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自称聖女様は俺の罪を赦してくれない。~教会で毎日懺悔してたら、隣の席の天使がシスターだった件~  作者: 紐育静
第一章

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天使の囁き、悪魔の微笑み②



 とうとう迎えた、ゴールデンウィーク最終日。



 ……いや、気づけばもう最終日なんだが。

 果たして俺は、この大型連休を有意義に過ごせたのだろうか?


 ゴールデンウィーク中、藤咲の繁華街を散歩していて起きた出来事といえば。

 

 大事なキーホルダーを失くした女子大生の探し物を手伝ったり。

 道に迷っていた外国人観光客を案内したり。

 迷い犬のビラ配りをしていた子どもの手伝いをしたり……。


 俺の休日ってこんなのばっかりなのだろうか……。



 あの恋愛脳のシスターは、そういうふとした出会いがきっかけで壮大な物語が始まるとかどうとか言っていたが、そんな奇跡みたいな物語に出会えるわけ──。


 「……ん?」


 今日は藤咲の街ではなく松楠海岸を散歩しようかと思って、サク電の櫻ノ島駅を降りた時のこと。


 駅前で、一際目を引く容姿の少女が目に入った。





 銀色の髪に黒いリボン。この間とは違い、今日はシックで上品な雰囲気を纏う、一人の小柄な少女。


 それだけなら普通──いや普段の彼女も普通からかけ離れた存在ではあるが……今日の彼女はただ目立っているのではない。


 むしろ、悪目立ちしている。


 何故なら……俺の友人である小日向雪歩は、普通の人なら外出する時に着用しないであろう、ベネチアンマスクを付けていたからだ。





 ……な、なんだあれは、ツッコミ待ちか? 

 なんで仮面舞踏会に参加している貴婦人ぐらいしか付けないようなマスクを付けてるんだ、アイツは。しかもゴールデンウィーク中、人通りが多い休日の駅前で。


 「な、なぁ。ゆ、雪歩だよな?」


 こんな変な奴に声をかけるべきかどうか内心迷ったが、一度視界に入れてしまったがゆえに声をかけられずにはいられない状況だったため、俺は仕方なく雪歩に声をかけた。

 すると、彼女は俺の方を向いてベネチアンマスク越しに俺の顔をジッと見て──。


 「いえ、違います」

 「え、違うの?」

 「仮面を被っている今、私の身分など関係ありません……」

 「いや、本当の仮面舞踏会じゃねぇんだから」

 「良かったら私と踊りませんか、男爵様」

 「せめてもっと上の爵位にしてくれ」


 一瞬だけ本当に別人なのかと思ったが、声と雰囲気からしてやはり雪歩である。天使の奇行もここに極まれり。雪歩を天使天使と信奉している連中にこの姿を見せたら、一体どう思うのだろうか。


 「んで、どうしてそんな仮面被ってるんだ?」

 

 もう明らかにツッコミ待ちに見えたが、友人として聞かずにはいられない。

 そして、雪歩はニコッと微笑んで口を開いた。


 「私、天使だから」

 「いや、答えになってないが?」


 意外と気に入っているのだろうか、その異名。

 もうそのマスクのせいでふざけているようにしか見えないが、雪歩は真面目な表情で言う。


 「私、街を歩いてると声をかけられることが多いの」

 「あぁ……だろうな」


 どうしても目立つ容姿をしているし、どれだけ地味な格好をしても、何というかオーラが別格だからどうしようもないのだろう。


 「でも、こんな仮面を被って街を歩いているような女の子に声をかけるような変な人ってそういないでしょ?」

 「それはそれで声をかけられそうではあるが……」


 主に警察とかに。

 まぁ確かに変装は有効な手立てかもしれないが、もっと他に良い変装方法があったのではないかとも思う。


 「でも、丁度良かった」

 「何がだ?」

 

 すると、雪歩はようやくベネチアンマスクを外して、まるでイタズラを成功させた子ども……いや、天使のようにニコッと微笑みながら言ったのだった。



 「和海君が側にいてくれたら、きっと大丈夫だから」



 ……俺と雪歩が一緒に歩いていたら、カップルのように見えるから、ということか。


 相変わらず、そんなことを恥ずかしげもなく言ってくるのである、この悪魔のような天使は。俺が勘違いしちゃったらどうしてくれるんだか。

 まぁ、ギリ兄妹とかいう線を無くはないが……。


 そんな提案を平然と出来てしまう雪歩の笑顔は、やはり邪悪な悪魔の微笑みにしか見えないが、友人にこんな変なマスクを被らせて外を出歩かせるわけにもいかない。

 彼女の今後のためにも、それが普通ではありえない発想だということを教えてやらなければならない。


 「それでお前が満足するなら、俺はありがたくお隣を歩かせてもらうよ。丁度暇してたところだ」

 「じゃあ、私ちょっと行きたい所があるから、一緒に来てくれる?」

 「あぁ。天国でも地獄でも、好きな所に連れて行ってくれ」

 「一応確認だけど、和海君って舌を引きちぎられても平気?」

 「本当に地獄に行きたいわけじゃないからな?」


 というわけで、俺は休日にベネチアンマスクを被って出かけようとしていた変な友人と一緒に出かけることとなった。

 これで俺も、少しは主人公っぽくなっただろうか……。



 

 そして昨夜、ゴルバチョフと一緒に父ブッシュと息子ブッシュを見分ける遊びをした夢を見たという話を雪歩から聞かされながら辿り着いたのは、全国的にもかなり有名な観光地である櫻ノ島にある、恋咲の丘であった。


 恋咲の丘には、二人で鳴らすと恋が成就するだとか夢が叶うだとか、そんな謎のパワーを持っているただの鐘……じゃなくて、恋咲の鐘や、愛の南京錠とかいう謎の風習がある、有名なデートスポットである。



 もう一度、言おう。

 ここは、有名なデートスポットである……。



 「……なぁ、雪歩さんよ」

 「どうしたの?」


 雪歩は潮風に銀色の髪とリボンをなびかせながら、俺の方を向く。

 今、自分達が置かれている状況を、何ら不思議に思ってなさそうである。


 「俺がいなかったら、一人でここに来る予定だったのか?」

 「うん。そうだけど?」


 恋の熱に浮かされたお熱いカップル達が集まるデートスポットに、あの変な仮面を被って……?

