策士策に溺れまくり【Side:雪歩】
「……これでよしっ、と」
朝、台所でお弁当の具材を詰め終わった私は、我ながら今までで一番の仕上がりとなったお弁当の出来に満足していた。
大した準備も出来なかったし、用意する量もいつもより多いから不安だったけれど、これならきっと才木君も満足してくれるはず。
いつもより早起きしちゃったからか、とめどない欠伸に悩まされながらも、才木君はどんな反応をしてくれるだろうと、私は少し心を踊らせながらお弁当を包んでいた──。
「……あっ」
ダイニングテーブルの上に並べられたお弁当の包みを見て、私はふと、ある疑問が頭に思い浮かんだ。
「これ、どうやって才木君に渡そう……?」
いつも頑張っている才木君のために栄養たっぷりのお弁当を朝の分、お昼の分まで用意してしまったけれど、私はこれをどうやって才木君に渡せば良いのだろう?
いや、どういう理由で渡せば良いのだろう?
まずは朝。
多分、才木君は朝食に大したものを食べていない。精々ヨーグルトとかバナナとか最低限のもの。でもそれだけじゃ午前中を乗り切るだけの活力にはならないだろうし、誰かのためにいつも身を粉にして頑張っている才木君なら尚更だ。
だから私は朝の分としてサンドイッチを用意したけれど、私はどういう風にこれを才木君に渡せば良いのだろう……?
「才木君のために作ってきたの。良かったら食べて」
違う。
才木君からすればまだそんなに深い関係にあるわけでもない女子からいきなりお弁当を渡されても驚く、というより最早怖がられるかもしれない。
「べ、別に才木君のために作ってきたわけじゃないんだからね!」
これも違う。
私が才木君に頼まれたわけでもないのに勝手にお弁当作ってきてそんなセリフを吐いても、それはツンデレではないと思う。
完全に失敗だった。才木君のためにお弁当を作りたいという目的が先行し過ぎて、私はその後のことを全然考えていなかった。
「サンドイッチをあげるから、私と一緒に鬼退治に……これも違う。お弁当に毒を仕込んで、毒弁当を才木君に渡して……って、七人の小人と王子様がいないと成り立たないか。凍えるような寒さの中、サンドイッチを売っているサンドイッチ売りの女の子から……あ、これならありかも」
人助けが趣味の才木君なら、多分困惑しつつもサンドイッチ売りの女の子に同情してくれるだろうし、朝の才木君はまだ脳がちゃんと働いていないだろうから、そんな細かいことまで考えられないはず。
これは中々の名案だと自画自賛しながら、いつもより少し重い鞄を持って私は軽い足取りで家を出た。
そして見上げると、そこには青い屋根の教会が朝日に照らされていた。
「……行ってくるね」
才木君の驚いた顔を見るのが楽しみだね。
◇◇◇
「どういうことかしら、雪歩」
お昼休み。私は中庭で、友達のメグ──北岡芽実達と仲良くお昼ご飯をと思っていたけれど、何故か機嫌が悪そうな彼女からいきなり圧をかけられたのだった。
「何のこと?」
「だって、雪歩ったらカズ君にお弁当作ってあげてたんでしょ? もしかしてもう付き合い始めたの?」
「ううん。並行世界の私から送られてきたの」
「だとしたら平行世界の雪歩はお昼ご飯無くなってるけど大丈夫……?」
頑張って、平行世界の私。きっとさらに他の並行世界の私からお弁当を分けてもらっているはず。
とまぁ、才木君があんな場所で牧君とイチャイチャしていたから他の人達には見られずに済んだけれど、メグ達には事情を説明しちゃったから、バレちゃったわけで。
メグは何かと答えをはぐらかす私を見て少し呆れるように溜息をついていたけれど、メグとは反対側に座る海夏はニヤニヤしながら口を開く。
「本当かな~。実は才木君のために作ってあげたんじゃなくて?」
「ううん。本当は竜宮城で貰ってきたの」
「じゃあ、ワンチャン才木君が鶴になってたかもしれないってこと!?」
「海夏。違うのが混じってるわよ」
メグと海夏は何かとそういう話に繋げたいみたいだけど、残念ながら私にはそういうつもりはない。ないと言ったらない。
あの人は優しい人だとは思うけれど、他人から優しくされるのは好きじゃなさそうだから。
「才木君ってさ、最近なんだかやつれてる感じがしない?」
「そうかしら。昔からあんな感じよ、あの男は」
「おっ、出た。メグっちゃんの幼馴染マウント。才木君ってそんな不健康そうだっけ? あ、でも確かに最近ずっと眠たそうにしてるかも」
「でしょ。才木君って皆のために頑張りすぎだから、ご褒美をあげようと思って」
才木君は何かの能力が際立ってずば抜けているイメージはないけど、何かとそれなりにそつなくこなす努力家というイメージはある。
それに、常日頃から率先して誰かの手伝いをしたり人助けをしている彼の姿を、私を含めた皆が知っているはずだ。
「じゃあ、雪ちゃんも才木君に何か助けてもらったことあるの?」
「うん。砂浜で悪い子どもにいじめられていたところを助けてもらったの」
「乙姫様じゃなくて亀の方なの?」
「あ、それで竜宮城の話に繋がるわけね」
「メグっちゃんはどうして納得しちゃったの?」
勿論、砂浜で悪い子どもにいじめられていたという話は冗談。
でも、この学校の生徒、いや先生も含めて、才木君に助けられたことがないという人は存在しないと思う。
「メグや海夏も才木君に何か助けてもらったことあるでしょ? 二人も才木君に何かお礼してあげたら?」
