笑ってはいけない青春24時②
「おーっす、才木~」
「おうおはよう」
朝、俺が教室に入ると友人の牧が先に登校していて、牧はそのまま俺の席へとやって来た。
「才木って、何かあだ名ないよな」
「大体の奴が才木って呼んでくるからな」
「だからな、昨日の夜寝ずに才木のあだ名を考えてたんだよ、俺」
「しょうもないことで徹夜するんじゃない」
「というわけで、今日から才木は『カス』だ!」
「一晩考えて生み出すあだ名じゃないだろ!」
俺の名前は才木和海。知り合いの殆どは俺のことを苗字で呼んでくるし、親しい奴でも精々『カズ』呼びだ。『カス』なんて呼ばれた日には、人の目がなかったら始末しているぐらいである。
「確か、才木と幼馴染の北岡ってお前のことカズ君って呼んでるよな? 俺もカズって呼んでいいか?」
「別に構わんが、毎度キ◯グカズに著作権使用料を払うことになるぞ?」
「その呼び名ってあの人が独占してたの!?」
俺も何かの分野で名を轟かせたら、キングの称号を得ることが出来るのだろうか。
そして、もしもその称号を獲得したら、俺は二世になってしまうのだろうか? サッカーとは無縁の人生を送ってきたんだが。
「だからカズ、俺のことも好きなあだ名で呼んでいいぞ!」
「マ◯ネーム」
「それは違うメーカーのマジックだろうが!」
俺は結構好きなんだよな、マイ◯ーム。サ◯ラクレパス万歳。
「ていうか、牧の下の名前って何なんだ? マキマ?」
「そう、上から読んでも下から読んでもマキマキマ……じゃねぇよ! 竜太郎だよ! 知ってるだろ!」
「じゃあ牧は今日からドラゴンだ。よろしくなドラゴン」
「まぁ好きなように呼んでくれよ」
「牧ゴン」
「一気に怪獣っぽくなっちまったな……」
牧は苗字からマッキー呼び出来るし、竜太郎という名前も竜と略して呼びやすいのも良いなぁと思う。サイッキーなんて呼びづらいだろうし。
と、牧ゴンこと牧とあだ名談義をしていると、小日向が教室へと入ってきた。
「おはよう、才木君」
「おう、おはよう小日向」
「恵方巻君もおはよう」
「めっちゃご利益ありそうじゃん、俺」
そうか、牧の苗字ってそういういじり方も出来たのか。勉強になるぜ。小日向は牧のことをいつかカリフォルニアロールとかシナ◯ロールって呼びそうだ。
すると、小日向は鞄からノートや筆記用具を取り出して支度をしながら、俺と牧に微笑みかけながら言う。
「才木君と牧君って、仲良いんだね」
確かに、俺は日々色んな人の手伝いをしている関係でそれなりに顔は広いつもりだが、毎日学校で必ず話す、あるいはLIMEで連絡する相手となれば牧ぐらいかもしれない。
それを他人に言われると、何だかこそばゆく感じてしまうが。
「どうする、カズ。俺達の関係、小日向さんにバレちまったぞ」
そして、牧はこういう悪ノリをしてくる奴でもある。やめろ、何をそんなニヤニヤすることがある。
「今すぐ俺から五メートル以上離れてくれないか?」
「来世もマブダチになろうって誓った仲なのに!?」
「どうやってベニテングタケと仲良くなれと?」
「俺って毒キノコに転生する予定なの!?」
「ちなみに俺はパラ◯クトな」
「なんでお前はポケ◯ンなんだよ!」
ただ、こういう風に軽い冗談を言い合えるような友人は、確かにこの学校では牧ぐらいしかいないかもしれない。ある程度相手のことがわかっていないと、こういう冗談は飛ばしにくいからだ。
まぁ、あの謎のシスターもどきは……向こうもふざけてくれるから俺もふざけられるだけで、仲が良いのかはまだわからない。顔も見たことがないし。
じゃあ、俺と小日向の今の関係はどうなのだろう? 最近、小日向にやたらと絡まれるようになって彼女と接する機会は増えたが……小日向のことをあだ名で呼ぶのは、ちょっと難しい。
「ねぇ、小日向さんって何かあだ名ある?」
しかし、そんなことお構いなしに本人に直接聞けてしまうのが牧竜太郎という男。
そして、小日向は俺と牧にニコッと微笑みながら言う。
「私、皆に天使って呼ばれてる」
それって自称だったの? ていうか本人も知っていたのかよ。
「でも私、天使って呼ばれるの嫌い」
「え? そうなのか?」
「女神の方が良い」
まさかのランクアップ。確かに今どきの学校のマドンナを形容する言葉の一つかもしれないが、小日向が女神ではなく天使と呼ばれることが多いのは、やはり体格が小柄で華奢なのが一因だろう。
