第4章 第十八話:勝敗を分けた応援、裏腹な心【加筆&修正】(26年6月9日)
文化祭の特別企画であるテニス教室。
浩紀と薫はテニス部員として、訪れた一般客や他校の生徒たちに丁寧に指導を行っていた。
しかし、隣のコートで杏奈が博康に寄り添い、楽しげに談笑する姿が視界に入るたび、浩紀の胸の奥が締め付けられた。
(……見ているだけじゃ、心がどうにかなってしまいそうだ)
意を決した浩紀は博康たちの下へ歩き出した。
「兄さん、一本だけ相手してくれないか?」
浩紀は二人の前に立ち、博康に試合を申し込んだ。
驚いた顔をする杏奈。
「えっ、ヒロ? お客さんの相手は?」
「一段落したから大丈夫だよ。……それより、今の自分が兄さんにどこまで通じるか試したいんだ」
「いいよ、浩紀。受けて立とう」
博康は爽やかに笑い、浩紀にジャージを借りて着替えるとコートに入った。
試合は凄まじい熱量を帯びていた。
兄弟ゆえに手の内を知り尽くした者同士、一進一退の攻防が続く。
浩紀の鋭いショットを博康が軽やかに返し、博康の隙のない攻めを浩紀が執念で拾い続ける。
そして、ついに博康がマッチポイントを迎えた。
博康が放った渾身のサーブ。
しかし、浩紀はそれを完璧に読み切っていた。
(ここだ……! これをレシーブエースで返せば、まだ追いつける!)
浩紀が全身のバネを使ってレシーブを叩き込もうとした、その瞬間。
「博康さん、頑張って!!」
コートサイドから、杏奈の澄んだ声が響き渡った。
その声に、浩紀の集中力が一瞬だけ、しかし、致命的に乱れてしまった。
コンマ数秒の遅れ。
ラケットの面がわずかに開き、放たれたボールは運命を分けるようにラインのわずか10cm外側へと弾かれてしまった。
その光景は浩紀の目にはコマ送りの古い映画を見ているかのように映っていた。
「アウト! ゲームセット」
審判の声が響く
「……僕の負けだ」
「いい試合だったよ、浩紀」
弟の成長が見れて嬉しい博康が笑顔でネット越しに手を差し出すと、浩紀は作り笑顔でそれに応じ、無理やり明るい声でこたえた。
「あはは、まだまだ兄さんにはかなわないや。参ったよ」
そう言いながら、浩紀の心は暗い淵へと沈んでいった。
(僕は……やっぱりまだ、兄さんを超えられないんだ。テニスも、アンの心も……)
一方、応援を送った杏奈もまた、複雑な想いに胸を締め付けられていた。
本当は、浩紀が必死に食らいつく姿を見て「負けないで」と叫びたい衝動が何度も喉元までせり上がっていたのだ。
けれど、彼女は自分に言い聞かせるように、博康を応援した。
(私は博康さんが好きなんだから。ヒロを応援しちゃダメ……。これでいいんだよね、ヒロ?)
勝利を祝う歓声の中で、二人の幼馴染の心は、かつてないほど遠く引き裂かれていた。
第4章18話をお読みいただきありがとうございます。
自分のすべてをぶつけた一打が、杏奈さんの声によって狂わされてしまう。
浩紀君にとって、これほど残酷な敗北があるでしょうか。
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「あそこで博康さんを応援しちゃう杏奈、罪深い……!」
「ヒロの心が沈んでいく音が聞こえるようで辛い……」
「この作品をランキングに押し上げてあげたい(作者の願望)」
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次回、第19話。文化祭もいよいよ大詰め。浩紀が新たな伝説を……
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