?③
放課後。今日は珍しく学校での予定がないので、そのまま教会へ直行しようかと考えていた時のことだった。
「あ、才木先輩!」
校舎の生徒玄関へと向かう途中、亜麻色ボブヘアーの女子生徒から声をかけられた。
ゴールデンウィーク中に出会った、椎田美紅という一年生の子だ。
「あぁ、椎田か。何かあったか?」
「私、文芸部に入部したんですけど、図書室ってどこだったかわからなくなっちゃいまして……」
彼女達一年生が入学してから一ヶ月が経ったとはいえ、この学校も結構広いしまだまだ迷うこともあるだろう。文芸部が活動の拠点にしている図書室も結構遠いし。
ていうかこの子、本当に文芸部に入部したのか……感謝しろよ北岡、俺が部員一人増やしてやったぞ。
「図書室なら、そこの階段上がって三階まで行って、左の方にあるぞ」
「は、はい、わかりました! ありがとうございます!」
椎田は元気良く返事して、俺にペコペコと会釈してから階段を駆け上がろうとしたが、なんと一段目でつまづき──。
「へぶっ!?」
「し、椎田ー!?」
椎田は見事に階段でずっこけたのであった。
一段目だからまだ良かったものの、顔面から倒れたように見えたので俺は慌てて椎田の元に駆け寄った。
「だ、大丈夫か? 痛むところはないか?」
「いたた……ちょ、ちょっと足をひねっちゃったみたいです……」
何とか顔などは打たなかったようだが、こけた時に足を捻ってしまったようで、椎田は若干涙目になりながら右の足首辺りをさすっていた。
「歩けそうか?」
「あ、はい……いたたっ」
椎田は立ち上がろうとしたが、やはりこけたばかりで痛みが強いのか、苦しそうな表情を浮かべていた。
「無理はしない方が良い。俺が運ぶから、一緒に保健室に行こう」
「は、はい」
「……一応聞くが、どう運ばれたい?」
「へ? え、えっと、その……才木先輩の、お好きなように」
しまった。一番困る答えが返ってきてしまった。
俺と椎田の身長差だと肩を貸すのも一苦労だし、ここは仕方ない。
「じゃあ、失礼するぞ」
「ひゃ、ひゃっ」
俺は椎田の体をひょいっと持ち上げる。
椎田は雪歩より身長はあるからか、やはり……。
……。
……あまり、こういうのは考えない方が良いか。うん、比べるのは良くない。軽いものは軽い。
「さ、才木先輩?」
「え? あぁ、すまない。じゃあ保健室に行くぞ」
「は、はいっ」
俺は椎田をお姫様抱っこしたまま保健室へと向かう。
途中、廊下ですれ違った生徒から奇異の目で見られ、椎田は恥ずかしがるかと思ったが──。
「お、王子様……」
……どうやら、彼女の理想の王子様像にまた一歩近づいてしまったらしい。
保健室に向かうと養護教諭の先生がいたから椎田の治療は任せることが出来たものの、大事を取って文芸部の活動は休ませることにした。
俺はそれをメグにLIMEで伝えたのだが、どうやら俺の助けを必要としているらしく、そのまま図書室へ向かおうとしたのだが──。
「あ、和海君」
「あぁ、雪歩か」
先ほど椎田がずっこけた階段の前で、雪歩とバッタリ出会った。
放課後になると雪歩はすぐに教室から姿を消してしまうが、こうして校内で突然出会うこともあるから神出鬼没である。
「今帰りか?」
「ううん、ちょっとメグに会いに行こうと思って」
「あぁ、丁度良かった。俺も今から文芸部に顔を出そうと思ってたんだ」
「じゃあ、せっかくだし一緒に──」
と、雪歩が一歩踏み出した途端、彼女の姿は俺の目の前から一瞬にして消え──彼女は廊下にビターンッと盛大に倒れてしまったのだった。
「ゆ、雪歩ー!?」
さっき階段でつまづいた椎田とは違う、雪歩は何もないところでつまづいてずっこけたのだ。
