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包囲にも、利用価値がございます

閻婆惜でございます。

本日は、包囲について確認いたします。

普通に考えれば、家を囲まれるのは危険でございます。

ですが、逃亡に見えるよりは、連れ去られた形の方が都合のよい場合もございます。

近所の目。

役所への説明。

宋江様の御家族。

そして、私自身の立場。

今回は、すべてまとめて外形を整えます。

なお、本当に乱暴にされるのは困りますので、縄は形だけでお願いいたします。

晁蓋様への返答を保留にしてから、さらに二日が過ぎた。

家は、また静かになった。

静かとは、安全の別名ではない。

ただ、火種が音を立てていないだけである。

宋江様は、その静けさの中で落ち着かなかった。

戸口を見る。

外の足音を聞く。

筆を持っては置く。

茶を飲んでは、何も言わずに椀を置く。

顔が忙しい。

本当に忙しい。

「宋江様」

「うむ」

「また、返事を待っている顔です」

「まだ何も言っておらぬ」

「顔が先に言っています」

「……そうか」

「はい」

宋江様は、少しだけ肩を落とした。

最近、この方は反論する前に諦めるようになってきた。

よい傾向である。

ただし、諦めた顔も外では危ない。

私は机の上の紙を見た。

お気持ちは、条件ではない。

温かい返事ほど、細部を確認する。

書いた時は正しいと思った。

今も正しいと思っている。

だが、正しい紙があるからといって、相手がその通りに動くとは限らない。

確認事項を伝えた。

条件も伝えた。

返事も保留にした。

それでも、相手が納得するとは限らない。

むしろ、情の厚い方ほど直接来る。

嫌な予感がした。

「婆惜」

「はい」

「晁蓋殿は、怒っているだろうか」

「怒っているかもしれません」

宋江様の顔が曇った。

「ですが、怒っているかどうかより、どう来るかの方が重要です」

「どう来るか」

「はい。文で来るのか、使者で来るのか、御本人が来るのか」

「晁蓋殿が、直々に?」

「可能性はあります」

「それは……」

宋江様の顔が少し明るくなりかけた。

私は見た。

「その顔です」

「まだ何も」

「友が来てくれると思って嬉しくなった顔です」

「婆惜」

「はい」

「そなたは、顔に厳しすぎる」

「宋江様の顔が情報量を持ちすぎております」

宋江様は言葉を失った。

その時だった。

外の空気が変わった。

足音が一つではない。

二つでもない。

人の気配が重なる。

馬の嘶き。

革の擦れる音。

金属が小さく触れる音。

私は、机の上の紙を伏せた。

宋江様も気づいたらしい。

戸口を見る顔が、先ほどとは違った。

「宋江様」

「うむ」

「顔の件は後にします」

「今はよいのか」

「人数の方が問題です」

宋江様の表情が引き締まった。

外で声がした。

「宋押司はおいでか」

低く、よく通る声だった。

人を率いる声である。

宋江様が息をのむ。

「晁蓋殿……」

来た。

本人が来た。

しかも、兵を連れて……

家の前を押さえられている。

道の向こうにも人影がある。

逃げ道を塞ぐように、男たちが立っている。

近所の戸が、細く開く音もした。

包囲されている。

私は、短く息を吸った。

これは使える。

宋江様が自分の意思で逃げたとは言いにくくなる。

私が自ら梁山泊側へ向かったとも言いにくくなる。

宋大公様や宋清様が、前から知っていたとも言いにくくなる。

晁蓋様が兵を率いて来た。

宋江様を押し切った。

私は妻としてその場にいて、巻き込まれた。

そう見える――

都合が良い。

あまりにも都合が良い。

問題は、その都合の良さが、ほとんど誘拐に近い形をしていることだった。

「婆惜?」

宋江様が私を見た。

「どうした」

「考えています」

「何を」

「後日の説明可能性です」

「何だ、それは」

今は説明している余裕がない。

戸が開かれる前に、私は姿勢を整えた。

病み上がりの妻。

家の中の者。

自分から動かない者。

だが、流されるだけの者でもない。

宋江様が戸を開けた。

そこに立っていたのは、晁蓋様だった。

堂々とした体つき。

人を疑わず、まっすぐ見る目。

豪快という言葉が似合う。

後ろには数名の男たち。

さらに道の向こうにも人影がある。

多い。

明らかに多い。

晁蓋様は宋江様を見るなり、顔を明るくした。

「宋江!」

宋江様も顔を揺らした。

完全に友の顔である。

私は見た。

だが、今は書かない。

晁蓋様は一歩前へ出た。

「文では足りぬと思い、来た。心配するな。お前も奥方も、我らが守る。すぐに身を移せ」

温かい。

強い。

ありがたい。

そして、使える。

私は、宋江様が答える前に口を開いた。

「晁蓋様」

晁蓋様の視線がこちらへ向いた。

