第6章 第七話:取り戻した純愛と新たな罠
6月15日から急遽、この話とは雰囲気の違う「食いしん坊たちの御朱印集め紀行」という小説を投稿し始めました。基本的なコンセプトは旅先での御朱印集めとグルメや観光とほんのちょっとの恋愛要素を楽しむ話です。シリアスな話に疲れたときにでも、是非読んでみてください。
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放課後の生徒会室。
浩紀は一人、掲示板の貼り替えで滞っていた書類の整理をしながら、ある人物が来るのを待っていた。
沙織の激しい喝を受け、自分の本当の気持ちに気づいた今、彼の中にあった氷のような壁は、静かな期待へと変わっていた。
扉が開き、入ってきたのは杏奈だった。
「……アン。来てくれたんだね……」
「私、どうしてもヒロに話したいことがあったから」
顔を上げた浩紀は、思わず息を呑んだ。 そこにいたのは、昨夜まで葛谷の甘い毒に当てられ、泣きじゃくっていた弱々しい少女ではない。
沙織の覚悟を受け取り、瞳に強い意志を宿した「女子テニス部主将」としての、芯の強さを感じさせる杏奈だった。
「……聞かせてくれるかい」
「うん。昨日のこと、葛谷君に相談したのは本当。でも、ヒロが嫌がることをした私が一番悪かった。本当にごめんなさい」
杏奈は深く頭を下げた。だが、すぐに顔を上げ、浩紀の目を真っ直ぐに見据える。
「でも、これだけは信じて。私の心にいるのは、昔も今も、これからもヒロだけ。葛谷君の腕の中にいたのは私の油断。でも、心まで預けたことは一度だってないわ」
浩紀はペンを握る手に力を込めた。信じたい。
でも、あの抱擁の残像がまだ胸を微かに抉る。
「……俺は、アンを信じていいの?……」
「ヒロ、思い出して。中学生の時、ヒロが私と一緒に初めてテニスラケットを握ってくれた日のこと。私が博康さんに憧れてテニスを始めようか悩んでいた時だって背中を押してくれた。そして、ヒロは博康さんと周りから比較されるのをわかったうえで、私の傍にいて支えてくれることを選んでくれた。そして私もそんな優しいヒロが傍にいることが当たり前だったの。私の中にはいつも隣で寄り添ってくれるヒロがいるの。それに気が付くのは遅くなっちゃっったけど、今は私の心を独占しているのがヒロだってわかるから……」
浩紀の脳裏に、夕暮れのコートで泥だらけになりながら笑い合った記憶が蘇る。
『アンがやるなら、俺もやるよ。アンは結構抜けてるから、俺が近くで支えてあげないとね』 ……あの日だけじゃない。杏奈と出会った瞬間から自分の一切は彼女のためにあった。
「……お前、本当に馬鹿だよ。あんな奴に利用されて……」
浩紀の声が、わずかに震える。怒りが消えたわけではない。
ただ、目の前の杏奈の真っ直ぐな瞳が、葛谷の作り物のような笑顔とは正反対の「本物」であることを、彼の魂が深く理解していた。
「……もう、二度とあいつと会わないって約束できるか」
「約束する。……もう、ヒロを泣かせたりしない」
浩紀は椅子から立ち上がり、ゆっくりと杏奈に歩み寄った。
そして、折れそうなほど強く、彼女を抱きしめた。
「……怖かったんだ。お前が、俺の手の届かないところに行っちゃうのが」
「ごめんね、ヒロ。大好きよ……」
二人は静かに唇を重ね、和解の口づけを交わした。
二人の引き裂かれた想いは、夕暮れの静寂の中で、ようやく一つに重なり溶けあい、再び純愛として開花した。
ーーー
その様子を、生徒会室の入り口の隙間から見ている人影があった。葛谷直樹だ。
彼の顔からあの爽やかな仮面が完全に剥がれ落ちていた。
「……へぇ。杏奈ちゃん、意外と根性あるじゃん。沙織とかいう女の差し金か?」
計画は失敗した。
浩紀の絶望も、杏奈の孤立も、あと一歩のところで逃した。
だが、葛谷の歪んだ独占欲は、ここで引き下がることを許さなかった。
「……なら、力技でいくしかないよね。杏奈ちゃん、君に最高の『音楽』を奏でさせてあげるよ」
葛谷は不敵な笑みを浮かべていた。
ーーー
翌日の放課後。仲直りした浩紀と杏奈は、久しぶりに一緒に帰る約束をしていた。
だが、教室を出ようとする浩紀の元に、杏奈から慌てた様子でメッセージが届く。
『ヒロ、ごめん! 葛谷君に「最後に一つだけ、杏奈ちゃんに良くしてもらったお礼に音楽室で渡したいものがある。それを渡したら浩紀君に疑われないように、無駄にかかわらないようにする」って言われて……。昨日のお礼もあるし、けじめをつけてくる。できるだけ早く行くから下駄箱で待ってて!』
浩紀の背中に、嫌な汗が流れる。
『アン、一人で大丈夫か? よかったら一緒に行くよ』
『大丈夫だから心配しないで、10分後ぐらいに下駄箱でね』
不安を感じつつも杏奈の言葉を信じ、いつもの待ち合わせ場所である下駄箱へと向かった。
一方、人気のない音楽室の扉を、杏奈は静かに開ける。
そこには、ピアノの前に座り、不敵な笑みを浮かべる葛谷が待っていた。
「来てくれたんだね、杏奈ちゃん。色々良くしてもらったお礼に、最後に君に、とっておきの曲を聴かせてあげようと思って」
そういうと葛谷は扉の前に立つ杏奈をエスコートするかのように近づき、静かに扉の鍵をかけた。
小さくカチリ、という冷たい音がかすかに響いた。人の善意を疑わない杏奈はそのことに全く気が付いていなかった。用意された椅子に腰を掛けた杏奈は何も疑っていなかった。その小さな音は、まさに不吉なことが呼び起こす前触れであったのに……。
第6章第7話をお読みいただきありがとうございます。
この話をかけてやっとほっとできました。やっぱりこの二人には仲良しでいてほしいですからね。
葛谷は次に何を仕掛けてくるのか。
葛谷に杏奈が呼び出されたけど一人でいかせていいのか、浩紀……。
何が起こるのかは、次話をお待ちください。
「杏奈、葛谷の言葉を信じないで!」「浩紀今すぐに後追うんだ!」と思った方、この先の話を早く読みたいという方はぜひブックマークと評価☆で応援してください。皆様の応援が、音楽室に閉じ込められた杏奈を救う力になります。
毎日19時に1話ずつ投稿してまいりますのでよろしくお願いします。




