私って重いかな?②
「カズ。俺はそろそろお前を断罪しないといけないかもしれない」
「何だよ急に。何かお前の逆鱗に触れるようなことをしたか?」
「あぁ、したとも。自覚がないなら尚更、カズには重い罰を与えなければならないだろう……」
ゴールデンウィークが明けて五月に入り、もう夏が近づいてきているなぁと感じる朝のこと。俺は友人の牧から断罪を受ける羽目になりかけていた。
「お前、この間の体育の授業のこと、覚えていないのか? 足を怪我したユキポンを保健室までお姫様抱っこした時のことを!」
「あぁ、それか……」
教室に入った時どころか登校途中に見かけた生徒から何となく冷たい視線を送られているような気がしたのは、皆俺のことを妬んでいたからなのだろう。
「俺は別に本人から頼まれたわけじゃないし、出しゃばったつもりもないからな。あれはメグ、いや北岡に行けって言われたから行っただけだ」
「でも、お姫様抱っこまでする必要があったか!?」
「じゃあおんぶしても良かったのか?」
「そこは肩車だろ!」
「それはそれで色々と問題があるだろ」
「じゃあ……妥協してアルゼンチン・バックブリーカーあたりだな」
「どう妥協したらプロレス技になるんだよ!」
俺はお姫様抱っこが一番スマートな運び方だと思ったまでだ。
もしかしたら神様から天罰を受ける前にクラスメイト達から断罪を受けるかもしれないが、かの天使こと小日向雪歩をお姫様抱っこして死ねるなら俺は本望だ。
「で、カズ。どうだったんだよ」
「どうだったって、何がだよ」
「そりゃ、ユキポンをお姫様抱っこした感想だよ! どうだった、どんな感触だった?」
「いや、そんな気色悪い話をしてる間にアイツが来たらどうするんだよ」
「そうだよ鉄火巻君。そういうのはあまり本人に聞かれちゃダメなんだから」
「まぁ確かにユキポンの言う通り……って、いるぅ!?」
俺と牧がバカな話をしている間に、隣の席に雪歩が現れたのだった。そして、俺は彼女の足元をチラッと見て言う。
「雪歩、足の具合はどうだ?」
「そんな大したことないよ。普通に歩いても平気」
「駅から結構坂を登るけど大丈夫だったの?」
「私、空を飛んできたから平気」
……最近、雪歩とよく話すようになったからなのかはわからないが、彼女の話のトンチキ具合が増してきたような気がする。ここはそんなファンシーな世界観だっただろうか?
「へぇ~流石は天使なだけあるなぁユキポン」
そして何故か納得する牧。流石に羽根が生えているようには見えないんだが。
「私、風に吹かれたら飛んじゃうぐらい軽いからね」
フフン、と何故かドヤ顔を決めながら雪歩はそう言ったのだった。
昼休み、いつものように購買にパンを買いに行こうと席を立とうとした時、隣の席の雪歩から昼食に誘われ、校庭の隅にあるベンチへと向かった。
校舎から少し遠くて不便ではあるが、近くの花壇に咲いているマリーゴールドやペチュニアなどの綺麗な花々を見ることが出来るし、暖かいどころか暑くなってきた今日このごろでも木陰で風通しも良いから涼しい。
そして何よりも、雪歩と一緒にいるところを他の生徒達にあまり見られずに済むのである。今朝の牧達の割と恨めしそうな表情を見るに、それは死活問題なのである。
この調子だと、俺の平穏な高校生活が終焉を迎えるのは、そう遠くない未来の話しかもしれないが。
「今日って何だか神々しい一日だね」
「今まで一日を過ごして神々しいという感想を抱いたことはないが、そうなのか?」
「うん。多分今日はたくさんの天使がお出かけしてるんだと思う。というわけでね、私が登校する時に空を飛んでたら偶然天使と出会って、お弁当をおすそ分けしてもらったからあげる」
今日はいつにも増して変な逸話と共に雪歩は弁当を俺に渡してきた。
中身はチキンカツや卵焼きをメインに、インゲンのごま和えやきんぴらごぼう、フライドポテトなど具だくさんでボリュームのあるお弁当だ。
天使って結構俗なものを食べるのだなぁと、そんなテキトーなことを考えてしまう。
「いつも分けてくれてありがとな」
「ううん、作ったのは私じゃないし。私とは別の宗派の天使」
「天使にも宗派とかあったのか……」
毎日とまではいかないものの、雪歩はたまにこうして俺に弁当をおすそ分けしてくれるのに、どういうわけか自分が作ったとは頑なに認めようとしない。
