俺は子猫を可愛がっているだけなのに①
「────神は貴方を赦さないでしょう」
シスターは可愛らしい声で、己の罪を告白した俺に残酷な宣告をする。
「隠れて飼っている可愛い子猫さんを私に見せてくれないなんて……独占欲が強いんですね」
そう、ただただ子猫を見たいという理由だけで。
本来であれば、先生方に内緒で学校の隅っこで子猫を飼っていることを咎めるべきなのに。
「いや、私欲まみれじゃねぇか」
姿が見えない謎のシスターに対し、俺、才木和海は我慢できずにツッコんでしまうのだった。
「うぅ……その子猫さんをここに連れてきたなら、神は貴方をお赦しになるでしょう……」
「お前が子猫を可愛がりたいだけだろ!」
「それと猫じゃらしもお恵みください」
「注文が多いな!」
この時の俺は、まだ知らなかった。
このとても神様に仕える身とは思えない愉快なシスターとの他愛もない交流が、まさか『天使』と出会うきっかけになるだなんて。
いや、正確に言えば──隣の席に座る不思議な少女、『小さな天使様』こと小日向雪歩の、思わぬ一面を見られるきっかけになるだなんて。
それは、神様のきまぐれか神様のいたずらか、あるいは……神様からのプレゼントだったのかもしれない。
◇◇◇
二年生に進級してしばらくが経った、四月の半ば頃。
朝、教室の一番後ろの席で俺が大きな欠伸をしていると、視界の隅に『天使』の姿が映り込んだ。
銀色の髪と黒いリボンを揺らし、こちらへ歩いてくる小柄な少女──小日向雪歩。
クラスメイト達から挨拶されると、彼女は小さく笑って挨拶を返していた。
その小柄で可愛らしい顔立ちとどこか人間離れした雰囲気から、『小さな天使様』だとか、『桂岡の天使』なんて異名を付けられている。
そして、そんな天使こと小日向は俺の隣の席だ。
「おはよう、小日向」
と、俺がいつも通り挨拶すると。
「うん、おはよ」
そう言って、まるで天使のような笑顔を俺にも向けてきて、それだけで俺は単純にもドキッとしてしまいそうなのだが──。
「今日は小惑星が降ってきそうな空だね」
そう言われて俺は外の方に目をやるが、とてもそんな終末が待っているような空には見えなかった。
小日向と隣の席になって一週間以上経つが、俺は未だに彼女に見えている世界が理解出来ずにいる。
やはり、天使に見えている世界は俺達常人と違うのだろう。そうに違いない。
「君の名はって叫ばないとな」
「私の名は?」
「それはただの記憶喪失だろ」
小日向のボケなのか天然から出るセリフなのかわからないが、俺が律儀にツッコんでやると彼女は楽しそうにクスクスと笑っていた。
二年生に進級して小日向と同じクラス、さらには隣同士になり、多少の会話をすることはあれど、彼女との距離感が縮まっているのかどうか測ることが出来ていない。
このどこか掴めない独特の雰囲気もまた、小日向雪歩という少女を人間離れした『天使』たらしめるものなのだろう。
「小日向さんって何考えてるんだろな」
昼休み、俺の席を囲んで昼食を共にしていた友人の牧が、教室の前の方で友人達と一緒に昼食を食べている小日向の方にチラッと目をやって言う。
「大◯翔平って今何考えてるんだろ……って考えてるんじゃないか?」
「お、それは天使エミュ度高いぞ」
「何だよ、天使エミュ度って」
俺もチラッと小日向の方を見てみたが、彼女は友人達の会話に混じってべらべらとお喋りするというよりかは、それを聞いて楽しむ側の、物静かな性格だ。
いつも笑顔が絶えないことも小日向を可愛らしい天使たらしめる部分なのかもしれないが、何を考えているのかわからないのも、畏怖の対象として見た天使たらしめる部分なのかもしれない。
「才木は良いよな、小日向さんと隣同士で」
「だからといって、そんなに仲良いわけじゃないがな」
「でも、毎日一言二言言葉を交わせるってだけで十分羨ましいもんだぜ。天使からのお告げを直々に聞けるなんてなぁ。一体前世でどんな徳を積んだたら小日向さんの隣の席になれるんだか」
と、俺は小日向と席が隣同士というだけで男子生徒達から羨ましがられるポジションにいるわけだが、未だに小日向との距離感を掴めていない俺はもどかしい気分だ。
こんなに近くにいるのに、どうして天使はこんなにも遠い存在なのか──今日もそんなことを考えながら、いつもと変わらない日常を送っていたのだった。
そして放課後、俺は学校からほど近い教会へと立ち寄った。
今は高齢の神父が病気療養中のため殆ど閉鎖状態にあるが、小さい頃に世話になった縁もあって、今は俺が代わりに教会の手入れをしている。
ここは良く言えば、歴史を感じられる、とても趣のある教会である。
