大型連休? 何それ美味しいの?②
「なぁ牧、お前ってそんなキャラのくせして不思議と彼女とかいないよな」
「どうして俺は朝っぱらからそんな失礼なことを言われないといけないの?」
「一年の頃から不思議だったんだ。牧って女友達多いくせして彼女いねぇなぁって」
「いや、親しき仲にも礼儀ありだからな?」
朝っぱらから柄にもなくこんな話をしてしまうとは、俺も結構疲れているのかもしれない。
最近は前より眠れてる気がするんだけどなぁ。逆に頭が冴えてしまっているが故に俺はこうなってしまったのだろうか。
「もしかしてカズ、お前好きな人がいるのか? まさか……この間廊下でコンタクトを一緒に探してあげてた一年の女の子じゃないよな!?」
「そういう一目惚れとかにも憧れはあるがな。いや、彼女がいるのって楽しいのか気になったんだが、参考になるサンプルが周囲にいなくて困ってるんだ」
「まぁ類は友を呼ぶって言うからな」
「それ、牧にもダメージ入ってるけど良いのか?」
「グスン……」
とは言うものの、牧は俺より人当たりが良くてそれなりにモテる奴だから、絶対俺より早く誰かと付き合えるはずだ。俺はまず、皆から評判のこのしかめっ面をどうにかしないといけない。
「ちなみにだけど、カズ的にユキポンってどうなん? どストライクじゃないの?」
「ピッチクロック違反だ」
「どういう判定なんだよ、それ」
野球用語だが、端的に説明すると制限時間切れってことである。
「牧はどストライクなのか?」
「当たり前だろ。ていうか、ユキポンと付き合いたい男子なんて星の数ほどいるだろうに。あんだけユキポンと仲良いくせしてユキポンに興味ないとか言ってたら、いつかカズに果たし状とか殺害予告とか届くぞ」
「案ずることはない。自爆する準備はいつでも出来てる」
「いや生き残れ生き残れ」
雪歩の隣の席というだけで羨ましがられるぐらいなのに、最近は彼女と交流することも増えたから、教室のどこからか殺気を感じることが増えてきた。俺の日常から平穏が失われるのも時間の問題かもしれない。
「あーあ、ユキポンと付き合いてぇなー」
「牧は雪歩に告白したことないのか?」
「いや、振られることがわかりきってるのに行ってもなー」
小さな天使様だったり桂岡の天使だなんて崇め奉られている雪歩は一年の頃から男子達の憧れの的だった。
しかし、俺達の学年で一番のイケメンと言われていた奴が振られたという噂が流れ、男子達は心のどこかで雪歩への思いを募らせる一方で、アイツが振られたんなら俺も無理だろうな……と、諦めざるを得なくなったのである。
「チャレンジする前に諦めるなんて、牧らしくないな。ワンチャンあるかもしれないだろ」
「確かにそうだけど……やってみないとわからないこともあるもんなぁ」
「それに、雪歩は牧の名前結構いじってるだろ? アイツがあんなに名前をいじってるの、お前相手ぐらいだぞ」
「た、確かに……もしかしてもしかしてだけど、これはワンチャンあるのか!?」
何となくおだてるとすぐに図に乗る牧は、何かと扱いやすい奴である。
「俺、何かいけそうな気がしてきた! 今日ユキポンに告ってみる!」
「あぁ、その心意気だ。ちょうど今本人が後ろにいるし、当たって砕け散るといい」
「なぬー!?」
牧が後ろを振り向くと、そこにはニコニコと微笑む天使の姿が。
俺がテキトーに牧に発破をかけている間に雪歩が登校してきていたのだ。
決してわざとではない。牧、恨むなら自分の運を恨んでおくれ。
牧が雪歩への告白がどうだこうだと大声で騒いでいたせいか、教室中から痛いほど視線を感じる中、それに慣れているであろう雪歩はいつもと変わらない様子で俺達に微笑みかけてきた。
