天使の囁き、悪魔の微笑み①
「なぁ、シスター。俺って薄情だと思うか?」
「どうでも良いです」
「俺よりも薄情な奴がいるとは思わなかった……」
ゴールデンウィーク中だというのに、俺はまた教会の懺悔室を訪れていた。
「しかし、本当に薄情な方は才木さんのようにお人好しにはならないと思いますが……」
「まぁ、それにも色々あるんだよ。俺が誰かを助けたからって、その誰かと仲良くなろうとまでは思わないからな。そこにリターンなんて求めてないし」
「なるほど。才木さんは貴方にお礼をしたいという方の気持ちをもはねのけてしまうのですね。確かにそれは薄情と言われても仕方ないかもしれません。まさかそんなにも才木さんに人の心がないとは思いもしませんでした……」
「そこまで言わなくても良いだろ」
確かに、俺だってせっかく誰かに助けてもらったのに、お礼の気持ちを伝えようにも相手に冷たくされたら少しショックを受けてしまうかもしれない。
そう考えると、今までの自分の行動を悔い改めたい気分だ。
「才木さんは、そういった出来事をきっかけに可愛い彼女さんをゲットしたいという欲望はないのですか? そういうテンプレ的な展開、よくあるじゃないですか」
「そりゃフィクションの世界だとそうだろうけど、現実そう上手くいくものじゃないだろ。それに、そんな下心ありきで行動してたら逆に罰が当たりそうだ」
「……本当の本当に、そういう下心はないのですね?」
「ない」
「本当の本当に?」
「ないぞ」
「神に誓って?」
「そんな疑われるようなことしたのか、俺は」
ラノベだとかネット小説なんかでは、そういう人助けをきっかけに物語が始まることも少なくないが、そういう出来事が現実では滅多に起きないからこそ特別感を感じられるもので、そういうことを経験する人はかなり限られているだろう。
「私は時々不思議に思うのです。果たして才木さんの心の中にも悪魔が棲んでいるのかと」
「まぁ、探せばいるんじゃないか?」
「向いのホームとか?」
「俺の心のどこに駅があるんだよ」
「じゃあ路地裏の窓?」
「お前は山崎ま◯よしかよ。別に俺だってたまに魔が差す時だってあるさ」
「例えば、それはどんな時ですか?」
「まぁ、それが今日の懺悔に繋がるわけだが……」
「私の前フリ、完璧ですね」
「自画自賛するな」
もしかして、俺は気づかぬ間にシスターの話術に嵌ってしまっていたのだろうか。確かに大体シスターのペースに乗せられているような気がするから恐ろしい。
しかし、そんなシスターも俺にとっては良き相談相手でもある。だから、俺は今日もシスターに懺悔するのである。
「俺、シスターにアドバイスされた通り、ゴールデンウィーク初日にちょっと出かけてみたんだよ。そしたらまぁ色々あったんだが……まぁその、クラスメイトを見かけたんだ。でも俺、その子に声をかけられなかったんだ」
「仲が悪かったのですか?」
「いや、別にそういうわけじゃなかったんだが……」
「もしかして、その方のことが好きだったり?」
「ち、違う!」
俺は慌てて否定したが、シスターは愉快そうにクスクスと笑っていやがった。その姿こそ見えないものの、俺をからかうようにニヤニヤしている姿が容易に想像できてしまう。
「ほら、なんというかその、何か待ち合わせしているとかならともかく、休日に予期もしないところで出会ったらびっくりするだろ? なんて声をかければいいかわからないし……」
「流石、友達が少ないだけのことはありますね」
「お前に言われたくはない。まぁ、確かにその通りかもしれないが……女の子に声をかけるのって、やっぱりそれなりに勇気がいるだろ」
「それは才木さんが女慣れしていないだけなのではないですか?」
「……泣きたくなってきた」
「ふふっ、冗談ですよ。才木さんが本当に女慣れしていないのなら、私とこうして話すことだって難しかったでしょうし……ハッ!? もしかして私、才木さんに女だと思われていない可能性が!?」
「いや、一応女だと思ってるからな。ボイチェンしてるおっさんじゃない限りは」
俺が特に緊張することなくシスターと話せるのは、彼女に接しやすい雰囲気があるからだし、何より姿が見えないというのも大きいかもしれない。
もしもシスターがびっくりするぐらいの美人だったら、きっと俺は緊張して何も話せなくなるだろう。
「で、どうなんだ。神様の判定は」
「判定が難しいので、ビデオ判定ですね」
「俺の日常って常に録画されてんの? ていうか、どこをどうビデオ判定するんだよ」
「それでは、ここで昨日の才木さんが恥ずかしくて気になるクラスメイトの女の子に声をかけられなかった場面を、リプレー検証していきましょう」
「いらんだろ、そんな検証」
多くの人が電車を待つホームにて一際目立つ容姿の、一人の少女の姿が目に入った────。
いや、やめろやめろ。
「ビデオ判定の結果……神は貴方を赦さないでしょう」
どうやら際どい判定だったらしいが、神様的に俺はアウトだったらしい。
「今度はどんな罰なんだ?」
「公安とCIAとKGBから監視されます」
「情報機関欲張りセットじゃねぇか。俺が一体何をしたっていうんだよ」
「そして、毎日の行動を監視される才木さんはしょっちゅうビデオ判定を受けることとなるでしょう」
「それはどっちかっていうと審判の仕事じゃないのか?」
「才木さんの身近にも、案外公安やCIAの職員が潜んでいるかもしれませんよ」
「そんな名探偵コ◯ンの世界じゃあるまいし」
どうしよう、実は姉貴がCIAの職員だったら。どちらかというと目を付けられてそうな側なんだけどな、家柄が家柄なだけに。
「さて。一つ確認しておきますが、才木さんとしてはその方に声をかけたいのですね?」
「まぁ、そうだな」
「どうしてですか?」
「え?」
「どうして、その方に声をかける必要があるのですか?」
何だろう、この圧は。
シスターの姿こそ見えないが、何故かシスターがグイグイとこっちに寄って圧をかけてきているように思えた。
俺、そんなに赦されないことをやってしまったのか?