それに、人を女神なんて呼ぶのは照れくさいというか……小日向に面と向かってそんなことを言える気がしない。天使も大概だが。
「じゃあ、今日から小日向さんはこの桂岡高校の守護天使から守護女神になったってわけだ! ギリシャの首都アテネの語源が女神アテナになっているみたいに、桂岡高校も小日向立雪歩高校に改名しちゃおうぜ!」
しかし、小日向に面と向かって女神とか言えてしまうのが牧竜太郎という男。そこら辺はかなり柔軟性がある奴である。だからこそ俺とも仲良く出来るのかもしれないが、小日向立雪歩高校という発想はクレイジーだと思う。
「小日向雪歩学園は長いから、略してコーヒー学園にしない? バリスタ育成できそうだし」
「専門学校だったとしても分野が狭すぎるだろ」
「実際、小日向さんってコーヒーって呼ばれたことある?」
「ううん。仲が良い子は下の名前で呼んでくる。コーヒーって呼びたいならそれでも良いよ、カリフォルニアロール君」
「もう牧の原型すらないんだけど、これって遠回しにコーヒー呼び拒絶されてんの?」
小日向のことを天使だの女神だのとやけに神々しい異名で呼ぶよりかはコーヒーの方が呼びやすいかもしれないが、小日向の牧へのあしらい方を見るに、そう呼ばれるのはあまり好きじゃないのかもしれない。確かに人のことをコーヒーとかブルーマウンテンと呼びたいとは思わないし。
とはいえ、小日向のことを名前で呼ぶのも照れくさい感じもするのだが──丁度その時、小日向の友人である三門海夏が登校してきたのだった。
「雪ちゃん、おはよ~」
「おはよ、海夏。今日も鼻根部がキュートだね」
「こんぶ? なんか最近流行りなの?」
不思議そうな表情の三門を見るに、どうやら小日向の摩訶不思議な世界観は三門に伝わっていないようだ。鼻根部なんて言葉、日常生活でそうそう聞かないし使わないぞ。
「才木君達もおはよ~」
「なぁカズ。達の中に含まれる俺って可哀想じゃない?」
「おはよう、三門。この間はご飯ありがとな」
「どうもどうも~」
「え? もしかして俺の存在って認識されてない?」
どうして三門が俺と牧のことを「才木君と牧君」でもなく「牧君達」でもなく「才木君達」と呼んだのか、その理由は定かではない。おそらくだが、俺が多少三門に恩を売ったことがあるのが理由の一つかもしれない。
「でさでさ、三人で昆布の話してたの? 私は昆布出汁よりも鰹出汁の方が好きだけど」
「いや、小日向さんに何かあだ名付けたいな~と思って。三門は雪ちゃん呼びか。良いな~」
「雪ちゃんを雪ちゃんって呼んで良いのは私だけだからね」
「んなバカな」
小日向の下の名前からとって雪ちゃん、というのはとても単純な発想だ。まぁ俺のあだ名であるカズと同じ成り立ちだろう。
「じゃあ雪ちゃん以外でってなると……ユッキーとか?」
「ユキポンとかどうかな? 雪ちゃんはなんて呼ばれたい?」
「女王陛下かな」
「野望が隠しきれてないぞ」
「女神になるよりかは現実味あるんじゃないか?」
「女神と同じぐらい現実味ないだろ」
何かしらの分野で卓越した功績を残せば〇〇の女王だったり〇〇の女神って呼ばれることはあるだろうが……いや、現時点で桂岡高校の天使と呼ばれている小日向なら、女王や女神と呼ばれる日も案外近いのかもしれない。
ただ、普段から小日向のことを天使天使と呼ぶのも変な話だし、かといって女王陛下だったり女神なんてぶっ飛んだ呼称をつけるわけにもいかないし、そもそも俺は──なんて俺が考え事をしていると、小日向が俺の方を向いてニヤニヤと笑いながら口を開いた。
「才木君は、私のことをどんな風に呼びたい?」
そして丁度その時、チャイムが教室に鳴り響いた。
牧や三門は慌てて自分の席に戻り、程なくして担任も教室に入ってきて朝のSHRが始まったが……俺は隣の席にいる小日向のことが気になりすぎて正面すら向くことが出来ず、教卓から若干目を逸らして窓の向こうに見える青空を眺めていた。
あぁ、今は絶対に小日向の方を向けない。
小日向の方を見てしまったが最後、また彼女にからかわれるだけだ。あの憎たらしい笑顔を見せられるだけだ。
小日向のことをどんな風に呼びたいかなんて、そんなこと聞かれても……考えるだけで恥ずかしくなってくる。
ただ人の名前を呼ぶだけなのに、どうしてこんなにも難しいのだろう?
だが、その呼び名という一見些細に見えて大きすぎる変化は、間近に迫っていたのだった。




