いーけないんだー、いけないんだー①
「今日は、ちゃんとご飯を食べてきましたか?」
「あぁ、勿論だ。ヨーグルトだけだがな」
「それは良いことではないですか。量や質はどうであれ、まずは習慣をつけることも大切なことです。例えば一人暮らしを始める時に自炊しようと意気込んで立派な調理器具を買い揃えても、一度も使わずに埃をかぶってしまうようなこともあるのですから」
「そんな一人暮らしデビューした大学生とか社会人あるあるみたいな話、聞きたくなかった……」
今日は土曜日だが、俺は教会の手入れに訪れてそのまま懺悔室でシスターと話していた。
「ちなみにだが、シスターって料理出来るのか?」
「勿論です。毎日大きなお肉をたくさん焼いていますから」
「結構豪快なんだな」
「やはり一狩り行く前の腹ごしらえは大切ですからね」
「お前はあれを料理とカウントしているのか?」
このシスター、モ◯ハンとかやるタイプなのか? 大剣とかぶん回してそうで怖い。
「まぁそれは半分ぐらい冗談でして」
「逆に半分の真実はどこなんだ?」
「私はこんがり魚派です」
「一狩りしてる方は真実なのかよ」
「私は料理するの好きですよ。今度、才木さんも召し上がってみませんか?」
「え、良いのか?」
「ですが、それを食べると才木さんは現世という楽園から追放されることになってしまいます」
「俺に禁断の果実を食わせる気か!」
こういうふざけている時のシスターの話は、もう九割ぐらい作り話に聞こえてきてしまう。
だが、このおちゃらけたシスターが懺悔室の堅苦しい雰囲気を明るくしてくれているのも事実。おかげで俺も変に緊張せずに懺悔することが出来るのだった。
「まぁそれはそれとして今日の懺悔なんだが、実は俺、結構な罪を犯しているんだ……」
「ま、まさか、私の家から靴下の片方が度々行方不明になるのは貴方の仕業だったのですか……!?」
「それはお前がうっかりしてるだけだろ。いやほら、学校の廊下って走っちゃいけないだろ? 俺が通ってる学校、そういうことに妙に厳しくてな。この間も友達が廊下を走ってるところを先生に見られて、長々と説教食らってたし。だから俺も気をつけて普段は走らないようにしているんだが……やっぱりどうしても急いでる時は、先生の目を盗んで走ってしまうこともあるんだよなぁ」
廊下を走ってはいけない、という基本原則は頭にありながらも、やはり急ぎの用事はある。学校で誰かの手伝いをしている時だって、やはり時間は限られているからどうしても足が勝手に動いてしまうのだ。
先生に見られていなければセーフ、という甘い考えが自分がそうさせているのだが、やはりルールを破っているという事実は気持ちが良いものではない。
と、俺は思っていたのだが。
「あの、才木さん。私、以前から思っていたのですが……」
「どうした?」
「貴方が告白する罪、なんかしょぼくないですか?」
「しょ、しょぼい……?」
まさか懺悔してそんなことを言われるとは思わず、俺は困惑してしまう。
俺がこれまでにシスターに懺悔した内容は、学校の中で隠れて子猫を保護していただとか、授業中につい居眠りしてしまいそうになるだとか、ちゃんとご飯を食べられていないだとか……俺にとっては結構重大な案件なのだが。
「私はもっとこう、親友の彼女を寝取ってしまっただとか、旦那さんやお子さんもいる先生と禁断の恋に落ちてしまっただとか、そういうのを聞くのを楽しみにしていたのですが……」
「俺がそんな破天荒な人生送ってると思ってたのか?」
「ぶっちゃけ、先生の目を盗んで学校の廊下を走っていることをわざわざ懺悔されても、そんなことを懺悔するために起こすんじゃないって神様も怒って貴方に向かって雷撃ちますよ」
「そんなキレるレベル?」
確かに、そんな懺悔のためにわざわざ教会を訪れるという人は多くないかもしれない。俺は元々この教会に用事があるから、そういう気軽な相談もしてしまっているわけで……シスターもとうとううんざりしてしまったのかもしれないと、俺は反省していた。
「なんか……すまない。つまらない懺悔ばっかり聞かせてしまって」
「いえ、つまらないと思っているわけではないですよ。むしろ、そういった小さな罪でさえ深刻に受け止めている才木さんの人格は素晴らしいものだと思います。そんな正直者な貴方にはきっと、神様からのお導きがあることでしょう……」
「まぁ、俺が気をつければいいだけの話だが」
「実はただいまキャンペーンを行っておりまして」
「教会でもそういうのあるの?」
「懺悔をしていただいた方限定で、ウォーターサーバーの設置料金が無料となっております」
「何を血迷ってそんな商売に手を出したんだ」
