使命と贖罪【Side:雪歩】
「あの子って、もしかして和海君の彼女?」
私がそう問うと、和海君の目線が泳いでいた。やっぱりわかりやすく動揺している。
「ち、違う。あの子はこの間……去年ぐらいの話だが、ちょっとばかし助けたことがあるってだけだ」
「それをきっかけに付き合い始めたんじゃなくて?」
「いや、前に牧に薄情だって言われたから、せっかくご飯に誘われたし断るのも悪いと思ってな……」
「ご飯食べただけで終わったの?」
「あぁ、そうだが」
「じゃあ、いつも通り才木ったわけなんだね」
「何だ? 才木るって言葉はそんなに汎用性が高いのか?」
あんなに毎日人助けをしているくせに、和海君は人からの恩義を素直に受け取ろうとはしない節がある。
それが和海君の良いところでもあり、悪いところでもあると思う。
それにしても……あの子は、本当にただのお礼が目的で和海君をご飯に誘っただけ?
それ以上のことを求めていたわけではなく?
そんなことを考えるだけで、なんだか胸の奥がチクッとしてしまう。
……何でだろ?
和海君はきっと、そんなこと微塵も考えないのかもしれないけど。
人は誰しも、運命的な出会いというものに憧れてしまうのだと思う。
そういう刺激と特別感を、味わいたいのだと思う。
そういうところも含めて、『才木る』ということなんだと私は思うけどね。和海君の隣で五郎左衛門もうんうんと感慨深そうに頷いてるよ。今にも目玉が落ちてきそうだけど。
「あの子って同じ学校?」
「あぁ、一年の椎田って子だ。俺を追いかけて桂岡に入ってきたらしい……流石に冗談だろうが」
それは、本当に冗談かな?
和海君は自分にそう言い聞かせようとしている?
それとも、本当にそれが冗談だと思ってる?
人を想う心がどれだけ人を突き動かすかを知らず……なんて、それはフィクションを好み過ぎかもしれない。
ただ家から近いからだとか、制服のデザインが好きだからという理由で進学先を決める人だっているのだから、そういう理由があっても良いと思う。
「どんな子だったの? 大人しい感じ?」
「北岡に似てる」
「メグに?」
「あぁ。なんていうか……ちょっと拗らせてる」
なるほど。つまり、椎田さんは和海君という白馬の王子様を追いかけているわけなんだね。メグとは違って、白馬の王子様を和海君に当てはめている、と……。
メグの妄想癖は、その恋い慕う対象が和海君に向くことはないみたいだけど、今の和海君の表情を見るに、そういう感情をダイレクトに向けられることはあまり好きじゃない、いや、どうしたら良いのかわからなくて戸惑っている、という風に見えた。
「ていうか、どうしてそんなに椎田のことを聞くんだ? もしかして、雪歩と知り合いなのか?」
「ううん。和海君からボロが出ないかなと思って」
「ボロって何だよ」
「良いから、ほらジャンプしてみて」
「いやカツアゲかよ。何も出てこないぞ、俺を探ろうたって無駄だ」
和海君って結構顔とか行動に感情が出やすいから簡単にボロが出そうだけど……もしかして、本当にそういう感情がない?
本当に、下心とか一切なしに、世のため人のために日々動き回ってるの?
