夢中で頑張りすぎた君へ。大人しく休んで④
「私、和海君にずっと言いたかったことがあるの……」
放課後の保健室。
保健室の先生は席を外していて、俺と雪歩の二人だけの空間。校庭の方から運動部のかけ声が、校舎のどこからか吹奏楽部の楽器の音が聞こえてくる中、向かいのベッドに腰掛ける雪歩は決心したように言った。
「和海君の誕生日っていつ?」
……まぁ、小日向雪歩という悪魔はこういう奴だ。
「五月の二十日だ」
「結構近いんだね。ちなみに私の誕生日は十二月二十五日だよ」
「おめでたい日だな」
「でも、誕生日ケーキとクリスマスケーキが一緒になっちゃうのが残念」
「確かに……それは損した気分だな」
やっと二人きりになれたね、なんて言われたから一体何を言われるのかと思ったが、ただ誕生日がいつか聞かれるだけだとは。
まぁ、それがこの悪魔のやり方である。病人をも弄ぶとは。
「ところで、具合はどう? 楽になった?」
「別に大したことはないさ……まだ平熱だし」
「和海君、今日は朝から顔色悪かったし、やっぱり無理してたの?」
「まぁ、そうかもな……どうだ、今の俺は怖い顔してるのか?」
「うん。可哀想なくらい怖いよ」
「どんな顔だよ……」
残念ながら、今日は教会に行けなさそうだ。あの愉快なシスターと話すのを若干楽しみにしている俺もいるが、こんな調子では仕方ない。死に体で行っても迷惑をかけてしまうだけである。
「雪歩は帰らないのか? 別にそんな看病してくれなくても、姉貴が俺を送ってくれるだろうし……」
「和海君の目がいきなり飛び出るかもしれないから、一応見張ってる」
「どんな病気なんだよ、俺は……」
雪歩が側で見守ってくれているという状況も恥ずかしいし、弱っている自分の姿を見られるのも正直抵抗があった。
しかし……誰かが側にいてくれるという安心感が、今はとても心地良い。
すると、さっきまでは病人を労るような優しい笑顔を浮かべていた雪歩の表情が、少しだけ暗くなったように見えた。
「……ねぇ、和海君」
「どうした?」
「無理、してたんでしょ?」
俺は否定も肯定もせずに、雪歩から顔を背けた。
こういうことを言われるのは、あまり好きではない。
雪歩の語気から察するに、それは決して俺を責めるような論調ではないのだろうが……他人を心配させたくないのである。
「どうして、和海君はそんなに頑張るの?」
こういうことを聞かれるのも、あまり好きではない。
むしろ……嫌いだ。
「……どうして、そんなことを知りたいんだ?」
「心配だから」
「俺のことが?」
「和海君の心臓と肺が」
「それは心肺だろ……」
雪歩が俺のことを気にかけてくれているのか、それともただ単にからかっているのか、俺は未だにその区別がつかない。こうして俺がカマをかけようとしても、全然動揺してくれないからだ。
「大した理由じゃないさ。別に大事な信念があるわけでもない……」
俺は答えをはぐらかそうとしたが、雪歩は立ち上がってズイッと身を乗り出してきて、俺の顔を覗き込んできた。
「和海君にとって大した理由じゃなくても、私は知りたい」
雪歩の銀色の髪が俺の顔をかすめる。
俺をからかおうとしているのではなく、本気で心配してくれているのだろうと、雪歩のその真っ直ぐな眼差しで、嫌というほど理解できる。
俺が言葉に詰まってしまうのは、体調が悪いせいなのか、俺が自分の話をすることを躊躇っているからか。
しかし、雪歩には最近世話になっているし、せっかく友達という関係にもなれたのだから、それぐらいは話した方が良いのかもしれない。
「俺は、ヒーローになりたいのさ。ただそれだけだ」
そう言って、俺は雪歩に背を向ける。
雪歩に何かからかわれるかと思ったが、彼女の反応はない。俺の声が小さかったのだろうか。
「誰だって憧れるものだろうさ、ヒーローに」
ピンチの時に駆けつけて、颯爽と助けてくれるのがヒーローである。
しかし、それはあまりにも都合が良すぎる存在かもしれない。実際、俺がピンチに陥っても白馬に跨った松平け……将軍様が颯爽と駆けつけてきて、悪代官を懲らしめてくれるようなことはないのだから……。
「じゃあ、和海君の将来の夢って警察官?」
「確かに、俺の父親は警察官だったが……明確には決めてない」
そうなんだ、と雪歩は思いの外淡白に相槌を打った。
色々と彼女のユーモアを聞けると思っていたのだが反応が薄かったので、俺は話題を変えようと寝返りを打ち、仰向けに戻った。
「そういえば、雪歩の趣味って何なんだ?」
この間、シスターから貰ったアドバイスを思い出して、俺は雪歩に聞いた。
「謀反」
まぁ、この悪魔に聞いたのは間違いだったかもしれない。
「大層な趣味だな……」
「いつか、この県を支配することが私の夢なの」
「夢はもっと大きく持てよ」
「いつか、全世界の県を支配することが私の夢なの」
