私って重いかな?①
「なぁ、シスターって霊感あるか?」
「勿論です。霊感がなければ聖職者など務まりません」
「そんなものなのか?」
「えぇ。ちなみにですが才木さんにも守護霊が憑いてますよ」
「マジ? どんな守護霊なんだ?」
「体にたくさんの刀が刺さった落ち武者です」
「それ守護霊じゃなくて背後霊だろ!」
ゴールデンウィークが明け、今日も今日とて俺は懺悔室を訪れていた。
それはそうと、この間雪歩が連れてきたらしい落ち武者の五郎左衛門に憑かれてるんだがどうすれば良いのだろう?
「シスター、どうにかしてその落ち武者を祓えないか。悪魔祓いとか出来ないのか?」
「残念ながら、私は祓魔師免許を持ってないので……」
「そんな免許あんの?」
「退魔師免許なら持っているのですが……」
「祓魔師免許とどう違うんだ、それは?」
「この間事故を起こしたばかりなので免停中なんですよ」
「何をやらかしたんだよお前は」
もしかして祓魔師免許や退魔師免許にもゴールド免許とかあるのだろうか。何年かおきに免許センターに行って教習ビデオとか見るものなのだろうか。
「ちなみに、私に霊感なんてありませんよ。幽霊とか見たことありませんし」
「あぁ良かった。俺に落ち武者が憑いてるわけじゃないんだな」
「才木さんには霊感ないんですか?」
「そういうのとはあまり縁がないな。でも結構金縛りに遭うし、本当に何かに憑かれてるのかもしれない」
「それは憑かれているのではなく、単に疲れているだけなのでは……」
確かに金縛りはそういう霊的な現象ではなく、脳の誤作動だとか疲れが関係しているという話を聞いたことがある。実際、枕元に何かが立っていることなんてないし、金縛りに遭った時は気合で起きるようにしている。
「まぁそれはそれとして今日の悩み……いや、懺悔になるんだが」
「一体どんな罪を?」
「この間、学校で体育の授業があったんだ。いつもは男女別でやってるんだが、たまに合同で授業することもあってな。学期末にクラスマッチもあるし、クラスの結束心を高めるためにチーム戦でドッジボールをしてたんだが……その時、クラスメイトの女子が足を捻ってしまったんだ」
恋愛脳なシスターならここぞとばかりにうざったく絡んでくるかと思ったが、今日はやけに静かに俺の話を聞いていた。
「で、成り行きで俺がその子を保健室まで運ぶことになったんだが、その子に『私、重くない?』って聞かれたんだ。俺は『全然』って答えたが……俺、嘘をついてしまったんだ」
足を捻ったクラスメイトの女子とは、まぁ雪歩のことなんだが。
成り行きとはいえ、メグの差し金で俺が雪歩をお姫様抱っこして保健室まで運ぶことになり、クラスメイト達から恨めしそうな視線という名の呪詛を送られながら雪歩をお姫様抱っこしたのだ。
またあの天使の皮を被った悪魔にからかわれると思っていたのだが、俺に運ばれていた時の雪歩はまるで借りてきた猫のように、かなり大人しかった。まぁ足が痛かったからかもしれないが。
そして保健室へ向かう途中で、雪歩が俺に一言。
『私、重くない?』
女の子にそう聞かれて、「重かった」と答えるほど俺はノンデリではない。
「ぶっちゃけると……俺が想像してたよりはちゃんと重みを感じられて、びっくりしたんだ」
それは、決して雪歩のせいではない。実際、言うほど重いわけでもないし、おそらく人としてはかなり軽い部類だっただろう。
ただ単に俺が人を運び慣れていなかったというのと、雪歩の小柄で華奢な体躯を舐めすぎていたからというのが理由だ。
何せ、天使天使って言われるぐらいなのだから子猫ぐらいの重さかなと思っていたら、でっかい犬ぐらいの重さはあったからだ。
まぁあの天使とはいえ雪歩は人間なのだから四、五十キロぐらいはあるのだろうが……彼女を抱えた瞬間、思っていたよりも女の子らしい、その体の柔らかさとか温もりとかをしっかり感じ取れてしまい、びっくりしすぎて落としかけたのは内緒だ。
「ほら、どこかの神社に重軽石ってのがあるだろ? 思ってたより重いとか軽いとか確かめるやつが。あれじゃないけど、俺が想像してたよりはちゃんと重みがあったのに、俺はその子に『全然』って答えてしまったんだ」
創作などでは、女の子を抱えた時に驚くほど軽い、みたいな描写もあるが。
俺の場合は、『雪歩も人間だったのか……』なんて変な驚き方をしてしまったのである。
それはただ単に、俺が雪歩のことを幻想的な存在として見すぎていただけの話ではあるが……だって雪歩って天使っていう異名持ってるぐらいだから、フワフワと浮かべる、それこそ天使の羽根ぐらいに軽いのかなぁなんて、バカなことを考えていたのだ。
ちゃんとした人としての重さを感じてしまうと、それはそれでドキドキしてしまうものだった……あの時感じた柔らかさとか温もりとか匂いを思い出すだけで、気が気でなくなってしまうぐらいに。
「……シスター?」
俺が話を終えても、シスターからの反応がない。
「なぁ、シスター?」
あれ、俺ってついさっきまでシスターと話してたよな?
