俺は子猫を可愛がっているだけなのに②
「子猫、良いではないですか。子猫という響きだけでとても可愛らしい二匹の子猫さんが頭に思い浮かびます。兄弟でしょうか、それとも姉妹でしょうか、あぁ早くその子猫さん達に会いたいです! あ、そういえばお名前なんでしたっけ?」
「才木和海だが」
「貴方のじゃなくて、子猫さんのです」
「まだ付けてない。ちなみに二匹ともメスだ」
「なるほど、女の子なんですね。どんな名前にしましょうか……」
懺悔室の向かい側にいるらしいシスター?の姿こそ見えないが、かなりウキウキした様子なのはその声色でわかる。
「あ、そうだ。シロちゃんとクロちゃんという名前はどうでしょう?」
「残念だが、二匹とも黒猫だ」
「じゃあクロサンとクロチャンはどうでしょう?」
「もうちょっと捻った名前をつけてやれ」
シスターはかなり浮かれている様子だが、俺はどんな反応をすれば良いのかと困っていた。
ここ、懺悔室のはずだよな? 懺悔とか告解って、こんな雰囲気でやるものなの?
「な、なぁシスター。俺が神様に赦されてない理由ってのはつまり、俺がその子猫をアンタに見せなかったからってことか?」
「えぇ、その通りです。隠れて飼っている可愛い子猫さんを、私に見せてくれないなんて……独占欲が強いんですね」
「いや、私欲まみれじゃねぇか」
どうやら、この胡散臭いシスターは猫派のようだ。そうなると、もう神の意志とか関係ないじゃないか。
「うぅ……その子猫さんをここに連れてきたなら、神は貴方をお赦しになるでしょう……」
「お前が子猫を可愛がりたいだけだろ!」
「それと猫じゃらしもお恵みください」
「注文が多いな!」
俺だって本当は猫じゃらしとか使って可愛がりたいが、万が一そんな場面を知人に見られたらと恐ろしくて試すことが出来ないのだ。
それこそ、あの『天使』なら絵になりそうだなと思うが……一緒にネコを可愛がらないか?なんて誘い文句、我ながら気味が悪いと思える。
猫派のシスターとそんなやり取りをしていると、彼女はコホンと咳払いした。
「まぁ、おふざけはここまでといたしまして。私は聖女ですので、貴方の懺悔をしっかりと受け止めて差し上げましょう」
聖女の部分をしっかり強調するあたり、このシスターはかなり聖女を自認しているらしい。自称するような称号ではないと思うが。
「さて、迷える子羊ことザンジバル一二三さん」
「俺はそんなお笑い芸人みたいな名前じゃない。才木和海だ」
「それは失礼しました。才木和海さん。どうやら貴方は何かと悩みを一人で溜め込んでしまいがちなお方のようですね。様々なケースを想定してしまい、誰かを頼るのを躊躇う貴方の気持ちも理解できますが、時には誰かを頼るというのも、人生において大切なスキルですよ」
さっきまでのおちゃらけた雰囲気とは打って変わって、シスターはちゃんと俺にアドバイスを送ってきた。
そのあまりの変わりように俺はまた驚かされていたが、一方で納得もしていた。
誰かを頼るのも大切なこと、か。
それはわかっているつもりなんだがなぁ……。
「私も色々な事情があって子猫さんを引き取ることは出来ませんが、子猫さんを見捨てずに大切に見守っている貴方になら、きっと良いご縁が巡ってくることでしょう。もしかしたら、意外な方が貴方に救いの手を差し伸べてくれるかもしれませんよ」
「……そうか。ありがとな、ちゃんと相談に乗ってくれて」
「いえいえ。私は聖女ですから」
最初からこんな風に優しくアドバイスしてくれてたら、俺もこのシスターのことを多少は聖女のような存在だと思えていたかもしれない。確かに柔和さや包容力を感じさせる美しい声なのだが、そう何度も聖女聖女と自称されると胡散臭く感じてしまう。
「なぁ、シスターって前からここにいたのか? 最近まで誰もいなかったはずなんだが」
「本日、聖女として顕現しました」
「……不審者なら今すぐ通報するが?」
「あ、ちゃんとここの神父様の関係者ですから! 神父様が療養中ですので、代わりに私がこの教会を預かることになったんです」
「そうなのか。ちなみに、シスターの名前は?」
「聖女です」
「聖はまだしも、名前が女は可哀想だろ」
「ふふっ。私のことはお気軽にシスターと呼んでください」
何か名前は有耶無耶にされてしまったが、ここの神父が療養中なのを知っている辺り、一応関係者だと信じることにしよう。このボロい教会に入り浸る不審者の線もまだあるが、それを言い始めたら俺も当てはまってしまう。
一人で落ち着ける空間、という懺悔室の雰囲気は失われてしまったが、こんな愉快な話し相手がいるというのも悪くはない。若干胡散臭いが。
「ここは懺悔室という名前ではありますが、あまり堅苦しいことは考えずに、気楽に貴方の悩みを聞かせてください。私は何でも受け止めて差し上げますよ。貴方の今晩のおかずとか」
「俺の今晩のおかずは青椒肉絲だ。以上」
「それは結構特殊ですね……」
「俺は帰る! じゃあな!」
俺は懺悔室を出て、そのまま帰途についた。あのシスターとの会話は退屈こそしないものの、ツッコミで疲れてしまいそうだ。
しかし、誰かを頼ると良いと言われたものの、子猫の件は一体どうしたものか……。
◇◇◇
「おはよう、小日向」
「うん、おはよ。今日ってマンデラ効果の授業の日だっけ?」
「そんな授業はない」
「でもそれは才木君の思い込みかも……」
「ないものはない、はずだ」
翌日の朝。いつもと同じような時間に登校してきた隣の席の小日向雪歩に俺は挨拶した。
いつもならこれぐらいで小日向との会話は終わりなのだが、ふと小日向の鞄に目をやると──黒猫のキーホルダーがついていることに気がついた。
小日向の鞄に、あんなキーホルダーついてたか……?