「いや、まぁ友達だし、せっかく見かけたなら声をかけたいだろ」
「なるほど。才木さんはその方と友達だから、声をかけたいのですね?」
「ま、まぁそうだが」
「何かを期待して、というわけではなく?」
「いや、何を期待するんだよ」
「それは勿論……ラブストーリーの始まりに決まっているではないですか!」
小窓の向こうから、ドンッと何かを叩く音が聞こえてきた。
まぁそういうことを言いたいんだろうなというのは薄々伝わってはきていた。この間もそうだが、シスターはこういう恋愛話が大の好物らしい。
「俺はそういうのを求めてるわけじゃない」
「才木さんは彼女を作りたいと思ったことはないのですか!?」
「ないことはないが、相手はあれなんだ。ラノベとかによくいるタイプの高嶺の花なんだよ」
「だからこそ、ふとした出会いが壮大な物語の起点となるかもしれないではないですか! 貴方はそのチャンスを逃したいのですか!?」
「でも、俺は別に主人公ってわけじゃないし」
「何をおっしゃいますか!」
再び、小窓の向こうからドンッと何かを叩く音が聞こえてきた。
何故か今日はシスターの声にかなり熱が入っていて、姿は見えないが俺もその雰囲気に圧倒されてしまう。
「この世に生まれたからには、誰だって自分が主人公なのですよ! つまり才木さんにだってラブコメ主人公になれるチャンスがあるというわけです! しかしこのままチャンスを逃しているようでは、いつか才木和海という名前さえ失って、私みたいにずっとシスターという代名詞で呼ばれるだけのモブになってしまうのですよ!」
「モブの自覚あるのかよ」
「というわけで、私にも名前をくださいな。可愛い愛称がほしいです」
「デ◯ジ」
「全部っぜんぶチ◯チンで考えてるっ!!」
「他にもっと良いセリフあっただろ」
俺が前フリしたわけでもないのに自ずからチ◯チンって言ってしまうような奴が可愛い愛称なんて求めるんじゃない。
ていうか、シスターもそういう悪魔が出てくる漫画読むんだな。
「まぁ与太話はこれで終わりにして。才木さんは私のアドバイスに従って、ゴールデンウィークという時間を有効活用しようと外に出られたわけです。そんな才木さんの行動力に神様がお喜びになったから、そんなチャンスが舞い降りてきたのではないでしょうか。後はそのチャンスを掴むだけですよ」
「ご飯とかに誘ったら来てくれるものか?」
「お店のチョイスを間違えなければ問題ないでしょう。ファミレスやファーストフード店は絶対NGですね。男性客の多い牛丼店やラーメン店がおすすめですよ」
「そっちの方が大分NG寄りだろ」
「そして、そのままホテルへGOです。あぁ、若いってなんと素晴らしいことなんでしょう……」
「シスターがそんなこと言うんじゃない! じゃあな、俺はもう帰る!」
「えぇ、良き休日を。ホテルのお土産、楽しみにしています」
「無いわそんなもの! 俺が行くのは精々藤咲辺りだよ!」
「でしたら、藤咲駅前にあるスイーツ店のケーキをお土産にしてください」
「そんなものねだるんじゃない!」
教会の懺悔室を去った帰り道、やはり俺の頭はあの天使……いや、悪魔のことで一杯だった。
好きとか嫌いとか、まだそういうのは俺にはわからない。そういう恋愛を頑なに否定しようとする自分が本音を言っているのかもわからない。
ただ……やはり奇跡のような運命の出会いに期待してしまう、青春に憧れる男子高校生たる自分がいるのであった。




