笑ってはいけない青春24時①
「なぁ、シスター……」
「いかがしましたか?」
「俺に『エッチ』って言ってくれないか?」
「エッチ♡」
「うーん、何か違うなぁ……」
「物凄く不愉快な気分です、今」
俺は今日も教会の懺悔室を訪れ、愉快なシスターと話していた。早速シスターは不機嫌そうだが。
「こういうセリフに殿方はドキドキするのではないですか? 終電逃しちゃった♡」
「その気持ち悪い語気をやめろ。もっと自然体で頼む」
「始発、逃しちゃったね……」
「別に始発ならいいだろうが!」
と、俺はシスターのいつものボケにツッコんで平静を装っていたが……。
『エッチ』
……あの小日向の一言が、未だに俺の頭から離れそうにない。
最近やたらと小日向にからかわれるようになってから俺は彼女にドキドキさせられっぱなしだが、あの破壊力は中々凄まじいものだった……。
やはり、小日向は天使ではなく悪魔だと思う。
「なぁ、シスター。俺、女の子に『エッチ』って言われたんだ」
「下着でも盗んだんですか?」
「それはもうエッチどころじゃないだろ。その……つい視線が女の子の胸にいってしまってな」
「なるほど。神は貴方を赦すでしょう」
「赦すの!?」
今までやたらと厳しかったのに、もしかして神様って男子高校生なのか? 急に親近感湧いてきた。
「やはり才木さんも男の子なのですね。そんなに欲求不満なら、私の胸をとくとご堪能ください」
「いや、見えないんだが」
「ちなみにZカップです」
「それはこの狭い懺悔室に入り切るサイズなのか?」
FとかGは聞いたことあるが、Zってどうなるのだろう? とても人間とは思えない容姿をしていそうなんだが。
「ていうか、聖職者ならそういう欲求は諌めるべきなんじゃないか?」
「いえ、時には発散させないと爆発した時が大変じゃないですか」
「爆発とか言うな」
「ここが非日常的な空間であるからこそ、普段は溜め込んでいる欲求を解放する時なのですよ。あ、もしかして何かおかずとか必要ですか?」
「それはそれとして、また懺悔することがあるのだが」
「逆にさっきのは懺悔ではなかったのですか?」
このシスターは聖職者のくせして低俗な会話が多すぎるように感じる。いや、逆にコイツは本当にシスターなのだろうか? 姿は見えないから確かめようがない。
まぁ向かいの部屋の扉をこじ開けたら、中にいる人間が何者かはわかるだろうが……このシスターとの愉快な関係を続けるためには、今のままが良いような気がしていた。
そして、今日もいつものように俺の懺悔が始まる。
「ウチの学校の日本史の先生がな、結構ご年配なんだけどサーフィンとか山登りが趣味のアウトドアな人なんだ。だからかなり日焼けしてて、そんで歳もいってるから白髪で白い髭も携えてるんだが……メガネをかけてて、服装もいつも白っぽいせいか、見た目がな、完全にカー◯ル・サンダースなんだ。だから生徒達に『色黒のカー◯ル・サンダース』ってあだ名で呼ばれてるんだけど、俺はもうそれがドツボにはまってしまって、授業中に笑ってしまいそうになるんだ。先生はちゃんと真面目に授業してくれているのに、俺はもう笑いを堪えるのに必死で、授業に集中できないんだ……」
色黒のカー◯ル・サンダース。
カー◯ルがテキサスとかフロリダ育ちならこういう感じだったんだろうなぁという風貌の先生が、我が桂岡高校にいる。俺も最初に先生を見た時に何かに似てるなぁとは思っていたが、そのあだ名を知ってからは先生を見る度に笑いを堪えるのに必死なのだ。
「なるほど、そうなのですね。貴方の告白、しかと受け止めました。そんな正直者の貴方にはきっと、神様からのお導きがあることでしょう……」
「どうすれば笑いを堪えられると思う?」
「気になる方は、降車ボタンを押してください」
「どういうシステムなんだよ」
「次、赦しません」
「怖すぎるだろ、そのアナウンス」
今まで変なセールスに誘われそうだったが、なんかシスターにもネタ切れ感が否めない。ていうか、どうしてシスターはこんな必死にボケようとしているのだろうか。
そして、ふざけ倒してばっかりのシスターの口から告げられた宣告は──。
「神は貴方を赦さないでしょう」
もうこのレベルで赦されないなら、俺に平穏な生活は残されていないのではないだろうか?
