それでも俺は窓を割っていない①
『──こんにちは、迷える仔羊さん』
どこからか、そんな声が聞こえてきたような気がした。
だが、懺悔室の向こうからそんな声が聞こえてくることはなく。
「お待ちしておりましたよ、才木さん」
……俺の記憶のどこかに存在する彼女とは違うシスターが、壁を挟んだ向かいにいた。
「なぁ、シスターって最近何か悪いことしたか?」
「ありません」
「神に誓って?」
「えぇ、勿論です。今日は晴れていたのに突然雷を落とされたような気もしますが気のせいです」
「なんで生きてんだよそれで」
俺は今日も今日とて教会の懺悔室を訪れ、シスターと話していた。
「しかし、どうしてそんなことを聞かれるのです?」
「いや、シスターも何か懺悔することないのかなと思ってな」
「教会で配っていた免罪符を転売したことぐらいしか……」
「大分悪事だろそれは」
宗教改革が起きそう。
「それはそれとして、一つ思い当たる節があります」
「何かあるのか?」
「この教会の手入れを、才木さんに一任してしまっていることでしょうか……」
シスターの言う通り、神父が病気で入院している間、この教会の手入れは殆ど俺が担っている状態だ。まぁ担っていると言っても学生に出来ることは限られているし、大したことはやっていない。
「別にそれはシスターが気にすることじゃないよ。俺は好きでやってるだけだし」
「ですが、才木さんは屋根の雨漏りも直してくださいましたよね? 本来は私が業者を呼ぶべきだったのでしょうが……」
「いや良いよ。この教会が貧乏なのは俺も知ってるし、屋根の修理って言ったってそんなちゃんとしたものじゃないからな」
「いえ、私は才木さんが屋根から落ちてそのまま鬱ゲー世界に転生してしまわないか不安なのです……」
「よりにもよってそんな異世界に転生させるんじゃない」
確かにこの教会は結構立派な建物だから屋根の上での作業は危険も伴うが、俺なりに注意を払いながら作業しているつもりだ。
「大体、俺だってシスターに危ない作業をさせたくない。俺は高い所とかも平気だけど、シスターはどうなんだ?」
「はしご三段ぐらいがギリギリです」
「それは日常生活に支障をきたしそうだが、階段とか登れるのか?」
「それとこれとでは話が違うのです。才木さんは知らないのですよ、高所恐怖症の人間がどれだけ高所に怯えているのかを……」
俺だって高い所が平気といえど、じゃあバンジージャンプとかも平気とかと言われたら多分そうではない。俺が教会の屋根の上に登り始めたのは割と最近の話ではあるが、最初は怖かったし。
「ところで、才木さんは今日も罪を犯したのですか?」
「あぁ、そうだな」
「才木さんもすっかり常習犯ですね。このままでは懲役刑が千年単位になってしまいそうです」
「そんだけの懲役刑になると、最早封印された邪神みたいな感じだよな……」
「せっかくですし、才木さんも封印されてみますか?」
「そんな軽いノリで封印されてたまるか!」
今までは己の罪の告白という形でシスターにしょうもない話を聞かせてしまったかも知れないが、今日ばかりは大分悪事寄り……というか俺が高校に入学してから最大の悪事かもしれない。
「実は俺、学校の窓ガラスを割ってしまったんだ」
「そして盗んだバイクで走り出したのですか?」
「いや、尾◯豊に憧れてやったわけじゃない。本当は俺が割ったんじゃないんだが、俺が割ったことになってしまっただけなんだがな」
「へ? つまり冤罪ということですか?」
「あぁ、俺が自ら望んでな。本当は俺の友達が不注意で窓ガラスを割ってしまったんだが……そいつには病弱で入院している妹がいてな。その妹がもうすぐ誕生日で、俺の友達はその妹に誕生日プレゼントを用意するためにバイトに励んでいたんだが、先生に怒られて時間を取らせるわけにもいかなかったからな。だから俺が窓を割ったことにしたんだ」
先生からの説教で時間を取らせるわけにもいかないし、ソイツは他校の生徒だから問題がややこしくなりそうだったため、俺が友人の罪を被った形だ。
俺が窓ガラスを割ったと先生に報告したら叱られずに驚かれただけだったが、ちゃんと罰として何かしらの作業をすることにはなった。
だから、一応罰は受けているのだが、それは俺が窓ガラスを割ったことに対する罰であって、俺が真犯人を庇っている罪に対する罰ではない。