一体どこに、そんな原動力が……。
「仕方ないね。ここは五郎左衛門の力を借りるしかない」
「そいつまだいるのか?」
「今、私に五郎左衛門を憑依させるから」
「憑依させてどうなるんだよ」
「ぐ、ぐるじい……」
「大分限界来てるじゃねぇか、五郎左衛門」
落ち武者だから仕方ないね。体に何本も刀が刺さっているところも含めて強そうなんだけどね、五郎左衛門。
「でも、やっぱり難しいね」
「何がだ?」
「ううん、こっちの話」
今の私じゃ、和海君の本心を探ることなんて出来ない。
今の私に、そんな勇気も度胸もない。
やっぱり、シスターの力を借りないと……。
ファミレスでご飯を食べた後、空は大分暗くなってきていたけれど、街はさらなる輝きを見せつつあった。
櫻ノ島方面へと向かうサク電の電車に和海君と一緒に乗って、冷蔵庫と洗濯機が子どもを作ったら、洗濯物を冷蔵できる電化製品が生まれるのか食品を洗濯出来る電化製品が生まれるのか議論を交わしていると、櫻ノ島駅へと到着した。
ここは和海君の家の最寄りではないはずだけど、和海君も私と一緒に降りたのだった。
「今日も教会に行くの?」
「あぁ、大した作業はしないけどな。ちょっくら顔を出しに行くだけだ」
「誰かと会う約束でもあるの?」
「約束してるわけじゃないがな。構ってちゃんだからちゃんと構ってやらないと」
和海君は義務感で教会に通っていると思っていたけれど、ちゃんと楽しんでくれているみたい。
いつも仏頂面な彼だけど、街の灯りに照らされた彼の顔がどこか穏やかに見えた。
あの場所には、やっぱりいつもと違う和海君がいる……。
「もしかして、その人のこと好きなの?」
「何でもかんでも恋愛に絡めようとしないでくれ。結構恋愛脳なんだな、雪歩って」
「冷蔵庫と洗濯機のカップリングを考えるぐらいにはね」
「やめてくれ。家の冷蔵庫と洗濯機見てるだけで変な気分になっちまうだろ」
何がとは言わないけれど、とにかく音は大きそうだもんね、洗濯機は。
そして、私は櫻ノ島駅の前で和海君と別れた。
本当は、同じ行き先だけど。
でも、私はまだ和海君に正体を明かせそうにない。
あの場所に小日向雪歩として座ると、あんな風に和海君と接することなんて出来なさそうだし、それに……。
「よぉシスター、やってるか?」
近道して私が先に懺悔室の中で待っていると、遅れて和海君がやって来た。
「いらっしゃいませ。いつものでよろしいですか?」
「まぁ、それを頼めるぐらいには常連かもしれないが……」
「今日は良いのを仕入れたんですよ。西池袋の路上で拾ってきたサムライマ◯クの包み紙です」
「今すぐ捨ててこい、そんなもの」
小日向雪歩としての私と話している時の和海君と、シスターとしての私と話している時のカズ君は全然違う。
こうして、お互いの顔を見ることなく一枚の壁を隔てて話している時の方が、本当の和海君と話せているような気がする……。
「なぁ、シスターって恋とかしたことあるか?」
こういう風に、和海君が私に聞いてこないような質問も聞くことが出来る。
「はい、ありますよ。私の初恋は◯の錬金術師に出てくる……」
「そこが初恋なことあるのか」
「本郷◯多さんです」
「実写版の方だったか……」
良くも悪くも、私が原作厨になった原因だね。
流石にシスターとして話しているとはいえ、本当の初恋なんて和海君には話せないけれど。
「才木さんは恋の経験がおありですか? そういった感情が欠如されてそうですけど」
「俺はロボットかよ。初恋ぐらいしたことある」
「おっ、ご飯を用意したほうが良いですか?」
「俺の恋バナをおかずに飯を食おうとするんじゃない。別に大した話じゃないし、シスターに聞かせる気もないさ」
「それは残念です。きっと神も貴方を赦すでしょう……」
「いや、こういうときこそ赦さないべきだろ」
恋愛感情なんてなさそうな和海君にも初恋という経験があるということを知れただけでも十分な収穫だからね。
「まぁ、今回の悩みはそれに関連してるっちゃしてるんだが」
「おっ、まさか恋バナを聞かせてくれるんですか!? ちょっと五合ぐらい炊いてきますね」
「落ち着け落ち着け、恋バナじゃない。俺ってそんなに薄情なのかなと思ってな」
「はて、どうしてそのように思われるのですか?」
和海君はいつも大抵の人が罪と捉えないようなことを大げさに懺悔したり、日常の小さな悩みを相談してきたりするけれど、今回ばかりは少し深刻そうな相談に聞こえた。
「ぶっちゃけ、俺は人付き合いが苦手なんだ。他人との間に壁を作ってしまうっていうかなんていうか、多分普通の人より誰かと友達って関係になるための基準とかハードルが高めなんだと思う」
「ちなみに、どんな基準が?」
「いや、何か明確な基準があるわけでもないんだが……まぁ、俺は色々と隠し事が多くてな。そういうのを探られるのが怖いんだ」
隠し事が多い、か。
前に才木先生やメグからチラッと聞いたことがあるけれど、おそらく、和海君が持っている秘密が、今の人助け妖怪和海君の人格を作り上げているんだと思う。
「では、才木さんにとって親友となる人の基準はさらに高いのでは?」
「まぁ、そうかもな。親友って言われて思い浮かぶのはパッと二人ぐらいしかいないしな」
和海君にとって親友の二人、か。メグと……牧君のことかな? でも前に和海君はそれを否定していたような気がするから、他の誰か?