「今度はどんな裁きなんだ?」
「今後、貴方はインフルエンザにかかりやすくなるでしょう」
「ちゃんと毎年ワクチン打たないとな……」
「代わりに、花粉症にかからなくなります」
「え? それめっちゃ良くね? このままで良いんだけど?」
インフルエンザはワクチンとか治療薬でどうにかなるが、花粉症はもうそのシーズン中ずっと苦しまないといけない。まぁ、インフルも肺炎とか合併症が怖いっちゃ怖いが。
それはそれとして、この問題はちゃんと解決しなければならない。俺の懺悔を聞いたシスターの答えは──。
「色黒のカー◯ル・サンダースに対抗して、才木さんもドナルド・マク◯ナルドのコスプレをしましょう」
「いや意味わからんし、先生はコスプレしてるわけじゃねぇんだよ」
「ではドナルド・ト◯ンプの方が良いですか?」
「それはそれで色々厄介事になりそうだからやめろ」
白塗りの顔に赤いアフロは学校生活において異質過ぎる存在だ。カー◯ルはまだ似ている人が多そうだが、あのピエロの怪物に似ているだなんていう人は殆どいないだろう。
「あるいは、先生がカー◯ル・サンダースだと受け入れてはいかがでしょうか?」
「別に俺は否定しているわけじゃないんだが」
「才木さんも、あの赤い揚げ鶏屋の前に立っているおじさんを見かける度に笑っているわけではないのでしょう? なので、もう先生はカー◯ル・サンダースなのだと思い込むのです」
「あれを赤い揚げ鶏屋って呼ぶ奴がいるか」
確かに俺だって街中に立っているカー◯ルを見て笑っているわけじゃないが、こういうのって身近にいる人間が有名人に似ている、という状況が面白く感じてしまうものだ。大事なのはシチュエーションとストーリー性なのである。
「休み時間に友達との話題でそれを楽しむのは良いかもしれませんが、授業中は授業に集中するべきでしょう。ですが先生の姿を見る度に面白いあだ名を連想してしまい、思い出し笑いをしてしまうかもしれません。なのでいっそのこと、才木さんが新しいオリジナルのあだ名を考案されてはいかがでしょうか?」
「なるほどな……」
確かに、先生を『色黒のカー◯ル・サンダース』だと認識してしまうのが悪いんだ。だから、『弱そうな松崎◯げる』とか、『南国育ちの宮◯駿』みたいなあだ名を付けたら良いのかもしれない。
「ただ、昨今はそういった見た目をいじることはセンシティブな問題だとされているのでお気をつけくださいね。あだ名というのは相手との親睦を深めるための一つの方法かもしれませんが、何事もやりすぎはよくありません。才木さんは私に『イケメン』と呼ばれて嬉しいですか?」
「いやメチャクチャ嬉しいが?」
「残念ながら私には才木さんの姿は見えませんので、あくまでも想像に過ぎませんが……私の想像上の才木さんは、角が生えていないせ◯とくんです」
「せ◯とくんのアイデンティティーを奪うなよ、ただの坊主になっちまう」
俺はこれまでの人生で一度たりともイケメンと言われたことはないが、どうせなら現代のアイドルなイケメンでありたいし、リアコ枠とか言われてみたい。それが褒め言葉なのか何なのかよくわかってないが。
「ちなみに、才木さんは私がどのような容姿をしていると想像されますか?」
「金髪ロングの、欧米系のハーフ美女」
「ふっ、そんなの童貞男子の幻想に過ぎませんよ。私が実はボイチェンしているだけのおじさんという可能性もあるんですからね?」
「俺達の夢を壊さないでくれ。シスターって言ったら大体金髪ロングのおっとりしてそうなお姉さんだろ!」
「流石は童貞さんですね。そんなのエロ漫画世界にしか存在しないんですよ。でも私は才木さんの声が好きなので、ボイスドラマとか収録してほしいですね」
「どこに需要があるんだよ、そんなの」
「ありの行列を微笑ましく眺めている私の横で、ありの巣に水を流し込んで高笑いしている才木さんのASMRボイスがほしいです」
「俺はそんな特殊なシチュエーションをどんな気持ちで収録すれば良いんだよ! 今日はもう帰る! じゃあな!」
「えぇ、お気をつけて」
俺は未だにシスターのことを殆ど知らないが、金髪ロングのハーフ美女というのは冗談だとして……人の悩みをユーモアも交えつつコミカルに解決してくれる、心優しき人間だと信じている。
そんなことを言うとシスターが調子に乗りそうなので、言えないけれども。
それはそれとして、やっぱり金髪ロングの美女であってほしいとは願っている。