「あの……」
「どうした?」
「そろそろ神様もうんざりしてきてると思うんですが、またいつものやらないといけませんか?」
「いや、俺は結構な罪だと思ってるんだが?」
「どこがですか?」
「まぁ、一応俺が窓を割ったことにはなったし、先生方に嘘をついて真犯人を庇ってるわけだしな」
「わかりました。じゃあ神は貴方を赦さないでしょう。これで満足ですか?」
「そんな雑になるほどうんざりされてるの?」
ていうか、己の罪をちゃんと告白している行為そのものは赦されないの何なんだよ。
「今度はどんな裁きを受けるんだ?」
「神様が貴方のことを無視します」
「本当にうんざりしてるやつじゃねぇかそれ。俺、メチャクチャ神様に嫌われてるじゃん」
「ですが、神様が貴方のバカ正直さを評価しているのも事実です。神様も才木さん相手に素直になれないだけでしょうから赦してあげてください」
「いや、そんなツンデレみたいに言われても……」
「べ、別に才木さんに懺悔されても、嬉しくなんかないんだからねっ」
「お前までツンデレになるんじゃない」
こうしてふざけてくれるぐらいだから、シスターも心の底からうんざりしているわけではなさそうだが、確かに自分の価値観を押し付けているようなものだし気をつけよう。
「というわけで、才木さんももっと悪事らしいことをしましょう。いっそのこと学校の窓ガラスを全部割ってみてはいかがですか? 神様もきっと喜ばれると思います」
「いや、そんなことしたらもう懺悔どころじゃないんだが? もれなく退学なんだが?」
「いえ、多分ギリ停学ぐらいだと思いますよ。まだいけます」
「そんな退学ラインのギリギリを攻めなくて良いんだよ」
幸いにもウチの学校には窓ガラスを割るような不良はいないから実際どんな処分になるのかはわからないが、俺は良心の呵責で自主退学すると思う。流石に病弱の妹のためにバイトを頑張っている友達が学校の窓ガラスを全部割ったら庇わないだろうし。
「後はそうですね……消火器を持って暴れまわるのはどうでしょう?」
「どれだけ俺を不良にさせたいんだよ」
「そして捨て猫を可愛がればいいのです」
「いや、もうイメージアップを図ったところで無駄なんだよ。懺悔するために悪事を働くのはおかしいだろ」
「この懺悔室を、自分の罪を告白する場だと堅苦しく思わなくても良いのですよ。もし才木さんが何か悩みを抱えているのでしたら、私が相談に乗りますし。ところで才木さんはお金に困っていませんか? 日給十万円の良いバイトがあるのですが……」
「そんな怪しい奴に相談出来るかよ!」
思えば、俺はこの懺悔室をお悩み相談室のように考えているかもしれない。初めてシスターと話した時も、確かそんな話をしていたような気がするし。
「そういえば、一応罰として学校の清掃作業をすることになったから、あまり教会の手入れが出来なくなっちゃうんだ」
「ご安心を、私が引き受けますので。まずは窓ガラスを割れば良いですか?」
「もう窓ガラス割りたくてしょうがなくなってるじゃねぇか。花に水かけてくれるだけで良いよ。あと窓とかも拭いてくれるとありがたい」
「そして仕上げに割れば良いんですね?」
「お前に任せるのが不安でしょうがない……」
どうしよう、俺が教会に来た時に建物がさらにボロボロになっていたら。流石に窓ガラスは俺に調達できるものじゃないぞ。
「あれ? 才木さんが教会に来られないということは、つまり私が才木さんと会えなくなるということですか?」
「まぁそんな暇もないかもしれないな」
「な、なんということでしょう……私は一体どうやって暇を潰せば良いのですか?」
「お願いだから、大人しく教会の手入れをしてくれ」
「悲しみのあまり、教会の窓ガラスを割ってしまうかもしれません……」
「もう何かと理由をつけて窓を割りたいだけだろ! じゃあな、俺はもう帰るから。次に俺が来るまで、その窓ガラスを割りたい衝動は抑えといてくれよ」
「は~い」
悲しくなると物を壊したくなる衝動に駆られるのは中々に危ないと思うが、シスターもシスターなりに寂しがってくれているのだろうか。
早くシスターと再会できるように、俺もちゃんと禊を済ませないといけない。
こういう時に俺みたいな奴が手伝ってくれたら助かるのだが、世の中そんな甘くないだろう。
そんな、都合の良い奇跡なんて……。