「お初にお目にかかります。閻婆惜でございます」

「奥方か」

「はい」

晁蓋様は少し驚いた顔をした。

たぶん、私が先に話すとは思っていなかったのだろう。

「宋江の奥方なら、心配は要らぬ。我らが必ず守る」

「ありがとうございます」

私は頭を下げた。

「そのお気持ちは、ありがたく存じます」

晁蓋様が頷く。

私は続けた。

「ですが、兵を伴って役人の家へお越しになるのは、ご訪問には見えにくうございます」

空気が止まった。

宋江様も止まった。

晁蓋殿も止まった。

後ろの男たちも顔を見合わせた。

晁蓋様が眉を寄せる。

「兵ではない。仲間だ」

「外からは人数で見られます」

「宋江を守るためだ」

「外からは、連れ去りにも見えます」

晁蓋様は黙った。

宋江様も黙った。

よろしい。

黙るべきところで黙っている。

私は続けた。

「宋江様が御自身の意思で家を出れば、逃亡に見えます」

宋江様の顔が少し動いた。

「ですが、家を囲まれた上で出て行けば、連行に見えます」

晁蓋様の目が細くなった。

「それは、わしが宋江をさらうということか」

「そう見える可能性がある、ということです」

「そのようなつもりはない」

「存じております」

私はすぐに言った。

「ですが、外形はお気持ちを待ってくれません」

晁蓋様は言葉を止めた。

宋江様が、低い声で言う。

「婆惜……」

「はい」

「そなたは、何を考えておる」

私は少しだけ考えた。

ここで言うべきか。

黙るべきか。

だが、黙っていると、また宋江様が情で動く。

それは危険だ。

「宋江様、今ここで自発的に出て行けば、逃亡でございます」

宋江様は黙った。

「ですが、晁蓋様に押し切られた形なら、後で説明の余地が残ります」

晁蓋様が目を見開いた。

「説明の余地?」

「はい、宋江様が晁蓋様と通じて逃げたのではなく、晁蓋様に誘拐された形にできます」

私は宋江様を見る。

「宋江様だけではありません。宋大公様や宋清様も、前から知っていたと疑われにくくなります」

宋江様の顔が変わった。

そこは刺さったらしい。

「父上と宋清を……」

「守るためにも、逃亡ではなく、誘拐に近い形が必要です」

晁蓋様が完全に黙った。

私は続けた。

「私も同じです。自分の足でついて行けば、共犯です。ですが、妻としてその場にいて巻き込まれた形なら、まだ説明できます」

宋江様が絶句した。

晁蓋様も絶句した。

後ろの男たちも、完全に黙った。

「もちろん、本当に連れ去られるのは困ります」

「当たり前だ」

晁蓋様が思わず言った。

「はい、ですので、形だけで結構です」

「形だけ?」

「はい」

私は静かに言った。

「私たちに縄をかけてください」

宋江様が固まった。

晁蓋様も固まった。

近所の戸が、さらに少し動いた音がした。

見られている。

ならば、なおさら形が要る。

「婆惜」

宋江様の声がかすれた。

「そなた、自分から縄を受けるのか」

「はい」

「なぜだ」

「逃亡者の妻より、連れ去られた妻の方がまだましです」

宋江様は何も言えなくなった。

晁蓋様が低い声で言う。

「奥方、それは、わしに宋江をさらえと言うのか」

「本当にさらわれるのは困ります」

「では」

「さらわれたように見える同行には、利用価値がございます」

晁蓋様は、しばらく私を見ていた。

怒っているようにも見える。

呆れているようにも見える。

だが、すぐに怒鳴る人ではなかった。

「宋江」

晁蓋様は、宋江様を見た。

「お前の奥方は、ずいぶんと物を見る」

宋江様は、困ったように私を見た。

「最近は、わしより先に気づく」

「それは大事にせねばならぬな」

「はい」

宋江様は、素直に頷いた。

私は少しだけ驚いた。

今、宋江様は私の言葉を認めた。

庇ったのではない。

認めた。

晁蓋様は腕を組んで、考え込んでいる様子だった。

「ならば、奥方、どうすればよい」

私はすぐには答えない。

連れて行かれた形にするなら、強すぎても弱すぎてもいけない。

本当に乱暴に扱われては困る。

だが、外からは抗えなかったように見える必要がある。

面倒である。

非常に面倒である。

「人数は、そのままで結構です」

晁蓋様が目を瞬かせた。

「そのまま?」

「はい」

「包囲に見えるぞ」

「見えた方がよろしゅうございます」

晁蓋様は、完全に黙った。

宋江様もこちらを見た。

「なぜだ」

「逃亡に見えないからです」

私は、外の気配を意識しながら言った。

「近所の方々には、包囲された家から宋江様と私が連れて行かれたように見えます。それが必要です」

晁蓋様は道の方を見ると、近所の戸が慌てて閉まりかける音がした。

これは使える。

「近所の目も使うのか」

晁蓋様が言った。

「今回は、証人として利用します」

「奥方……」

「噂は止められません。でしたら、噂の形を整えます」

宋江様は、深く息を吐いた。