「月1トンコースからございますが、いかがですか?」
「何? お風呂とか洗濯に使う水も計算されてるのか?」
俺は水道水だろうがミネラルウォーターだろうが気にしない人間だから関係のない話だ。
しかし、きっと資金難であろう教会の起死回生とも言うべきキャンペーンを断ってしまったからか──。
「神は貴方を赦さないでしょう」
やはり神様は俺を赦してくれないようだ。
しかし、教会でウォーターサーバーとか売り始めたら、また宗教改革が起きてしまいそうである。
「今度はどんな裁きを受けるんだ?」
「今後、貴方の家に二日三日に一度の頻度でセールスが訪ねてくるようになります」
「家の前に血だらけのマネキンでも吊るしとけば怖がって近寄ってこないだろ」
「逆に二日三日に一度の頻度で警察が訪ねてくるようになるのでは……?」
「冗談さ。で、どうすれば神様に赦してもらえるんだ?」
まぁ単純に俺が廊下を走らなければいいだけの話ではある。ていうか神様の代わりに先生が俺に罰を与えてくれるような気がするのだが──。
「というわけで、学校の廊下に上手く溶け込むような迷彩制服を開発しましょう」
「ぶっ飛んだ発想だな」
「光学迷彩というのも良いかもしれませんね。それなら授業中に何してもバレませんよ!」
「友達からも存在を忘れられそうなんだが……」
なんか、『廊下を走らないようにするにはどうすればいいのか』じゃなくて、『廊下を走ったことを先生にバレないようにするにはどうすればいいのか』をまず考えるあたり、このシスターは人のこと言えないぐらい色んな罪を抱えていそうだ。
「あるいは、上履きをローラーシューズにするのはどうでしょうか?」
「それはそれで先生ブチギレるだろ」
「ですが、廊下をローラーシューズで走ってはいけないという校則はないですよね?」
「そんな屁理屈が通るなら、廊下を電動キックボードとかで走ってもセーフになっちゃうだろ」
「それに、自家用ヘリを使って登校してはいけないなんていう校則もないでしょうからね」
「漫画とかアニメの世界にいる金持ちの登校方法じゃねぇか」
しかしそんな屁理屈をごねたところで、先生達が新しい校則を作ってしまえばいいだけの話ではある。
『廊下を耕運機で走ってはいけません』とか『廊下でオフィスチェアに乗って暴走してはいけません』みたいな校則がある学校に入学したいとは思わないが。
「コホン、冗談はあれぐらいにして」
「お前の冗談はどこに行ったんだ」
「廊下を走らないようにする、と心がけることも大事かもしれませんが、大事なのは余裕を持つことでしょう。急がねば、という焦りがルールを破ってでも廊下を走りたくなる衝動を生み出してしまうのです。何事にも冷静沈着に対応して余裕を持つ、というのはとても大変なことかもしれませんが、焦りというのはあまり良い結果をもたらしませんからね。人生焦らしプレイが肝心というわけです」
「途中まで良い話だったのに最後で台無しだ」
「しかし、何かと焦りがちな才木さんに余裕を持たせるための特訓として有効なのではないでしょうか?」
「余計なお世話だ。まぁ確かに、時間に追われて焦りがちではあるからな。落ち着いて考えてみるってのも大切かもしれない」
若干の焦りならキビキビと動くための動機になるかもしれないが、やはり焦りすぎると余計に悪い結果を招くことだってあるだろう。急いで片付けようとしたら手元が狂って余計に散らかってしまうことだってあるし、急がば回れという言葉もある。
「才木さんは日頃から世のため人のために頑張っていらっしゃるみたいですが、あまり無理をするのはよくありませんよ。才木さんも時には誰かを頼ってみてはいかがですか?」
「いや、俺はもう十分シスターのことを頼ってるよ。こうして話を聞いてくれてるだけで、俺はとても助かってるんだ」
「……っ!?」
すると、突然向かいの部屋からドタドタッと大きな物音が聞こえてきた。
「し、シスター? どうかしたのか?」
「な、何を言っているのですか貴方は!?」
「え?」
「も、もしかして貴方は私を口説くためにこの教会に通っているのですか!? いけません神の御前でそんなはしたない行為は、こんな密室で行為に及ぶだなんて……!」
「やめろ、今すぐその変な妄想を止めろ」
どうやら俺の素直な感謝を曲解してくれたようだ。
流石に姿も見えない人を口説くのには勇気がいるが、この愉快なシスターは良い人だと俺は信じている。
「今日も話聞いてくれてありがとな、俺は帰るから」
「そ、そんな、私とは所詮体だけの関係ということですか……!?」
「シスターが教会でそんな話をするんじゃない!」
このシスターの暴走っぷりにも神様はそろそろ天罰を下すべきだと思う。




