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『幼馴染の境界線 ―僕の祈りと、君の憧れ―』  作者: サッサン
【第二部】第6章:異物によって試される絆

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第6章 第3話:すれ違う二人



部活がオフとなった土曜日。

浩紀は、昨日テニス部で杏奈と少し気まずいまま別れたことを後悔していた。

「今日、少し会えないかな」 スマホの画面にそう打ち込んでは消し、結局送信ボタンを押すことはできなかった。

杏奈だって用事もあるだろうし、昨日の今日で無理に誘うのは彼女の負担になるかもしれない。


「……博康兄さんに勧められた参考書でも探しに行くか」


浩紀は自分に言い聞かせるように呟き、一人で駅前まで出かけることにした。

その頃、駅の反対側にある並木道には、杏奈の姿があった。


「……あ、葛谷君。お待たせ」


「ううん、僕も今来たところだよ。アンちゃん、その服似合ってるね」


さらりと言われた呼び名に、杏奈の表情がわずかに硬くなる。


「……あの、葛谷君。私のことは『河合さん』か『杏奈』って呼んでくれないかな。『アン』って呼んでいいのは、ヒロ……浩紀だけって決めてるから」


アンの毅然とした拒絶に、葛谷は一瞬だけ驚いたふりをして、すぐに申し訳なさそうな顔を作った。


「あ、ごめん! 浩紀君がそう呼んでるのが聞こえたから、てっきり仲の良い人はそう呼んでるのかと思ったよ……。嫌な思いをさせてごめんね、杏奈ちゃん」


(へぇ……『アン』はあいつだけのもの、か。ますます奪いがいがあるな)


葛谷は心の底で冷笑しながら、杏奈の罪悪感を煽るように殊更しおらしく振る舞った。

杏奈はそんな彼の「演技」に気づかず、逆に少し言い過ぎたかな、と申し訳なさを感じてしまう。


ーーー


その頃、参考書を買い終えた浩紀は、人混みの中でふと足を止めた。

通りの向こう、人気のパン屋の前を歩く後ろ姿。

黒髪ロングのしなやかな髪、162cmの凛とした立ち姿。

見間違うはずがない。

自分の最も大切な女性である杏奈だ。


「アン……?」


声をかけようとして、浩紀の体は凍りついた。

彼女の隣には、葛谷がいたからだ。

二人はパン屋の袋を提げて歩いている。

葛谷が何かを言い、杏奈が困ったように、けれど一生懸命に言葉を返している。

その時、葛谷の視線が、通りを挟んだ向こう側にいる浩紀を捉えた。

葛谷は杏奈には見えない角度で、口角をわずかに吊り上げる。


「あぶないっ!」


葛谷は突然、杏奈に聞こえるぐらいの声を上げると、アンの腕を強く引き、自分の胸元へと抱き寄せた。


「えっ……?」


突然のことに呆然とするアン。

彼女の背中に、葛谷の手が回される。


「ごめん、あそこで人にぶつかりそうになってたから」


葛谷はアンの耳元で囁き、彼女を抱きしめたまま、離そうとしない。

その光景は、遠目に見ていた浩紀には、葛谷がアンを引き寄せ、アンが彼の胸に自ら飛び込んだようにしか見えてしまった。


「……嘘だろ」


浩紀の声は、誰にも届かず消えた。

自分には内緒で他の男と会い、あんなに親密そうに抱きしめ合っている。

クリスマスに誓い合った言葉が、砂のように崩れていく音がした。

浩紀は、それ以上見ていられず、逃げるようにその場を後にした。


夕方、杏奈から「ヒロの家に寄ってもいい?」と連絡が入る。

浩紀は感情を押し殺して、彼女を自室に迎えた。


「これ、お土産! 美味しいって評判のパン屋さんに行ってきたの。ヒロ、甘いもの好きでしょ?」


杏奈は精一杯の笑顔で袋を差し出した。

浩紀を心配させたくなくて、葛谷のことは伏せたまま「お土産」で機嫌を直してもらおうという、彼女なりの不器用な配慮だった。


「……誰と行ったの?」


浩紀の低く冷めた声に、アンの肩がびくりと跳ねる。


「えっ? ああ……えっと、友達と、かな。転校生の葛谷君、まだ街のことよく知らないから、案内してあげてたの。ヒロには後で言おうと思ってて……」


「……後で?」


浩紀は力なく笑った。その瞳には、アンが一度も見たことのない深い絶望が宿っていた。


「俺がさっき、街で二人を見たのも、偶然だと思っていいのか? ……隠して行く必要なんてあったのかよ、アン。あんなに楽しそうに、自分からあいつの胸に飛び込んで……!」


「飛び込んだ……? 違うよ、あれは私が人にぶつかりそうになって、葛谷君が助けてくれただけで……!」


「助けるのにあんなに長く抱き合ってる必要があるのか!? 俺に嘘をついてまで、アイツと過ごす時間を選んだんだろ。……俺じゃ、ダメだったの?」


「嘘なんて……っ! 私はただ、ヒロに余計な心配をさせたくなくて……!」


杏奈の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

良かれと思った「小さな嘘」が、最悪の形でヒロを傷つけたことに気づいたが、もう遅かった。


「ヒロの分からず屋! 大嫌い!!」


杏奈はパンの袋を置いたまま、泣きながら部屋を飛び出していった。

一人残された浩紀は、アンの泣き顔を思い出し、自分の器の小ささに激しい自己嫌悪を募らせる。


泣きながら夜道を走るアン。

その行く手に、静かに人影が立ちふさがる。


「……お姉ちゃん、派手にやったね」


1年生の妹、薫だった。

ポニーテールを揺らし、すべてを見透かしたような冷ややかな瞳で姉を見つめる。


「薫……。ううん、なんでもないの」


「ふーん。お姉ちゃんがお兄ちゃんを悲しませるなら、もういいよね。私が、浩紀さんの心の隙間、埋めてあげても?」


薫の言葉は、慰めではなく宣告だった。

それにたいして何も言えない杏奈であった。

一方、翌朝の日曜日。

昨夜から一睡もできず、重い足取りで学校へ向かった浩紀は、昇降口の近くで畑中沙織と出くわす。


「……浩紀? どうしたの、その顔。ひどいクマよ」

「沙織……。なんでもないよ」

「嘘ね。杏奈のことでしょう?もしかしたらあのくず男が関係してるんじゃないの?」


沙織の鋭い指摘に、浩紀は言葉を失う。

まっすぐに彼を想う沙織の直感が、二人の間に取り返しのつかない亀裂が入ったことを告げていた。


第6章第3話をお読みいただきありがとうございます。


今回、杏奈の気遣いが裏目に出てしまいました。

しかしながら、これは杏奈も浩紀もどちらが一方的に悪いとは言いづらい状況ですよね。

もしあなたが浩紀ならどうしますか?


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毎日19時に1話ずつ投稿してまいりますので、よろしくお願いします。

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