第7章 第七話:家に着くまでが遠足です(第7章最終話)
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遊園地のゲートをくぐり、博康たちとの待ち合わせ場所である駐車場へ向かおうとしたその時だった。
一日中、沙織に「隣」を専有され、溜まりに溜まっていた杏奈の我慢が、ついに決壊した。
「ヒロ!」
杏奈は弾かれたように浩紀の腕に飛びつくと、その腕を両手でぎゅっと抱きしめた。
まるで、一日分の「浩紀成分」をこの瞬間にすべて補充しようとするかのような勢いだ。
「もう遊園地を出たんだから、いいわよね?」
噛みつきそうな視線を沙織に向ける杏奈。
沙織は肩をすくめ、少しだけ残念そうに、けれど清々しい顔で笑った。
「どうせなら、家に着くまで浩紀を貸してくれたっていいのに」
「私の我慢の限界だから、もうダメ! 今からは私の時間なの!」
子供のように言い張る杏奈。
そんな彼女たちのやり取りを、後ろから歩いてきた香澄が、目を細めて見つめていた。
「ふふ、相変わらず浩紀君のことが大好きね、杏奈」
香澄にからかわれ、浩紀は照れくさそうに頬をかく。
だが、今の杏奈に照れや迷いはなかった。
彼女は浩紀の腕にいっそう力を込めると、宣言するように胸を張った。
「そうよ。私はヒロのことが大好きなんだから。誰にもあげないんだから!」
そう言って胸を張る杏奈の襟元から、あの「月のネックレス」がこぼれ落ち、街灯の光を反射してキラリと輝いた。
さらに、浩紀の腕を抱きしめる彼女の左手薬指には、聖夜に贈られた銀の指輪がはめられていた。
博康たちと合流して車に乗り込んだ一行。
当然のように浩紀の隣に座る杏奈であった。
その時、ネックレスと指輪、その二つの「愛の証」が重なり合い、澄んだ音が車内に響いた。
それは、あのおぞましい音楽室で葛谷が嘲笑った「安っぽい絆」という言葉を、物理的に、そして永遠に打ち砕く「確かな絆」の象徴だった。
(葛谷君につけられた傷も、沙織へのヤキモチも……全部、この光で塗りつぶしちゃうんだから)
杏奈は、ネックレスを指先で愛おしそうに弾くと、浩紀の腕にさらに深く顔を埋めた。
「……そうね。昔は浩紀君に対してあんなにツンデレだったのに。今はもう、完全に『デレ』だけになっちゃったわね」
香澄が楽しそうに笑うと、沙織も「本当ね、見てるこっちが恥ずかしくなるわ」と同意する。
「な、なんだよ『デレだけ』って……」
浩紀が赤面しながら呟くと、さらに博康がバックミラー越しに追い打ちをかけるように笑った。
「浩紀は昔、我慢ばっかしてたけどな。今は浩紀も『デレ』だけだな」
兄からのからかい。
だが、バックミラー越しに目が合った博康に対し、浩紀はその視線を逸らさなかった。
「昔も我慢なんかしてなかったし。……それに兄さん。俺、決めたよ。兄さんが望んでくれた『その先』に、俺は兄さんも連れて行く。もらうだけなんて俺は嫌だから」
博康がハンドルを握る手を一瞬強め、目を見開く。
香澄が隣で息を呑むのがわかった。
「浩紀……お前……」
「アンを笑顔にするのは俺の役目。……そして、兄さんを笑顔にするのは、弟である俺の願望なんだ」
恥ずかしそうに、けれどはっきりと言い放った浩紀。
その瞳には、かつて兄の背中を追うだけだった「弟」の面影はなく、一人の男としての強い覚悟が宿っていた。
博康は一瞬呆気にとられた後、これまでで一番誇らしげに、短く「……そうか」とだけ返した。
博康の運転する車が、オレンジ色の街灯に照らされた夜道を走り出す。
車内には遊び疲れた太田の寝息と、杏奈の満足げな吐息、そして最高に幸せな温度が満ちていた。
だが、最後部座席の暗闇で、薫だけは一度も目を閉じなかった。
彼女は、自分の肩に残る浩紀の重みをなぞりながら、窓に映る幸せそうな姉の笑顔を、冷徹な狩人の目で見つめている。
(お姉ちゃん。指輪も、ネックレスも、上書きされた記憶も……全部まとめて、私が『現実』で塗りつぶしてあげるから。……楽しみにしててね、浩紀さん)
幸せな残照に包まれた車内。
しかし、そのすぐそばで、さらに深く、暗い「狂愛」の火が静かに燃え上がっていた。
車は街路灯の明かりの下を自分たちの町へと快調に進んで行くのであった。
第7章第7話をお読みいただきありがとうございます。
この話をもって第7章が終わりとなります。
最後の薫のつぶやきが次章以降でどのように表れてくるのか……。
お楽しみに!
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明日も夜19時15分に1話投稿いたします。明日からは第8章になりますのでお楽しみに。