普段からそんなに人の鞄をジロジロと見ることもなかったためわからないが、もしかして小日向は猫が好きなのだろうか。
それと同時に、昨日シスターが言っていたアドバイスを思い出す。
『もしかしたら、意外な方が貴方に救いの手を差し伸べてくれるかもしれませんよ』
……もしかして、小日向が?
「な、なぁ、小日向」
俺は勇気を出して、小日向に声をかけた。
彼女にこういう風に声をかけたのは、これが初めてだ。
すると、着席して本を読もうとしていた小日向が俺の方を向く。何?と言いたげに彼女は小首を傾げていた。
天使という異名を持つ少女を直視すると少しドギマギしてしまうが、俺は彼女に問うてみる。
「猫、好きなのか?」
すると、小日向は微笑みながらコクリと頷いた。これは中々に光明が見えてきたかもしれない。
「猫、飼ってるのか?」
「ううん」
小日向は首を横に振る。
「……猫、飼いたいか?」
「うーん、どうだろ」
俺がそう問うと、小日向は少し困ったような顔をした。
肯定もしないが否定もしない。何か飼えない事情があるのだろうか。俺も家族が猫アレルギーだから飼うのが難しいのだが。
「何か、飼えない事情があるのか?」
「まぁ、そんな感じかもね」
小日向はコクリと頷いた。大方俺と似たような事情なのだろう。
しかし、なんだこのやり取りは。一応俺の質問にちゃんと答えてくれてはいるが、内容にどこまで興味があるのか全然わからない。まだ探り探りという状況だ。
しかし、一度走り出してしまったものを止めるわけにはいかない。人生、時にはこういう勇気も必要なはずだ。
「実はな、俺──」
と、俺が学校の隅っこで隠れて子猫を飼っている話をしようとした瞬間、騒がしかった教室に予鈴が鳴り響いた。
同時に担任も入ってきたため、小日向に肝心なことを話すことが出来なかったのだった。
そして、結局それ以上小日向に話しかけることが出来ずに迎えた放課後のこと。
俺は先生や知り合いに頼まれた野暮用とかがあって居残りしていることが多いが、小日向は放課後になるとすぐに姿を消してしまう。
意外な人が助けてくれるかと思ったが、結局そのきっかけを掴めないまま、俺は先生や他の生徒達にばれないように、学校の隅っこにある倉庫裏へこっそりと向かったのだった。
「ミャー」
「ミャ!」
先生から貰った端材で作った急ごしらえの小屋の下に置かれた、小さな段ボール箱。
その中から、二匹の子猫が顔を覗かせてきた。
初めて見た時は雨に打たれてかなり衰弱していたが、今はすくすくと成長してくれているようで安心する。
「ほら、仲良く食べろよー」
俺が猫缶を開けると、二匹の子猫はまるで競うかのように食べ始め、用意していたミルクも飛沫が飛ぶぐらいの勢いで舐め始めた。
「元気だなぁ、今日も……」
いつもならしばらく子猫の様子を見てからそのまま教会へ向かう所なのだが、今日はとある道具を用意してきた。
俺が鞄の中から取り出したのは、一本の猫じゃらし。
猫缶を買うついでにペットショップで見つけてきたものだ。
……昨日、あの自称聖女が猫じゃらしだのどうだのこうだのと言っていたから、気になって買ってしまった。さよなら、俺のお小遣い。
そして、餌とミルクをたらふく堪能した二匹の子猫に向かって猫じゃらしをかざして振ってやると──。
「ミャー!」
「ミャッ、ミャッ!」
二匹の子猫は前足をばたつかせて猫じゃらしを追いかける。俺が猫じゃらしを軽く上に上げようとすると、子猫は後ろ足でジャンプしようとするも、まだ幼いからか全然届いていないところも可愛らしい。
「おらおらー、捕まえてみろ~。ふふふ、可愛いなぁお前ら……」
あぁ、なんて至福の時間だろう。俺はただ猫じゃらしを振っているだけなのに、こんなに心が癒されて良いのだろうか。全人類の精神衛生の健康のためにも、やはり猫様は必要なのではないか。
猫ってあまり人間に懐かないイメージがあったが、こうして子猫達が楽しそうにやってくれているのを見ると、俺も何だか幸せに気持ちに────。
「何してるの?」
子猫達と戯れていた俺の耳に、突然少女の声が聞こえてきて。
「どおおおおおおおおおおいっ!?」
俺は地面に尻餅をついてしまうぐらい驚いてしまい、俺の叫び声に怯えて子猫達も段ボールの中に置かれていたタオルの中に慌てて身を引っ込めていた。
そして、声がした方を向くと──。
「こ、小日向……!?」
誰も来ないはずの倉庫裏に現れたのは、小日向雪歩。
「何だか、楽しそうなことしてるね」
そう言って、僅かにではあったが……あの『天使』たる小日向雪歩が、まるで邪悪な『悪魔』のような笑顔を浮かべた、そんな気がした。




