第6章 第4話:疑惑の休日
「浩紀、しっかりしなさい! 生徒会長がそんな腑抜けた顔をしてどうするのよ」
日曜日。生徒会の用事で学校へ来ていた浩紀を帰り道で呼び止めたのは、同じ生徒会役員の畑中沙織だった。
彼女は浩紀のあまりのやつれ方に驚きつつも、彼を励ますためにあえて厳しく声をかける。
浩紀はベンチに座り、絞り出すように昨日の出来事を話し始めた。
杏奈が内緒で葛谷と会っていたこと、そしてあの親密な抱擁を目撃してしまったこと。
「……なるほどね。でも浩紀、杏奈が理由もなくそんなことすると思う? あの子は人を疑うことを知らないから、うまく丸め込まれてるだけじゃないの?」
「でも、あんなに……あんなに長く、あいつの胸に……」
「杏奈はまじめで優しいだけよ。……いい? 私は貴方のことが好き。でも、親友の杏奈を出し抜いて横取りするような真似は絶対にしない。だからこそ言うわ。ちゃんと自分の口で、杏奈と向き合って確かめなさい」
沙織の言葉は、弱った浩紀の心を律する「騎士」のそれだった。彼女は浩紀を一人にできず、友人として付き添い、街へと連れ出した。
その頃、自宅で落ち込んでいた杏奈の元に、葛谷から一通のメッセージが届いていた。
『昨日はありがとね。僕の案内につき合わせたせいで、疲れてなきゃいいんだけど』
メッセージを見た瞬間、杏奈の瞳から再び涙が溢れた。
昨夜、ヒロに「大嫌い」と言って飛び出してしまった後悔が波のように押し寄せる。
葛谷から「既読になってるのに返事がないけど何かあった? 何か嫌われるようなことしたかな?」と追い打ちのように届いた言葉に、アンは耐えきれず、つい返信してしまった。
『……実は、ヒロと喧嘩しちゃったの。私のせいで……』
内容を簡単に伝える杏奈。
葛谷からの返信は早かった。
『そうだったんだ。……それ、僕にも責任があるよね。もし良かったら少し会わない? 浩紀君と仲直りするための相談にも乗るよ。昨日話してたパン屋の新作も今日までだし、少し外の空気を吸ったほうがいい』
「……申し訳ないけど相談、乗ってくれるかな」
自分一人ではどうしていいか分からない。浩紀と同じ男子である葛谷なら、浩紀の気持ちもよくわかっていい助言をくれるかもしれない。
杏奈の切実な思いが、彼女を家から連れ出させた。
「ほら、まずは深呼吸。杏奈に会ったら、逃げずに話し合うのよ」
沙織に背中を押されながら広場を歩いていた浩紀は、次の瞬間、心臓を直接握り潰されたような衝撃に襲われた。
ベンチに並んで座る、杏奈と葛谷。
「一口食べてみて。甘いもの食べれば、少しは前向きになれるよ」
葛谷が杏奈に優しく語りかけ、ちぎったパンを彼女の口元へ差し出している。
杏奈は一瞬戸惑ったものの、今は葛谷の優しさに縋るしかないというように、昨日あんなに激しく喧嘩をした直後とは思えないほど穏やかな表情で、それを受け取っていた。
(……嘘だろ。また、あいつと会ってるのか)
昨日、あんなに泣いて飛び出していったのは何だったのか。
仲直りしたいと言いながら、実際にはもう別の男に癒やされている杏奈。
信じたいという想いが、無残に踏みにじられた気がした。
「浩紀、待って!」
走り去ろうとする浩紀の前に、沙織が立ちはだかる。
「……待ちなさい! 杏奈、あの子何やってるのよ……!」
沙織は浩紀の絶望を自分のことのように感じ、激しく憤った。
彼女は今にも崩れ落ちそうな浩紀の肩を、必死に、けれど決して一線を越えない力強さで支え続けた。
その様子を、少し離れた街角から冷ややかに見つめる少女がいた。
河合家の末娘、薫だ。
ポニーテールを揺らし、狩人のような鋭い瞳で、広場に展開される「悲劇」を観察していた。
「はぁ……。お姉ちゃん、本当にダメな人だね。浩紀さんが一番見たくないものを見せるなんて。浩紀さんの恋人失格だよ」
薫は、葛谷に翻弄されるアンと、沙織に介抱される浩紀の両方を、まるでとても冷ややかな視線で観察していた。
「沙織さんは正義感で動いて、お姉ちゃんは無自覚に壊していく……。ねえ、浩紀さん。もう、お姉ちゃんなんて放っておいて、私のところに来てよ」
一学年下の「狩人」は、弱った獲物が自分の元へ落ちてくる瞬間を、静かに待ちわびていた。
第6章第4話をお読みいただきありがとうございます。
今回も葛谷によってどんどんと二人の仲に亀裂が。
二人の関係がどうなってしまうのか……。
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