もしかして寝てしまったのだろうかと思っていると──。
「神はお怒りです」
これまでとは違う、低い声のトーンで、まるで凄むかのようにシスターはそう言った。
あ、もう赦す赦さないとかの次元じゃないんだ。もう罰せられること前提なのか。
「そ、そんなブチギレてるの?」
「はい。貴方は一生涯口内炎と深爪と鼻炎とドライアイと肩こりと首こりに悩み続けることでしょう」
「ひと思いに殺してくれないか?」
「その代償に才木さんは不死身の体を手に入れます」
「どんだけ俺を苦しめたいんだよ」
「ついでにヘルニアと水虫はいかがですか?」
「やめてくれ、本当に」
ひと思いに殺すのではなく、わざわざ不死身の体を与えた上で苦しめるのはかなりの拷問だろう。
「これまで才木さんの様々な懺悔を受けてきましたが、今回はかなりの重罪ですね……」
「そ、そんなにか?」
「はい。女の子に体重のことを聞かれて重いと思ってしまうのは人道に対する罪です。国連憲章にもそう書いてあります」
「他にもっと書くことあっただろ」
「今回ばかりは、才木さんも自分の罪を悔い改める必要がありますね……」
「ど、どうすればいいんだ?」
「腕を鍛えましょう」
こっち側が努力しないといけないのね。
「五十キロにも満たない女の子を重いと感じるような貧弱な人間には鍛錬が必要です」
「いや、俺は向こうの体重知らないけど……」
「で、ですが、フィクションに出てくる女の子キャラって大体四十キロ代ではないですか」
「あれはフィクションであって、現実ではそうじゃないかもしれないだろ。まぁ、その子は結構小柄で華奢だから四十キロ代かもしれないが……」
雪歩に「体重何キロ?」って聞けるわけがない。気の置けない間柄であるはずのメグにそんなことを聞いたら、図書室の窓から投げ落とされるに決まってる。
「それに、才木さんは他にも懺悔することがあるのではないですか?」
「え? 何の話だ?」
「その子を運んでいた時、才木さんはドキドキしなかったのですか?」
……した。
あぁ、ドキドキしたとも。
そりゃあドキドキしたとも!
だってお姫様抱っこだぞ。
びっくりするぐらい距離が近いんだぞ。
信じられないぐらい良い匂いがするんだぞ。
しかも体操服とジャージ越しとはいえ雪歩の体の柔らかい感触が伝わってくるし、足に至っては直だったんだぞ。
あぁ、そりゃその柔らかさにびっくりしたしドキドキしっぱなしだったさ!
天使なんだから宙に浮かべるぐらいの重さであれって何度も恨んだたさ!
俺がどれだけ平常心を保つのに必死だったか。保健室に向かう途中で、俺は必死に徳川将軍十五代と足利将軍十五代を念仏のように唱えていたさ。尊氏義詮義満義持義量義教……。
「……俺は必死に邪念を取り払ったつもりだ」
「つまり、取り払わなければならないぐらいの邪念は生まれていたというわけですね」
「そりゃ、当たり前だろ。そんなシチュエーションでドキドキしないほど俺の心は死んでいるわけじゃない」
「では、才木さんはさらに神様の試練を受けるべきでしょう。きっと今後も、才木さんがそういった邪念を取り払えるかどうか神様は試されるはずです。例えば急に女の子と体が密着してしまったり、女の子の着替えを覗いてしまったり、さらにはラッキースケベ的な展開も……」
「やめろ。そんなこと言われるとつい想像してしまうぐらいには、俺も健全な思春期男子なんだ」
「そんな才木さんのことも、神はお赦しになるでしょう……」
「神様は俺をどうしたいんだよ!」
最近、何かと雪歩と接する機会が多いのは、もしかして本当に神様が俺に試練を与えているのだろうか?
いや、だとしたら何のためにって話だが。
「もし、次もそういう機会があったなら、お姫様抱っこではなくおんぶというのはいかがでしょうか?」
「いや、それは……何かまずいだろ」
色んなものが当たってしまうだろ!
「何がまずいのです? 才木さんはお姫様抱っこの方がお好みですか?」
「やめろ、俺の何を探ろうとしているんだ! じゃあ、俺はもう帰るからな!」
「はい、お気をつけて。腕の鍛錬を怠らないように」
何だか今日はシスターの圧がかなり強かったような気がする。もしかしてシスターも体重とか結構気にしているのだろうか。
俺としては、もう一度そんな機会があったら……いや、俺の心臓が耐えられそうにないから、そんな機会はもうあってほしくない。
いや、やっぱり……なんて考えてしまうぐらいには、まだ俺の心の中に悪魔が巣食っているようだ……。