 やはり天使の考えることは人間になどわからないということか。そういうことにしておこう。


 「どう? 良い景色でしょ、ここ」

 「まぁ、そうだな。今日は特に青く見える気がする」

 「和海君みたいにね」

 「俺のことを青二才だって言いたいのか?」

 「ううん、蒙古斑」

 「とっくのとうになくなっとるわ!」


 高台である恋咲の丘から眺める大海原は確かに絶景だが、それよりも近くでキャッキャと浮かれながら鐘を鳴らしてるカップルの方が気になってしょうがない。

 ゴールデンウィーク最終日といえど、やはり人出は多いし……何で俺は、こんな所に連れてこられたんだろう。


 「和海君って、海は好き?」

 「え? あぁ、そうだな。こうやって眺めてるだけで癒される感じがするし、泳ぐのも好きだ」

 「流石、名前に海が入ってるだけのことはあるね」

 「いや、だからってわけじゃないがな」

 「じゃあ和菓子は嫌いなの?」

 「多分その和ではないと思うんだがなぁ……」


 和海という俺の名前の由来や意味って何なのだろうか。多分だが、平和の和から取った説の方が有力だとは思う。


 「雪歩はどうなんだ? 海は好きか?」


 近くで恋咲の鐘がガンガンと鳴り響き、お熱いカップル達がキャッキャと浮かれている中、俺はほんの興味本位で雪歩にそう問うたが──彼女は太陽に照らされて輝く海原を眺めながら、口を開いた。



 「好きだけど、怖いかも」

 


 いつもは俺をからかうような。冗談交じりの口調の雪歩の声のトーンが少し変わって、俺はちょっとびっくりしてしまう。


 「ちょっとした好奇心で足を踏み入れたら、一瞬で深海に引きずり込まれて……そのまま、自分が溶けて消えてしまいそうだから」


 ……その感覚は、俺もわからなくはない。

 雪歩が言う海は、俺達の目の前に広がっている広大な大海原ではなく、概念的な話をしているのだろう。

 この光ある世界から闇に引きずり込まれると、どこに行けば光が見えるかもわからず路頭に迷い、やがて脱出する気すら失せてしまうだろう。やがて自分の存在すらも見失い、誰からも忘れ去られてしまう……。


 すると、雪歩は俺の方を向いてニコッと微笑んだ。


 「だから、和海君に似てるね」

 「え? 俺と海が似てるのか?」

 「うん。和海君ってしょっぱそうだし」

 「え、何? 俺ってそんな汗かいてるのか?」


 冗談だよ、と雪歩は笑いながら、海を眺めていた。

 未だに笑顔を向けられるだけで心臓が飛び跳ねてしまいそうだが、そんな絵になる雪歩の姿を横目に、俺はふと考える。


 『好きだけど、怖いかも』


 俺と海が似てるって言われた時、じゃあ雪歩は俺のことをそう思っているのかと、内心びっくりしてしまったが、冗談だったかぁ……。


 そして、雪歩は突然俺の方を向くと、いつもの調子でからかうような笑みを浮かべて言う。


 「せっかくだしさ、そこの鐘鳴らしてく?」


 俺は恋咲の鐘の方に目をやった。

 まさか、雪歩がこの場所のことを何も知らないというわけでもあるまい。きっと知っていて、俺をからかっているのだ。


 「鳴らすなら一人で鳴らしてくれ」


 確か、この恋咲の丘の恋愛成就だとか縁結びの話は、かつてこの櫻ノ島に舞い降りた天女の伝説が関わっているはずだ。

 天女と天使が近しい存在なのかはわからないが、この天使もそういうものに憧れたりするのだろうか……。


 「確かに、下手にこういうパワースポットにあやかろうとすると、逆効果になりそうだもんね」

 「そういう意味で言ったわけじゃないが……」


 今も、すぐそこにある恋咲の鐘を、火傷してしまいそうなほど熱くて若いカップルが鳴らしている。


 「でも、今のカズ君は私の恋人役だから大丈夫だよ」

 

 全然大丈夫じゃない。


 「それとも……私の恋人のフリをするの、そんなに嫌?」


 やめろ。そんな顔をするな。目を潤ませるな。俺の良心に訴えかけようとするな。俺の良心が傷つく。


 「……一回だけだからな」

 「やった」


 ここで頑なに断ると、まるで俺が雪歩のことを変に意識しているみたいで余計にからかわれてしまいそうだから、仕方ない。

 そういうことにしておいてほしい。決して、俺は色んなものに負けたわけではない。



 「じゃあ、せーのっ」



 二人で鐘の綱を掴んで、恋咲の鐘を鳴らした。


 きっと、傍から見れば俺達は恋人同士のように見えているのかもしれない。

 だが、俺と雪歩は友達という関係に過ぎない。

 今は、まだ。



 「南京錠もつけてく?」

 「……それは勘弁してくれ」



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