夢中で頑張りすぎた君へ。大人しく休んで②
「なぁ牧、お前の趣味って何?」
「へ? 寝ることだけど?」
「そうか。じゃあお前はもう用済みだ」
「え? 俺ってこんな雑に消されるの?」
朝、体のしんどさに耐えながら何とか登校した俺は、相変わらず俺の席に陣取って俺の登校を待っている……いや、奴は俺じゃなくて雪歩のことを待っているのだろう。
そして、そんな牧に趣味を聞いてみたが、全然参考になりそうにない。
「まぁ一応、漫画読んだりゲームしたりって感じじゃね? あとはハンドメイドとか」
「は、ハンドメイド……? お前にそんな趣味あったのか?」
「あぁ、この前女友達に教えてもらったんだよ。俺、全然器用じゃないけどそれなりに楽しいぜ」
牧のことを突いてみると結構女友達と遊びに行ったみたいな話を聞かされるのだが、どうして牧に彼女がいないのか不思議に思ってしまう俺がいる。
いつもユキポンがどうとか言っているくせして、牧は自分に向けられている好意に鈍感なのではないだろうか。女友達が多いからと言って、縁が結ばれるとは限らないかもしれないが。
そんなことを考えつつ、俺は俺の席に陣取っていた牧を押しのけて支度を始めたのだが、牧は前の席に移動すると、俺の顔を覗き込みながら言う。
「にしてもよ、カズ。お前何か顔色悪いけど、どうしたんだ?」
「え? そんなに変か?」
「おう。いつもの怖い顔が更に怖くなってんぞ」
「俺っていつも怖い顔だったのか!?」
「ちゃんと毎朝鏡見たほうが良いぞ、カズ」
「毎日見とるわ!」
俺の顔が怖いと牧に思われていたのは驚きだが、まだ風邪気味だから表情が険しくなっているのかもしれない。なんとか咳は収まったが、まだ倦怠感は残っているし、若干頭がボーッとしてる感覚もある。少しだけ騒がしい教室の喧騒すらも頭にガンガンと響くぐらいだ。
「ちょっと風邪気味でな。良い機会だし、お前も風邪引いていかないか?」
「いや何で? そんなちょっとゲーセン寄ってこうぜみたいな感覚で風邪引きたくないんだけど?」
「ほら、たまには風邪を引いて自分はバカじゃないって証明しないといけないだろ」
「もしかして俺、物凄くバカにされてる? 体の健康に気を遣ってるだけなのに理不尽じゃね?」
確かに、風邪を引かないだけでバカ扱いされるのも可哀想な話だ。バカは風邪を引かないなんて言葉は一体どうやって生まれたのだろう。
そして、俺と牧がいつものようにお喋りしていると雪歩が登校してきた。
「おはよう。和海君」
「あ、あぁおはよう、雪歩」
……俺は未だに彼女を雪歩と呼び慣れていないのだが、向こうはどうしてこんな簡単に俺のことを名前で呼んでくれるのだ。
「ネギトロ巻君もおはよう」
「おはよう、小日向さん」
「ネギトロ巻君はもうPS18手に入れた?」
「小日向さんの世界ではiPh◯neみたいなペースでPlayStati◯nが発売されてんの?」
そんなに長くシリーズ化されるんだったら、一回どこかでリセットされそうなものだが、実際にそんなナンバリングが発売されるとなったら半世紀以上先の話になりそうである。
今日も朝から天使独特の不思議な世界観に巻き込まれたが、未だに雪歩のことを雪歩と呼び慣れていない俺に対し、そんな俺達の変化に気づいたらしい牧はというと──。
「ところでさ、小日向さん。俺も小日向さんのこと雪歩ちゃんって呼んで良い?」
と、相手が小日向雪歩という天使だろうが気にする様子もなく、言ってしまうのである。
「メグと和海君がいるから、定員オーバー」
「二人までなの!?」
雪歩がさらりと牧のお願いをお断りしたのか、本当に定員があるのか、その笑顔からはわからない。
「だから、私のことを雪歩って呼びたかったらどちらかを倒してね」
「それってそういうシステムだったのか!?」
「すまないカズ……お前にはここで死んでもらう」
「少しは躊躇え!」
俺と雪歩がお互いに『雪歩』と『和海君』と呼び始めてから少し経つが、俺が彼女のことを雪歩と呼ぶ度に教室の至る所から殺気を感じるのは気のせいだろうか。
だから本当は小日向呼びに戻したいところなのだが、小日向と呼びかけても彼女はそっぽ向いて返事をしてくれないから、困ったものなのだ……。
「なぁ小日向さん。ユッキーとかユキポンとかなら良い?」
「じゃあ、私が今から出すクイズに正解したら良いよ」
「よっしゃ来いや!」
「私が昨日食べた晩ごはんのメニューはなんでしょう?」
いや難問過ぎるだろ。
「一体何なんだ……近所の親切なおばあちゃんがおすそ分けしてくれたキッシュとか?」
「そこは肉じゃがとかカレーとか、もっと当たりそうな料理があっただろ」
「正解は……私の家の近所に住んでいる、親切なフランス人のおばあちゃんがおすそ分けしてくれたキッシュでした」
「よっしゃあ!」
「合ってんのかよ!」
牧は一体どうやってこんな難問を解いたのだろうか。一体雪歩のどこから、昨日の晩ごはんにキッシュを食べたという情報が伝わってきたんだ?