「おはよう、和海君」
「あぁ、おはよう雪歩」
「かっぱ巻君もおはよう。私に何か用があるみたいだけど、どうかしたの?」
「え、あぁ、いや、別に、その……いや、男に二言はねぇ! ユキポン、君のことが好きだ! 俺と付き合ってくれ!」
「ボテボテのピッチャーゴロ」
「ぐわー!?」
すごい、そんな振られ方あるのかよ。
ショックのあまり、牧はトボトボと自分の席に戻って机に突っ伏してしまったが、近くの席の男子達が勇者牧のことを慰めていた。きっと同じような経験をした同胞も多いことだろう、俺も心の中で牧に拍手を送っていた。
一方で、これまでに数々の男子を追い払ってきたであろう雪歩は笑顔で牧のことを振ったわけだが、彼女は笑顔を崩さずに自分の席で支度をしながら、俺の方を向いた。
「ど、どうした?」
だが、雪歩は天使のようにニコニコと微笑みながら俺を見てくるだけで、何も言ってこない。
なんだ、一体どういう仕掛けなんだと俺が勘ぐっていると、ようやく雪歩は口を開いた。
「ピッチクロック違反」
「は?」
「15秒以内に私に声をかけてこなかったから、ワンボール」
「いや、どういうシステムだよ」
そのくだりから雪歩は俺と牧の話を聞いていたのか。
「俺はそっちから何か話しかけてくれるのかと思ってたんだから、むしろバッター側だ。だから雪歩が違反してるんだぞ」
「なるほど、じゃあ私がストライクとられちゃうね。でもカズ君、さっきどストライクじゃなくてピッチクロック違反、って言ってたよね?」
「あ、あぁ」
「バッターが違反したらストライクになるけど、つまり遠回しに私のことをストライクって言ってたの?」
……どうして、そんなに野球のルールに詳しいんだよコイツは。ピッチクロックが何のことか説明できるの、十人に一人いるかどうかも怪しいぐらいだと思うのに。
思わぬ反撃を受けて俺が返答に困っていると丁度予鈴が鳴り響いて、雪歩は愉快そうにクスクスと笑いながら席についたのだった。
どうやら天が味方してくれたみたいだが……。
『なるほど、じゃあ私がストライクとられちゃうね』
その理論だと、雪歩も俺のことがストライクってことにならないか……?
いや、考えすぎだ。何かの間違いで俺が雪歩に告白しても、『自打球で負傷退場』とか『申告敬遠』とか言われるだけだろう。
俺には、牧みたいな勇気もないし……。
◇◇◇
放課後、部活が休みだった牧と一緒にゲーセンで時間を潰し、そのままクラスメイトである三門海夏の実家、定食屋の『みかど屋』にお邪魔していた。
「なぁ、カズってゴールデンウィークの予定埋まったか?」
「全然」
「……なんか、ごめんな」
「やめろよ、そんな哀れむような目で俺を見るんじゃない」
今日もみかど屋は殆ど満席になるほど賑わっているが、その一角で俺は若干心に傷をつけられていた。
「俺、三日は部活も休みだし、桃浜に遊びに行かね?」
「残念だが、三日は外せない予定があるんだ。他なら空けられるが」
「あー、他は部活とか友達と遊びに行く予定で埋まってるんだよなぁ。カズが良ければ一緒に来る?」
「軽いノリで行こうとすると、お前が築いたハーレムの中に放り込まれそうだからやめとく」
「いや、ただ女友達とワイワイやってるだけだからな? カラオケとかボウリングとかで」
一年の時にそういうノリで遊びに誘われて、男女比二対八とかいうよくわからない集団に放り込まれた俺の身にもなれ。同じ部活に属しているわけでもなく、ましてや他校の生徒まで混じった謎の集団の中で、俺はドリンクバー係になるしかなかったんだぞ。
それはそれとして、休日に軽いノリで遊びに行ける女友達が何人もいるという時点で、牧は雪歩と仲良くしている俺のことを悪く言える道理はないと思う。
