九話:二階の独白、揺れる天秤
二階の自室に逃げ込んだ杏奈は、重い木の扉を閉めるなり、ベッドに倒れ込んだ。
高原の風がカーテンを揺らしているが、今の彼女にその涼やかさを感じる余裕はない。
(……なによ、もう! みんなして、わざとやってるの!?)
まず、怒りの矛先は浩紀に向かった。
いつもなら、どんな時でも真っ先に自分を誘うはずの浩紀。
それなのに今日は、自分を一瞥しただけで、あんな「新参者」の畑中さんや、調子に乗っている妹の薫と一緒にさっさと出かけてしまった。
(ヒロもヒロよ! 私が博康お兄ちゃんを見てたからって、声くらいかけなさいよね。あんなデレデレ鼻の下伸ばしちゃって……最低!)
八つ当たりだと分かっていても、独り言が止まらない。
だが、怒りの裏側に、じりじりと嫌な予感が混じり始める。
(……それにしても、畑中さん。あんなに堂々とヒロを誘うなんて、やっぱりヒロのことが好きなのかな。それに、薫まで……。あの子、最近やけに「浩紀兄ちゃん」って懐いてるけど、まさか……)
二人とも、浩紀の「幼馴染の親友」という自分の特別な座を、虎視眈々と狙っているように見えて仕方がない。
自分にとっては当たり前すぎて意識もしなかった浩紀の隣が、実は他人から見れば魅力的な「特等席」だったのではないか。
そんな不安が胸をよぎる。
(……ダメダメ。何考えてるの、私)
杏奈は首を大きく振って、思考を振り払った。 視線を窓の外に向ければ、階下の庭で博康と香澄が楽しげに談笑しているのが見える。
(私が好きなのは、博康お兄ちゃんなんだから。……お姉ちゃんとあんなに仲良さそうにしてるの、正直面白くないけど。でも、あそこに入っていくためには、もっと大人にならなきゃいけない)
姉の香澄は、博康と対等に話せる。
自分にはまだ足りない「大人の余裕」がある。
目指すべきはあの「洗練された関係」であり、浩紀との子供っぽい小競り合いに固執している場合ではないのだ。
だって、自分を救ってくれた「王子様」は博康なのだから――そう自分に言い聞かせた。
(そうよ。ヒロが誰とどこへ行こうが、私は気にしない。私は私の恋を頑張るだけ。……そう決めたんだから)
自分を納得させるように、杏奈は強く拳を握りしめた。
しかし、決意とは裏腹に、胸の奥には依然として「もやもや」とした霧が立ち込めている。
それは、夕暮れ時の軽井沢に広がる深い霧のように、じわじわと彼女の心を侵食していた。
一度も、本当に一度もこちらを振り返らずに森へ消えていった浩紀の背中。
その拒絶にも似た静かな後ろ姿が、まるで「もう、お前のことは見ないよ」と告げているような気がして、杏奈は冷房の効いた部屋で、不意に激しい寒気を感じていた。
第9話を読んでいただき、ありがとうございます!
今回は全編「杏奈の心の独白」でした。
失いかけて初めて気づく、ヒロという「特等席」の価値。
杏奈の考えはこのまま変わるのか、それとも博康お兄ちゃんを追い求め続けるのか……!?
どちらに行くにせよ、後悔だけはしないでほしいですね。頑張れ、杏奈!
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