雪歩ってこんなドジっ娘だったっけと戸惑いつつ、俺は慌てて彼女の元に駆け寄って声をかけた。
「だ、大丈夫か!?」
すると、雪歩は案外平気そうに起き上がったが──。
「足が痛い」
「え?」
「足、捻っちゃった」
そう言って、雪歩は自分の右の足首辺りをさすっていた。
なんだろう、このデジャヴは。一日に二度も人がずっこけるところを目撃することなんてあるのだろうか。
雪歩の案外余裕そうな表情を見る限り、そんなに痛くなさそうだが……。
「だ、大丈夫か?」
「これはもう折れてるかもね」
「お、折れてる!?」
「うん。これはもう歩けないね。大怪我だよ。だから、私を早く保健室に連れて行って」
何だその圧は。しかも心なしか棒読みな気がするし。
さっきずっこけた椎田は痛そうな表情をしていたが、対して雪歩の表情は笑顔こそ浮かべていなかったが……どこか据わったような瞳で俺のことをジッと見つめ、妙な迫力があった。
しかし、実際は強がって我慢しているだけかもしれないし、演技してるだろとも言えず……。
「……一応聞くが」
「あ、お姫様抱っこでお願い。この前みたいに」
「そ、そうか……」
……もしかして、俺がさっき椎田をお姫様抱っこして運んでいた一部始終を雪歩は目撃していたのではないだろうか。
だから俺をからかう目的でこんなことを……だが本当に足を痛めていたなら雪歩に悪いので、俺は仕方なく彼女を抱えたのだった。
「い、痛いところはないか?」
「うん、平気」
本当だろうか。さっき椎田を抱えた時は状況が状況だったし何も考えていなかったが、何だか雪歩の場合、俺の首に回している手の力が妙に強いように感じる。
それに、何だか密着度も強いような……。
「ねぇ、重くない?」
「全然」
「軽い?」
「あぁ」
重い軽いの基準こそ難しいものの、ここから保健室まで運ぶくらいなら全然平気な重さである。
「本当に軽い?」
「あ、あぁ」
俺は雪歩をお姫様抱っこして保健室へ歩き始め、俺が必死に脳内の邪念を振り払っている中で、俺に抱きかかえられている雪歩はどこか不安げな面持ちで俺に問うてくる。
「本当の本当に軽い?」
「あぁ、軽いさ」
かなり念入りに、何度も確かめるように。
……昼間のダイエットの話といい、もしかして雪歩は自分の体重を気にしているのだろうか。この間の体育の授業で俺に運ばれた時も、雪歩はそういうことを考えていたのかもしれない。
天使と呼ばれる雪歩にもちゃんと人間らしい重さはあるが、とはいえ大分軽い方だとは思う。多分頑張れば肩に担げるぐらいだ。
「な、なぁ、雪歩。別にそういうのは気にすることないと思うぞ」
「そういうのって、どういうの?」
「……聞かないでくれ」
いや、俺の気にしすぎか。この悪魔は俺をからかうネタを探し求めているだけなのかもしれない。
「俺は、これ以上お前が軽くなって、それこそ風が拭いただけで飛ばされるぐらいになっても困るからな。人生何事もやりすぎは良くないぞ」
「……その言葉、和海君にもそのまま返してあげる」
「何の話だ?」
「自分の頭に刺さってるセリフに聞いてみたら?」
「刺さってるんだったら引っこ抜いてくれ」
やりすぎは良くない、か。
確かに改めて言われると、色々と思い当たる節がないこともない。
「ねぇ、和海君。私って重いかな」
「だから、気にするなって言ってるだろ」
「ううん、性格」
「いや、それは知らんが」
それが、雪歩なりの冗談だったのか、割と本気めの問いだったのかはわからない。
そういう重さ軽さはわからないが、これぐらい手がかかる方が放っておけない感じがする。そんな手がかかる子を求めてしまうのは、いつも人助けに飢えている、俺の悲しい性なのだろうか。