「にしても、カズってあんなに顔広いのに、友達少ないのって不思議だよなぁ」
「やっぱり顔が怖いからか?」
「半分ぐらいはそうだろなー」
「そうか……」
「いや、そんな落ち込むなって。それでも皆から色々頼み事されるのは、カズの人柄が良いからだろうし」
そう言って、牧はお冷を片手にケラケラと笑う。
俺はそんなに友人が欲しいわけではないが、今後の人生において様々な場面で人脈を構築する必要性が出てくるだろう。
我ながら、こんな調子では先が思いやられる……。
「俺の顔が怖いのが原因の半分として、残り半分は何なんだ?」
「そりゃ、カズが薄情だからじゃね?」
友人からこんなに良い笑顔で、真正面から薄情って言われるの、結構辛い。さっきは人柄が良いとか褒めてくれたのに、相反する評価だ。
「お、俺って薄情なのか……? ど、どういうところが?」
「いや、俺は別にカズから薄情な対応されたことはないけどさ。ほら、カズって一年の時に文化祭の実行委員やってただろ? んで、何か資材の発注ミスとか色んなトラブルが重なった時に、そういうの担当してた三年の先輩がパニクって泣いちゃってたじゃん」
「……あったような、ないような」
「どうして実行委員でもない俺が覚えてて当事者のお前が忘れてんだよ! いただろ、別府っていうちっちゃくて可愛い三年の先輩がよ! でさ、その時カズが別府先輩のこと色々サポートして助けたおかげか全部解決して、無事に終わっただろ。んで文化祭が終わった後、別府先輩がカズの所に来てたじゃん」
「うーん……」
「まさかカズ、お前そこまで覚えていないのか……? あの時別府先輩にお礼にご飯食べに行こって誘われたのに、『礼には及ばない』って冷たくあしらったことも覚えていないのか!?」
と、牧は最早怒る狂ったような勢いで迫ってくるが。
正直、覚えていない。一年の時に文化祭の実行委員をしたことも覚えているし、何か色々トラブルがあったことも覚えているが、その別府という先輩のことがあまり記憶に残っていない。
「で、それがどうかしたのか?」
「どうかしたのか、じゃねぇよ! 別府先輩、絶対カズのこと好きだったのに、お前はそのチャンスを自ら潰してるんだぞ!?」
「いや、ちょっと助けたぐらいでそんな大げさな……」
牧は今にも俺のことを殴ってきそうな勢いで憤っていたが、冷静になったのか、あるいは諦めてしまったのか、頭を抱えて大きく溜息をついたのだった。
「お人好しもここに極まれりだなぁ。俺は素直に尊敬するよ、カズのこと。リターンとか一切考えずに喜んで人助けするんだから」
「期待したところで、リターンがなかったら無駄にショックを受けるだけだしな。リターンありきでそんなことやっても、天罰が当たるだけだろ」
「カズの悪いところは、せっかくのリターンを受け取るチャンスも逃すところだぜ……俺なら死に物狂いで掴みに行くのに」
俺はそんなに悪いことをしてしまったのだろうか。今度あのシスターに懺悔してみるか。
すると、大きなお盆を持ったツインテールの少女が、厨房の方からこちらへやってくるのが見えた。
「お待ちどおさま~。こちら、本日の日替わり定食のチキンカツ定食だよ~」
「おっ、待ってました待ってました!」
「二人とも手で食べられるよね?」
「頼むから箸をくれ箸を」
このお店の看板娘である三門が席まで料理を届けてきてくれた。学割とはいえ、とても五百円で食べられるデカさのチキンカツではない。こんな熱々のチキンカツを手で食べろというのは、中々鬼畜だと思う。
ちゃんと三門から箸を貰って、俺が早速チキンカツを一切れ頬張っている中、牧は料理に手を付ける前に三門に向かって言う。