おかげで俺は見知らぬ天使や謎の天才ハッカー、季節外れのサンタクロースや野生のミ◯キーマウスが雪歩にプレゼントしたお弁当を横流しされているのである。
雪歩が作ってくれたのであれば、俺も素直に喜ぶことが出来るのだが……まぁ文句のつけようがないほど美味しいのはいつものことだし、せっかくの貰い物だしいちゃもんをつけるわけにもいかない。
そう思いながら俺はお弁当を美味しくいただいていたのだが、隣に座る雪歩が自分の分の弁当箱も持たずに、ただ俺のことをジーッと見つめてきていることに気づいた。
「……なぁ、雪歩」
「どうかしたの?」
「お前は昼飯食べないのか?」
雪歩は少食ではあるものの、いつも小さいお弁当を用意していたはずだ。
しかし、彼女は首を横に振って言う。
「今日は、お腹空いてないから」
「え? ど、どこか具合でも悪いのか?」
「寝ている間にお腹の中に石を詰められちゃったの」
「なんかそういう童話あったな……」
オオカミと七匹の小ヤギだったか。
雪歩の冗談が本当に冗談かわからなかったものの、彼女は俺を安心させるように笑って言う。
「大丈夫だよ、ちょっとダイエットしてるだけだから」
「あぁそうか、ダイエットか……ダイエット?」
ダイエットという言葉を聞いて、俺は不思議に思って雪歩をジッと見る。
……あくまで俺の主観的な感想にはなるが、現時点で華奢な体躯である雪歩がダイエットする必要なんて全く感じられないのだが、本人的には気になる部分があるのだろうか?
足もそんな細いのに……。
「私の足、そんなに気になる?」
「あ、いや、そういうわけじゃなくてな」
つい雪歩の足に目が行ってしまって、それがバレてからかわれてしまった。
俺の足とは比べ物にならないぐらい細く、パンスト越しでも艶めかしく見えるのはどうしてだろうか……。
「で、でもな。いくらダイエットとはいえ、何も口に入れないのは体に悪いぞ。ゼリーみたいに軽めでも良いから……まぁ、俺だって自分の食生活は自慢できるものじゃないが」
「大丈夫だよ、お腹が空いたらそこら辺の女の子を騙して食べるから」
「いや、何も大丈夫じゃないが……」
と、俺が雪歩と話していると、どこからか「グゥゥ~」と腹の虫の鳴き声が聞こえてきた。
勿論、今まさに美味しいお弁当を食べている俺のものではない。俺が雪歩の様子を伺うと、彼女は素知らぬ顔をしていたが……。
「な、なぁ雪歩。お腹減ってるんじゃないか?」
「うん? どうかしたの?」
「いや、今何か鳴ってたと思うが……」
「今聞こえたのは天使のラッパだと思うよ」
「それって世界が滅ぶ予兆か何かじゃないのか……?」
まぁ、今お腹鳴っただろと本人に直接聞くのはデリカシーがなかったかもしれない。
とはいえ、いくらダイエットとはいえ何も食べないというのは無理があるだろう。
「俺もそんなに腹減ってるわけじゃないし、残りは食っていいぞ。これぐらいなら入るだろ?」
「……じゃあ、そうする」
雪歩はどこか納得がいかなさそうな表情をしていたが、俺から弁当を受け取った。俺はそのまま箸も渡そうとしたが、あることに気づく。
……これ、間接キスになってしまうのでは?
「あ、いや、ちょっと待て」
俺は雪歩に返そうとした箸を引っ込める。
「どうしたの?」
「いや、この箸は俺が使ったから、他のを使え」
「代わりのお箸なんてないよ? それとも私、手で食べないといけない?」
「だ、だが、しかしな……」
これって間接キスだよな? 雪歩もそれは気づいているはずだ。それでいて俺のことをからってきていやがるのだ、この悪魔は。
「そうだ、購買から貰ってくる。割り箸の一本や二本ぐらいどこかにあるだろ。取ってくるから待っててくれ」
「……うん、わかった」
間接キスを防ぐため、俺は急いで購買へ割り箸を取りに向かったのだった。
俺はこんなにドキドキしているのに、どうして雪歩はあんな平然としていられるのだろう?
あの自称天使様は、風に吹かれただけで空に飛ばされてしまうぐらい軽いのかもしれないが、やはり天使の皮を被った悪魔に違いない。羽根が生えていたとしても、きっと悪魔のように黒いはずだ。
そして、この神が与え給うた試練は、まだまだ俺に降りかかるのであった。