「県に拘るんじゃない」
俺が呆れて溜息をつくと、雪歩は愉快そうにクスクスと笑っていた。
そして、俺に向かって微笑みながら彼女は口を開く。
「後はね、料理と裁縫も私の趣味」
「随分と家庭的だな……どんな料理が得意なんだ?」
「フランベ」
「完成品を教えてくれ」
「焼きおにぎり」
「おにぎりをフランベするんじゃない」
今まで雪歩が俺に作ってくれた弁当の味を思い出すと、確かに彼女の料理の腕前は確かなものだと思う。何故か雪歩は自分が作ったお弁当であることを頑なに認めようとしないが、多分雪歩が作ってくれたものだと俺は信じている。
料理と裁縫……どちらも俺に出来るか、というか続く趣味なのかわからないが、雪歩に教えを請うというのも、悪くないかもしれない。
そんなことを考えていると、眠気に襲われて俺は欠伸をしてしまっていた。
「眠そうだね、和海君」
「そうだな……少し寝るよ」
「私が子守唄歌ってあげようか?」
「よしてくれ、そんな子どもをあやすみたいなこと」
聞いてみたい気持ちもあるが、今の雪歩のいたずらっぽい笑みを見るに、とんでもない内容の子守唄を聞かされそうである。
「じゃあ、昔話を聞かせてあげる。応仁の乱の話ね」
「寝る前にそんな話を聞かせないでくれ」
雪歩の言う通り、眠気に襲われていた俺は目を閉じた。
すると、宣言通り雪歩は昔話を始めたのだった。
「昔々、あるところに。大判焼と今川焼が仲良く暮らしていました」
絶対仲良く暮らせないだろとツッコミを入れたかったが、俺は寝たいので我慢した。
「ある日、隣の国で暮らしていた回転焼がボロボロの姿で助けを求めてきました。なんでも、悪の大魔神太鼓饅頭が大量のおやきを引き連れて村に攻め込んでくるらしいのです」
ダメだ、似たような見た目の饅頭達が争っている様子しか想像できない。
「そこで大判焼達は、村の近くにある険しい山の頂上に住んでいる神、大文字焼の力を借りようとします」
睡魔に襲われる中、俺は違和感を感じていた。
こんなトンチキな話、初めて聞くはずなのにどこかで聞いたことがあるような、ないような……。
しかも、話の続きがわかるような……。
「しかし、遥か太古に封印された大文字焼を封印から解くには、世界に散らばる七つの御座候を集めなければなりません……」
俺はこんなトンチキな話を、一体どこで聞いたことがあるのだろう────。
◇◇◇
『今日は、どんなお話を聞かせてくれるんですか?』
今日も、彼女は銀色の髪を潮風になびかせながら、いつもの場所でニコニコと微笑んで待ってくれていた。
『今日はな、お土産があるんだよ』
『お土産ですか? どこかに旅行に?』
『いや、何か知らないおじいさんがくれたんだ。お前は大判焼、好きか?』
俺が大判焼を彼女に渡すと、彼女は嬉しそうに微笑みながら言う。
『あぁ、御座候ですね』
『ござそうろう? 何だそれ』
『私が住んでいるところでは、このお饅頭をそう呼ぶんです』
『へー、変な名前だな』
『他にも今川焼や回転焼、太鼓饅頭に大文字焼など、色んな呼び方があるんですよ』
『犬にチワワとかプードルみたいな名前があるみたいなもんか?』
『うーん、それに近いと言えば近いかもしれませんが……』
俺はその時初めて、この見慣れた饅頭に色んな呼び方があることを知った。そういえば、俺にこの饅頭をくれたおじいさんも今川焼と呼んでいたような気がする。
そして、俺は彼女と一緒に大判焼を一口食べた後、ハッと閃いた。
『あ、思いついた!』
『どうしたのですか?』
『大判焼とか御座候が出てくる童話作ってみようぜ!』
『このお饅頭を作るお話ですか?』
『いや、大判焼とかが登場人物の話!』
『は、はぁ……?』
俺の作り話をいつも聞いている彼女でさえ、流石にお饅頭達が主役の話を作るとなると困惑した様子だった。確かにファンタジー過ぎる内容かもしれないが、童話だと思えば問題ないだろう。
『ど、どういうお話にされるのですか?』
『そうだな……饅頭達が協力して饅頭を倒して、最後は皆で仲良く饅頭を食べる話だな』
『共食いでは……?』
『まず大判焼が主人公だろ。んで今川焼が相棒で、敵はどうしようかな……御座候って悪役っぽくね?』
『私の好物を悪役にしないでください。他にも義士焼や巴焼という名前もありますし』
『じゃ、じゃあ御座候は何か伝説の剣みたいな感じにするか……あと義士焼って神様がいて、義士焼の好物は巴焼ってことにしよう』
『生きている饅頭と、アイテムになっている饅頭と、食べられる饅頭があるんですか……?』
その後も物知りな彼女から大判焼の他の色んな名前を教えてもらいながら、俺はファンタジーな話を作り上げていった。
今思えばメチャクチャな内容の話だが、それでもあの人は楽しそうに、俺の話を聞いてくれていたっけな……。




