第8章 第一話:新たな誘惑、帰るべき場所
この話は記念すべき第100話目になりました。いつも読んでくださっている皆様に大いなる感謝を!
お昼休み、杏奈は浩紀のいるA組の教室にいた。
杏奈は浩紀と昼食を一緒に食べるために、最近は毎日浩紀のクラスへやって来ている。
遊園地でのあの日以来、杏奈の纏う雰囲気は穏やかで、それでいて芯の強さも秘めていた。
それは、昼休みの教室で薫が「勉強を教えてもらう」という建前で、浩紀に誘惑を仕掛けてきた時も、少しも揺らぐことはなかった。
「浩紀さん、数学を教えてほしいんです。放課後、私の教室まで来てくれませんか? 二人きりで。」
A組の入り口で、薫がわざと周囲に聞こえるような甘い声で浩紀にねだる。
クラスメイトたちが「お、またか?」と色めき立ち、浩紀が「あ、ああ。いいけど……」と困ったように頬をかく。
普通なら、ここで杏奈が割って入るか、あるいは不安そうな顔をする場面だ。
しかし、浩紀の隣の席で昼食の準備をしていた杏奈は、微笑みながら二人のやり取りを見守っていた。
「浩紀さん、放課後ですよ。……待っていますからね?」
薫が勝ち誇ったような視線を杏奈に投げ、三階の教室へと戻っていく。
入れ違いに沙織が「ちょっと杏奈、あんなの放っておいていいの?」と心配そうに駆け寄ってきた。
「いいのよ、沙織。ヒロ、少し勉強を教えるだけでしょ」
「あ、うん。……アン、嫌じゃなかったか?」
浩紀が恐る恐る尋ねると、杏奈はくすくすと楽しそうに笑って、浩紀のネクタイを少しだけ整えてあげた。
「全然。だって、ヒロが私を置いてあの子を選ぶなんて、これっぽっちも思ってないもん」
その瞳には、一抹の不安も曇りもなかった。
「ヒロが私にくれた言葉、忘れてないから。ヒロの幸せは私を笑顔にすることでしょ? だったら、私が今こうして笑ってるのが、ヒロにとっての一番なんだもんね」
「……アン」
浩紀は、杏奈が自分を信頼し、そしてそれ以上に深く愛されていることを気付かされ、自然と笑みがこぼれた。
「それにね、ヒロ」
杏奈は浩紀の耳元で、少しだけ小悪魔っぽく囁いた。
「あの子に勉強を教えた後、ちゃんと私のところに帰ってきて、私のことも笑顔にしてね?……待ってるから」
その「信頼」という名の重みは、どんな誘惑よりも重く、そして浩紀を強く縛り付けた。
浩紀は深く頷き、「ああ、約束する」と力強く答える。
その様子をすぐそばで見守っていた沙織は、呆れたように肩をすくめた。
「……最強ね。これじゃ、薫がどんなに足掻いても付け入る隙なんてないじゃない」
一方、三階の階段で足を止めていた薫は、余裕を見せる杏奈の態度から伝わってくる二人の「揺るぎない信頼」を肌で感じ、小さく唇を噛んだ。
「……お姉様。ただ信じるだけが愛だと思ったら、大間違いですよ」
杏奈の信頼と、薫の執着。 平穏に見える日常の裏で、二人の少女の「浩紀を想う意志」が静かに、けれど激しく火花を散らし始めていた。
第8章第1話をお読みいただきありがとうございます。
ここから第8章のスタートです。
この章での主役は何といっても薫です。
これからどのような攻め方をしてくるのかをご覧ください。
この物語を応援して下さる方はぜひブックマーク&評価☆をよろしくお願いします。
明日も19時15分ごろに投稿しますのでよろしくお願いします。