「そういえばさ、三門ってゴールデンウィークは何か予定あるのか?」
「へ? 家の手伝いだよ。貴重な書き入れ時だからね!」
「まぁ、そうだよなぁ」
もしや、牧は三門のことも狙っているのだろうか、なんてのは考え過ぎか。
牧は遊びに行くときに人数が多ければ多いほど良いと考えてそうだし、確かに三門もリアクションが大きそうだから楽しそうではある。
「あ、それとソフトボール部とバスケ部と卓球部の助っ人にも呼ばれてるよ」
「すげぇ。三門もカズみたいなことやってんじゃん」
「俺に部活の助っ人は出来ん」
「私の数少ない、才木ることが出来る分野だよね……」
「人助けすることを才木るって言うんじゃない」
悪い言葉に使われるよりかは良いが、才木るという動詞は五段活用なのだろうか。
すると、三門は持ってきたお盆を抱えながら、急にニヤニヤと笑い出す。
「才木君は、雪ちゃんと何か遊ぶ予定とかないの?」
「誘う予定もない」
「えー。お似合いだと思うのにな~」
「おっ、三門もそう思うの? やっぱカズとユキポンって相性良さそうだよな」
「うん。リンゴに焼肉のタレぐらい合うよ」
「絶対合わないだろ、その食べ合わせ」
俺はまだ、雪歩にゴールデンウィークの予定を聞けていない。
雪歩と休日という言葉が合わさるだけで、この間病院で見かけた時の彼女の姿を思い出してしまうからだ。
……あの天使の皮を被った悪魔と一緒に出かけるなんて、想像しただけで悶えてしまいそうだ。今更ながら、あんな天使の隣を歩くだなんて恐れ多いことである。
◇◇◇
食事を終えた後、俺は櫻ノ島電鉄の櫻ノ島駅で牧を見送った後、踵を返して教会へ向かおうとしていた。
もう辺りはすっかり暗くなってしまったが、やはり毎日顔を出していないと不安になってしまうのだ。
だが、駅前の通りを抜けて近くにあるスーパーの前に差し掛かった時、丁度スーパーから出てきた少女と目が合った。
「あ、カズ君」
「おわっ、雪歩か」
この間病院で出会った時と同じように、思わぬ場所で雪歩と出会うとどうしても驚いてしまう。今日の雪歩は制服姿だが、買い物でもしていたのかマイバッグを提げていた。
「もしかして、海夏のお店に寄ってたの?」
「あぁ、牧とちょっと遊んだ帰りにな。そっちもどっか行ってたのか?」
「うん。ちょっと用事があってね」
これは、思わぬチャンスだ。
きっと、神様がくれた千載一遇のチャンスに違いない。
だが、聞けるかよ……ゴールデンウィークの予定は空いてるかって。牧が三門に聞いていたように俺も自然に聞けたら良いのだが、いざ雪歩と向き合うと難しい──。
「そういえばさ」
勇気を出せずしどろもどろしている俺に対し、雪歩は肩に提げていたマイバッグの持ち手をギュッと握りしめながら言う。
「カズ君ってゴールデンウィーク、何か予定ある?」
「え?」
「ゴールデンウィーク、暇?」
……神は、情けない俺にさらなるチャンスを与えたもうたのか。
「あ、あぁ。暇だぞ。予定は空っぽだ」
と、俺が正直にそう答えると──。
「暇人だね」
と、雪歩はからかうように笑いながらそう言ったのだった。
……俺はそろそろ、雪歩がこう答えるだろうと予測できるようにならないといけないな。
「じゃ、じゃあ雪歩は予定あるのかよ」
「うん、あるよ」
「どんな予定なんだ?」
「ふふ、秘密」
「なんだそりゃ……」
そして、俺はスーパーの前で雪歩と別れ、一人寂しく教会へと向かったのだった。
今日はもう遅かったからかシスターの姿もなく、この悲しみを分かち合う相手も見つけられないまま、俺はゴールデンウィークを迎えることとなる──はずだった。