そんなこんなで保健室に到着すると、養護教諭の姿はあったものの椎田はいなくなっていた。
俺のことを王子様と慕っている椎田がいなくなっていて、なおかつ雪歩をここまで運んできたことを生徒達に見られなかったことに、俺は心の底から安心していたのだった。
そして、雪歩の治療を先生に任せた後、俺は今度こそ図書室へと向かった。
「あら、遅かったわねカズ君」
図書室へ向かうと、メグを始めとした文芸部員が集まって何やら書き物をしていた。
「色々あってな。何かあったか?」
「それが、カズ君が来るまでに解決しちゃったのよね。せっかく来てもらったのに悪いけど」
「あぁそうだったのか、それは良かった」
俺が椎田と雪歩をお姫様抱っこで保健室に運んでいる間に、メグの用事は終わってしまっていたらしい。
骨折り損と言えば骨折り損だったが……まぁ役得だったとも言えよう。何がとは言わないが。
「じゃあ北岡。ちょっと頼まれてくれないか?」
「あら、珍しいわね。どうしたの?」
「お姫様抱っこさせてくれないか?」
「嫌よ、気色悪い」
即答。何だよ、その本気で嫌そうな顔は。
まぁ、こんなどストレートに言われることは少ないだろうが、大体は遠慮されることが多いだろう。あの二人が異質だっただけで。
しかし、最初は即答で拒否したメグも、ハァと溜息をついてから口を開く。
「でも、カズ君がそんな変な頼みをしてくるなんてますます珍しいわね。一体何があったの? 日頃から助けてもらってるし、事情次第では考えてあげなくもないけど」
「女の子の重さってどれくらいが平均的なのか確かめたくてな」
「理由もキショかったらどうしようもないわね」
こういうところがノンデリと言われてしまう所以なのかもしれない。自覚はしている。
「大体、平均的な重さを調べようにも私の体重知らないでしょ?」
「じゃあついでに北岡の体重も教えてくれ」
「余計ダメに決まってるでしょ。何を探ろうとしてるのかわからないけど、そうやって一つのことにのめり込んで周りが見えなくなってしまうのはカズ君の悪い癖よ」
「まぁそうだよな。すまない、北岡」
俺がこんなことを頼める異性なんてメグぐらいしかいないのだ。姉貴の場合は身長が高いから、そもそも俺が上手くお姫様抱っこ出来るかもわからないし。
仕方ない、と俺は帰ろうとしたのだが──。
「……まぁ、仕方ないわね」
「え?」
「いつもカズ君には助けてもらってるし、私も少しは体を張ってあげる。良いわよ、お姫様抱っこしてみなさい。体重は教えないけど」
……日頃からメグを助けてて良かった。いや、こういう時のために助けてきたわけではないが。
「じゃあ、失礼するぞ」
「とっととしなさい。変な所触ったらキン◯マ潰すわよ」
そして、他の文芸部員達に見守られる中、俺はメグを抱きかかえた。
その瞬間、文芸部員達からおぉっと歓声が上がるも──。
「……」
「……」
……。
……なんだろう、この感じは。
めっちゃ、普通だなぁ……。
「何か言いなさいよ」
「いや、別にぶふぉっ!?」
「少しくらい気の利いたこと言いなさい、エセ王子様」
メグは俺に抱きかかえられたまま器用に俺の鼻にパンチを食らわした。
まぁなんというか、メグは雪歩や椎田よりも身長が高いし、二人の感覚を知った後だとこれぐらいだよなぁと想像つく重さなのであった。
な、何も感動がない。さっき雪歩をお姫様抱っこしていた時はあんなに動揺させられていたのに……。
「やっぱり、カズ君は王子様からは程遠いわね……」
メグを下ろすと、彼女はやや不満そうにそう呟いたのであった。