「でも、おばあちゃんがフランス人というところまで当てられなかったから不正解」
「こんなにディテール上げたのにダメなの!?」
「ふふっ、冗談冗談。ユッキーでもユキポンでも良いよ」
「じゃあよろしくな、ユキポン!」
「うん、よろしくね干瓢巻君」
「お、俺のことを普通に牧君って呼んでくれても良いんだぜ……?」
雪歩は牧がいない時は普通に牧君って呼んでるし、彼女なりのおふざけなのだと思う。
俺はそんな雪歩と牧のやり取りを何となく聞いていたが、雪歩は俺の方を向くと、小さく笑いながら口を開いた。
「和海君も、私のことユキポンって呼びたい?」
「……いや、いい」
この天使……いや悪魔のことを雪歩と呼ぶのも大概恥ずかしいが、ユキポンはちょっと俺のキャラに合わないと思う。
「ちなみに、ユキポンなら定員はあと五万人ぐらいあるから大丈夫だよ」
「なんでそっちはドームみたいな定員なんだよ」
「つまりそれって、そこら辺の有象無象みたいな男子にもチャンスがあるってことか……?」
「私と友達になりたいなら、火鼠の皮衣ぐらいは持ってきてもらわないとね」
雪歩は天使でも悪魔でもなくかぐや姫だったか。
教室の各所から「誰が有象無象だ!」なんて野次も聞こえてきたような気がするが、そんな有象無象の嘆きも虚しく、一日の始まりを告げる予鈴が鳴り響き、またいつも通りの学校生活が始まるのであった──。
◇◇◇
──なんだ、この音は。
聞きたくない、こんな不快な音は。
音がどんどん迫ってくる。
不協和音をかき鳴らしながら、奴らはやって来る。
図鑑で見た時は、動画で見た時は、あんなに格好良く見えたのに。
格好良く、見えたのに……。
何だろう、この恐ろしく、熱く燃え上がるような世界は──。
◇◇◇
目が覚めた。
たまにはスッキリした気分で目覚めたいものだが、人生中々そう上手くはいかないものだ。
夢の内容はうろ覚えだが、どうせあの時の──。
「おはよう、和海君」
「ぬおおおおおおおおっ!?」
近くからいきなり人の声が聞こえてきて、俺は驚いて飛び起きた。
見ると、俺が寝ているベンチの後ろから雪歩が俺のことを覗き込んでいて、危うくぶつかるところだった。
「な、なんだ雪歩か……って、何でこんな所にいるんだ?」
「妖精さんに誘われたら、ここに来てた」
ここは学校の敷地内の外れ。木陰で過ごしやすいとはいえ、校舎から離れているから、花壇とかもあって落ち着く場所ではあるのだが、あまり生徒達が来るような場所ではない。
俺はここで妖精なんて見た記憶はないが、多分雪歩には見えるのだろう。
「もう昼休み終わるのか?」
「ううん、もう朝だよ」
「俺は一日寝てたのか!?」
「ふふっ、冗談」
多分平常時なら、この空の頂点に座している太陽を見てすぐに冗談だとわかるのだが、寝起きの頭だと本当のことだと信じかねない。
「良い夢見れた?」
「え? あぁ、まぁ……わからないが」
「それより、顔色悪いけど大丈夫?」
「そうなのか?」
「うん。いつもの怖い顔がさらに怖くなってる」
なんか、朝にもそんなことを巻物野郎に言われたような気がする。
「なぁ、俺の顔ってそんなに怖いのか?」
「鏡見たことないの?」
「いや毎日見てるが……」
「怖いっていうか、なんだかいつも気を張ってるっていうか、まるで戦車の砲口を向けられているような顔してる」
「そんな追い詰められたような顔をしているのか、俺は……」
拳銃の銃口とかじゃなくて戦車の砲口ともなれば結構な追い詰められ具合だ。いや拳銃を向けられてるのも大概だが。
「和海君は真面目で頑張りすぎちゃうから、無意識の内にそんな表情になってるんだと思うよ」
「真面目って言われても、自覚はないんだがな……」