メグが和海君の秘密を色々と知っているのなら、少しだけ羨ましいと思えてしまうし、彼がそんなに隠したがる秘密がどんなものなのか、怖くもあった。
「もし、才木さんがそういった悩みをお持ちなら私も相談に乗りますが……」
「いや、また今度にしておくよ。あまり人に聞かせたい話じゃないんだ。それより、いつもの無いのか?」
「あぁ、あれですか。申し訳ありません、神様はいま不在なんです」
「結構大事だろそれ」
「神様は現在ベガスで休暇中なんです」
「どっかで聞いたことあるぞ、似たようなセリフ」
私、いやシスターにもその秘密は明かせないらしい。
大体、和海君からそういう相談を受けた私が、和海君の力になれるとも思えない。
「ですが、決して気負うことはありませんよ、才木さん。皆が皆人付き合いが得意というわけではありませんし、誰だって多くの秘密を抱えているものです。もしかしたら私も実は地球に潜入している宇宙人かもしれませんし」
「もっといるべき場所があると思うがな」
「本当は人類を滅ぼす任務がありながらも、才木さんに惚れてしまったが故に任務を放棄しているのかもしれませんし」
「それ、もれなく俺も巻き込まれそうだからやめてくれ」
もしかして、和海君って実は自分が宇宙人であるという秘密を隠しているのかな。でも動揺してなさそうだし、それはないか。
「それに、才木さんが人との間に壁を作りがちだというのは、つまり人のことを信用するのが苦手ということでもありますよね?」
「まぁ、違いないな」
「それは……才木さんの生い立ちや家庭環境が影響を及ぼしていそうですが、関係ありませんか?」
私がそう探りを入れると、和海君は黙り込んでしまった。
きっと、思い当たる節があるのだろう。今の和海君という人格が作り上げられるまでに一体どんな過程を経たのだろうと、私は何度も考えた。
ここら辺じゃかなりの影響力を持つ名家で、桂岡や藤咲の街を裏で支配しているとも噂されている、才木家と関係があるのなら尚更……。
「まぁ、俺も色んな事情を抱えてるんだよ」
それは、きっと簡単に人に明かせるような事情ではないのだろう。人に気を遣わせるのを嫌がる和海君なら尚更。
「もし誰かに話すことで気が晴れるようなら、いつでも話していただいても結構ですよ。私はどんな才木さんも受け入れますから。足の裏フェチだと暴露されたら喜んで足の裏を見せてあげます」
「俺がおっぱいフェチだったらどうするんだよ」
「ブルンッ」
「やめろ、その効果音」
「母乳フェチなら頑張って絞り出します」
「無理すんな。じゃ、今日ももう遅いし帰るよ。いつも話聞いてくれてありがとな」
「いえいえ、私にはこれぐらいしかできませんから。お気をつけてお帰りください」
「あぁ、じゃあな」
和海君が教会を出ていったのを確認してから、私も懺悔室を出る。
そして、誰もない教会で一人で椅子に腰掛けて、私はステンドグラスを見上げた。
誰が作ったかはわからないけれど、この教会が建てられた頃、つまり百年ぐらい前に作られたステンドグラスには、神々しい天使が描かれている。
そんなステンドグラスから差し込む月の光が、私を照らしている。まるで舞台のスポットライトのように。
でも、それはとても明るい演目ではない……。
「私ったら、まるでヒロインみたい……」
自分でそんなことを呟いておきながら、おかしくなって一人で笑ってしまう。
ヒロインなんて、夢のまた夢だね。
和海君が秘密を抱えているように、私だって秘密がある。
それを明かせる日がいつになるかわからないけれど、きっとその瞬間に、私と和海君の関係は終わってしまうだろう。
私がシスターとして和海君を助けるのは、使命でもあり、贖罪でもある。
決して、初恋の続きがしたいわけじゃないんだから……ね。