「婆惜、そなたは本当に……」

「悪女ではありません」

「まだ何も言っておらぬ」

「先に否定しておきます」

晁蓋様が少しだけ口元を動かした。

笑いかけたのだろう。

宋江様が小さく言う。

「今は外です」

晁蓋様は、妙な顔で宋江様を見た。

「宋江、お前も大変だな」

「はい」

そこは即答しないでいただきたい。

私は続けた。

「次に、縄はきつくしないでください」

宋江様が私を見た。

晁蓋様も私を見た。

「形だけです。手首に跡が残るほどは困ります」

「奥方」

晁蓋様の声が小さく、不安げになった。

「そなた、本当にそこまでするのか」

「宋江様の逃げ道と、宋大公様、宋清様の安全と、私の外聞を考えるなら、この方がましです」

「まし」

「はい、最善ではありません」

私は言った。

「ですが、今この場に最善はございません」

宋江様は黙った。

その沈黙は、今日の中で一番重かった。

晁蓋様は、後ろの男に短く指示した。

男が、細い縄を持ってくる。

近所の戸が、また小さく鳴った。

聞いている。

見ている。

よろしい。

よーく見ていてください。

私は立ち上がろうとして、少しふらついた。

病み上がりの体は、こういう時に正直である。

宋江様が手を伸ばしかけた。

「触らないでください」

私は小さく言った。

「今は、宋江様が私を連れて行く形に見えます」

宋江様の手が止まった。

「婆惜……」

「大丈夫です」

大丈夫ではない。

だが、今はそう言うしかない。

晁蓋様が、縄を持った男を止めた。

「奥方には、わしがかける」

その声は、静かだった。

乱暴ではない。

少なくとも、私を粗略にするつもりはない声だった。

「お願いいたします」

私は両手を前に出した。

宋江様が息をのむ。

縄が手首にかかる。

ゆるい。

本当に形だけだった。

よろしい。

かなりよろしい。

次に、宋江様にも縄がかけられた。

宋江様は、妙な顔をしていた。

情けないような、納得したような、どこか悔しいような顔である。

顔が忙しい。

今は書けないのが惜しい。

晁蓋様は申し訳無さそうに、宋江様を見る。

「宋江、すまぬ」

宋江様は、縄を見下ろしてから答えた。

「いや、これで父上と宋清に疑いが及びにくくなるなら」

そこで言葉を止めた。

私を見た。

「婆惜にも」

私は目を伏せた。

今は外である。

余計な顔を見せてはいけない。

晁蓋様は大きく息を吐いた。

「奥方、これでよいのか」

「はい」

「では、連れて行く」

「一つだけ」

晁蓋様の眉がピクリと動く。

「まだあるのか」

「ございます」

私は小さな声で、晁蓋様にお願いした。

「歩く速度は、病人に合わせてください」

晁蓋様が固まった。

宋江様が、縄を受けた両手で口元を押さえた。

外である。

不可である。

晁蓋様は、やがて小さく笑った。

「承知した」

それから晁蓋様は、外へ向かって声を張る。

「宋押司は、我らが預かる。奥方も共に連れて行く。邪魔立ては無用」

言い方は少し強い。

だが、悪くない。

近所に聞こえる。

聞こえた方がいい。

宋江様が自分から逃げたのではない。

私も自分からついて行ったのではない。

晁蓋様が預かる。

そういう外形が残る。

私たちは家を出た。

縄はゆるい。

だが、遠目には分からない。

近所の戸の隙間。

路地の陰。

誰かの息をのむ気配。

見ている。

よろしい。

しっかりと、目に焼き付けてください。

私は、心の中で何度も確認した。

逃亡ではない。

同行ではない。

連行に見える。

巻き込まれた形に見える。

かなり危ない。

だが、今はそれが一番ましだった。

しばらく進んだところで、宋江様が小さく言った。

「婆惜」

「はい」

「そなたは、本当に強いな」

「強くありません」

「そうか」

「強いのではなく、逃げ道を残しているだけです」

宋江様は黙った。

晁蓋様も、少しだけこちらを見た。

私は前を向いた。

悪女になる暇がない。

今度は、夫婦そろって縄を受ける段取りまで整えることになった。

水滸伝の世界では、逃げるより、連れ去られた形の方が生き残れる場合がある。

問題は、それを自分で提案している時点で、かなり危ない女に見えることだった。

本件、閻婆惜よりご報告いたします。

本日の確認事項は、以下の通りでございます。

包囲は、必ずしも不利とは限らない。

逃亡に見えるより、連行に見える方がよい場合もある。

近所の目は、今回は証人として扱う。

縄は、形だけにする。

以上でございます。

晁蓋様のお迎えは、たいへんありがたいものでした。

ですが、宋江様、宋大公様、宋清様、そして私の立場を守るには、外からどう見えるかが大事でございます。

なお、本当に誘拐されるのは困ります。

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