悪く言えば、ただのボロっちい教会である。外観こそそれなりに立派だが老朽化は否めず、大きな地震でも来たら倒壊してしまうのではという不安もある。
しかし、海岸沿いの小高い丘に建つこの教会から望む景色は素晴らしいもので、全国有数の観光地である松楠海岸や櫻ノ島を一望できる。この景色を独り占め出来るというのは中々の贅沢感だ。
そして、草むしりだったり花壇への水やりだったりと、小一時間程敷地内の手入れをした後、俺は教会の中にある懺悔室へと向かった。
窮屈な部屋に入り、椅子に腰を下ろして小窓の向こうを見ても、やはり真っ暗だ。本来は相手がいるはずの向かい側の部屋とは小窓を通してコミュニケーションを取れるようになっているが、今は黒いカーテンで閉ざされているのである。
そもそも神父が不在の今、俺以外にこのボロい教会を訪れるような変わり者はいないため、俺一人だけの空間が出来上がる。
そんな懺悔室で自らの罪を告白することも、俺の日課だった。
「──神様。俺はまた罪を犯してしまいました」
俺の懺悔を聞いてくれる人はいないし、そもそも誰もいないからこそ、俺は赤裸々に罪を告白することが出来る。
「この間の雨の日、先生から頼まれた作業の途中で倉庫に立ち寄った時……雨に打たれて衰弱している二匹の子猫を見つけたんです」
そう、あれは一週間ほど前のことだった。
雨の中、学校の隅っこにある倉庫に荷物を運んでいた時のこと。倉庫の裏手から雨音に紛れて何かの鳴き声が微かに聞こえてきて、見ると二匹の子猫が風雨に晒されて衰弱していたのだ。
「俺はひとまず風雨を凌げるように先生から端材とかを貰って簡易的な小屋を作ったのですが、それから一日経っても二日経っても親猫が現れる様子もなかったので、放っておくわけにもいかず……俺がこっそり世話をしているんです」
一度動物病院に連れて行って検査こそしてもらったものの、俺の家じゃ飼えないし
知り合いにも猫を飼いたがっている奴もいなくて、かといって保健所に連れて行くのも躊躇われた。
先生達に相談しようかとも考えたが、結局保健所送りにされかねないだろうし、そのまま俺が倉庫裏の掘っ立て小屋で飼っているような状態だ。
見て見ぬふりも出来たのかもしれないが、俺はどうしても放っておくことが出来なかったのだ。
「神様……子猫を保護するためとはいえ、独断で敷地の一部を間借りしている状態なのも申し訳ないですし、二匹の子猫のためにはどうするべきなのか、俺にはわかりません……」
本来は野生動物に深く干渉するべきではなかったのかもしれないが、一度関わりを持つと決めてしまった以上、二匹の尊い命を放っておくことは出来ない。
とはいえ、動物を飼った経験のない俺には荷が重いし、何よりも先生達に隠し事をしているということに後ろめたさも感じていたのだ。
そんな悩みをこうして口にすることで、多少は気が楽になるだろうと俺は思っていたのだが──。
「──神は貴方を赦さないでしょう」
と、どこからかいきなりそんな声が聞こえてきて。
「ぬおおおおおおおおおおっ!?」
俺は椅子から飛び上がるほどの勢いで驚かされてしまった。
「だ、誰だお前は!? そこに誰かいるのか!?」
その声は確かに、誰もいなかったはずの、向こう側の部屋から聞こえてきた。仲の様子は伺えないが、どうやら誰かがそこにいるらしい。
すると、向かいの部屋からクスクスと可愛らしく笑う女の声が聞こえてきて──。
「私は神様です」
うわぁすげぇ胡散臭い。
「というのは冗談でして、私は聖女です」
どっちにしろ胡散臭い。
「えっと、シスターみたいなものか?」
「言い換えればそうかもしれませんね。ようこそ、迷える子羊さん。貴方の懺悔、しっかりと拝聴させていただきました」
誰も聞いていないと思って俺が告白した懺悔を勝手に聞かれていたのも癪だが、俺が何も確認せずに一人で勝手に喋ってしまったことだ。怒っても仕方がない。
若干胡散臭さは感じるが、このシスターが何か助言でもくれるのかと俺が期待していたら──。
「しかし、神は貴方を赦さないでしょう」
突然の残酷な宣告。そういえばさっきもそう言ってったっけ。
「お、俺は赦されないのか!?」
「はい。近い内に裁きがくだされることでしょう」
「ど、どうしてなんだ!?」
「それはですね──」
自分に何か悔い改める点があるならと、俺はシスターの話を真剣に聞いていたが──。
「──貴方が可愛い子猫さんを独り占めしているからです!」
……一度でも真剣に聞こうとした俺がバカだったのかもしれない。
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