「あー、確かに私も日直の仕事を手伝ってもらったり、失くしたキーホルダーを一緒に探してもらったりしたなぁ。この間は可愛い猫ちゃんも分けてもらったし。才木君と付き合いの長いメグっちゃんならもっと多そうだけど」
「高校受験の時に階段でこけて足を挫いた私を、お姫様抱っこで会場まで運んでくれたこととか……」
「え? メグっちゃんが白馬の王子様を夢見ちゃう系女子になったのって、才木君が原因なの?」
「あと、小学生の時にシロツメクサの花冠を上手く作れなくて泣いている私に花冠を作ってくれたり……」
その後も、メグの口からは才木君の人助けエピソードがたくさん吐き出された。
聞けば聞くほど、才木君の人助け癖って昔からあんな感じなんだなっていう不気味さ……いや、献身さに感心すると同時に……。
「そんな勝ち確っぽいエピソードがたくさんあるのに、どうしてメグっちゃんは才木君と付き合ってないの?」
海夏と同じように、私の頭にもそんな疑問が思い浮かんでいた。
メグはあまり男友達は多くないけれど、才木君と仲よさげに話している姿を、私は一年の頃から見ていた。
すると、メグはウンザリした様子で冷笑するように言う。
「違うわよ、二人とも。カズ君にとって、それは何一つ特別なことではないのよ。あの男はね、誰にだって平気でそういうことをするような奴なんだから」
……じゃあ、もしも私がシロツメクサの花冠を上手く作れなくて泣いていたら、才木君は私に花冠をプレゼントしてくれるのかな。
本当にプレゼントしてきそうだね、あの人なら。一切特別な感情も無しに、ただ誰かが困っているという理由だけで助けてくれそう。
でもメグが言うように、それは才木君にとっては全然特別なことではないのかもしれない。
むしろ、それが当たり前なのだろう。あの人にとって。
でも、私達にとっては特別に思えるようなことを当たり前のようにやってのける才木君は凄いし……最早異常だ。
一体、何がそこまでして才木君を突き動かすのだろう?
「メグ、海夏。つまりね、私が才木君にお弁当を作ってあげたのもそういうことなの。才木君が特別ってわけじゃないから」
「じゃあ雪ちゃんは、私がお願いしたらお弁当作ってくれるの?」
「うん。グリーンピース大盛りにしてあげる」
「うげぇー、想像するだけでも吐きそう」
もしも才木君が私と同じ立場になったら、きっと私と同じような行動をとるに違いない。
その行動をとろうと思った動機は、違うかもしれないけれど。
◇◇◇
明くる日のこと。
才木君は土日だろうが祝日だろうが関係なく、教会へとやって来る。敷地内の掃除や花壇の手入れだけでなく、どこで入手したのかもわからない資材を運んできては、大工道具を用意して老朽化した教会を少しずつ補修していたりもする。
きっと、才木君はここに私がいるだなんて想像もしないだろう。私は部屋のカーテンの隙間から、教会の敷地内の草むしりをしている才木君の姿を眺めがら、考える。
一体、何が才木君をそうさせるのだろう。
才木君の過去のどんな経験が、あんなにも献身的過ぎる人格を作り上げてしまったのだろう。
「……さて、そろそろ行かないと」
教会の外で後片付けを始めた才木君の姿を見て、私は自分の部屋を後にする。
そして才木君に見られないように裏口から教会の中に入って、懺悔室の中でスタンバイ。
やがて外から足音が聞こえてくると、向かいの部屋の扉が開く音がした。
「よぉ、今日もやってるか?」
と、才木君は学校ではあまり見せない、おちゃらけた様子で言う。
私は少し喉のチューニングをしてから、返事をした。
「何にいたしましょうか」
「じゃあ、シスターのおすすめを」
「では神の天罰欲張りセットで」
「前から思ってたんだが、お前にとって神様ってスタンドみたいな扱いなのか?」
こういう風に才木君と話して何度目かになるのに、彼は全然気づいてくれそうにない。
この懺悔室の、この小さな窓越しに相対するシスターが私であることに。
「才木さんは、今日も懺悔したいことがおありなのですか?」
「あぁ、そうだな」
「そうなのですね。私はそろそろ貴方を警察署へと連れて行かなければならないのかもしれません……」
「それはもう罪の告白っていうか自白だろ」
才木君は私がここにいるだなんて思っていないだろうし、私も声を変えているし、何より相手の顔が見えないから尚更気づきにくいだろう。
一体、才木君はいつ気づいてくれるのだろう?
でも、気づかれると私と才木君の関係は変わってしまうだろう。
学校での才木君は、私に対していつもどこか一歩引いていて、真面目で、少し緊張しているように見える。きっと私の天使たる神々しさに怯えているんだろうね。
でも、この薄い壁と小さな小窓を隔てたシスターの私には、こんな風に楽しそうにおちゃらけて、心を許して、くだらない冗談を言ってくれる。
それが少しだけ悔しくて、でも才木君の素顔を独占できているような気がして、それが……どうして、こんなにも楽しく思えるのだろう?
まだ、バレたくない。
私はもっと、才木君のことを知りたい。
学校では見せてくれない、小日向雪歩としての私には見せてくれない、本当の才木君のことをもっと知りたい。
だから私は、今日もシスターになりきるんだ。
「では、才木さん。今日も、貴方のお話を聞かせてください」