「じゃあ私が洗脳してあげる。マジメマジメマジメマジメマジメマジメマヅメマジメマジ〆マジメマジヌマジメ……」
「なんかしれっとヅとか〆が紛れ込んでなかったか?」
そういえば、前に雪歩から俺が笑っている所をあまり見たことがないみたいな話をされたこともある。もしかしたら俺の表情筋は自分が思っているよりも死んでいるのかもしれない。
「だから、そんな真面目な頑張り屋さんにご褒美」
「え?」
すると、雪歩は後ろに隠し持っていたらしい包みを俺に見せると、それを解いて──弁当箱の中から、美味しそうなサンドイッチが姿を現した。
「それ、雪歩の弁当じゃないのか?」
「ううん。偶然出会った魔女からプレゼントされたの」
「よりにもよって魔女からプレゼントされたのを俺に横流ししないでくれ」
俺は普段、昼食を購買の惣菜パンで済ませることが多いのだが、最近はこうして雪歩が昼食を差し入れしてくれることが増えてきた。週に一回ぐらいではあるが、かなりありがたいものである。
おそらく雪歩が作ってくれたものだと信じたいのだが……見知らぬ人から渡されたとか道に落ちていたとか、何かと変な理由をつけてくるのである。
この贈り物は一体何なのだろうか? 神様からの恵みとでも言うつもりなのだろうか?
「まぁ、ありがたくいただいとくよ。毎度毎度ありがとな、本当に」
「今回も毒が入ってないと良いね」
「毒が入っているかもしれないものを友達に渡すんじゃない」
購買で売っている惣菜パンはあまりレパートリーが無いのだが、雪歩がくれるサンドイッチはレパートリーが豊富で全然飽きが来ない、中々贅沢な昼食である。
そうして雪歩は俺の隣に座って、サンドイッチを頬張る俺を何故かニコニコと微笑みながら眺めている。
こんな所をクラスメイトにでも見られたら俺は半殺しにされかねないが……というか、雪歩は所構わず弁当を渡してくるようになったから、俺は学校の隅にある人気のないベンチに避難しているのである。
「綺麗だね、ここ」
「え? あぁ、そうだな……」
この学校には校庭を囲うように花壇が整備されており、今は様々な色のチューリップが並んで咲いている。校舎から一番離れているこの辺りまでわざわざ来ようとする生徒はそう多くないが、俺なりに気に入っている景色である。
「このチューリップ、和海君が植えたんでしょ?」
「な、なんで雪歩がそれを知ってるんだ?」
「私、あそこから見てたから」
そう言って雪歩は、校舎の図書室がある辺りを指差した。丁度木も邪魔しない場所だ。
「ここ、図書室からよく見えるから、メグがとても喜んでた」
「そうか。あんな奴にもチューリップを綺麗だと思える心が残ってたんだな」
そろそろ四月も終わる頃、このチューリップも見納めという時期だろう。その生命が短いからこそ、その美しさと儚さを詠う人達が多かったのかもしれない。
「和海君がここにチューリップを植えたのって、もしかしてメグのため?」
「んなわけあるかよ。用務員の先生の手伝いしてただけさ」
本当かな、と言わんばかりに雪歩はクスクスと笑っていた。この悪魔にも、チューリップを見て情緒を感じる心が残っているのだろうか。
なんて考えながら俺がサンドイッチを頬張っていると、雪歩はいきなり俺の頭へと手を伸ばしてきて──。
「偉いね、和海君は」
なんと、俺の頭を撫でてきたのだった。
「や、やめろっ!」
俺は驚いてサンドイッチを落としかけ、慌てて雪歩の手を振り払った。
「ナデナデされるの、嫌い?」
「ダメだ」
「どうして?」
「だ、ダメなものはダメだ」
……忘れてはいけない。
小日向雪歩は決して天使などではなく、俺の純情を弄ぶ悪魔なのだ。
まぁ、サンドイッチを喜んで受けている俺も俺だが、流石にナデナデはダメだ!
そして、この悪魔の猛攻は放課後も続く──。




