第4章 第十三話:兄の来訪、背中を押す痛み【加筆&修正】(26年6月9日)
生徒会室へ移動しようと歩き出したその時、浩紀のポケットの中でスマホが震えた。
画面に表示されたのは、待ちわびていた、けれど今の浩紀には少しだけ見たくない名前だった。
一瞬、通話ボタンを押す指が重くなる。
「あ、兄さんだ……。もしもし、兄さん? もう着いたの?」
その場の空気が一変する。杏奈は「博康さん!?」と目を見開き、一気に緊張した面持ちになった。
「……うん。分かった、今からアンに迎えに行ってもらうから。校門のところで待ってて。……じゃあね」
通話を終え、スマホをしまう浩紀。
その瞬間、彼の端正な横顔に、ほんの一瞬だけ、胸を締め付けられるような寂しげな色が浮かんだ。
けれど、彼はすぐにいつもの穏やかな笑顔を作り、杏奈に向き直った。
「アン、今兄さんが門のところに来てるみたいだ。悪いけど、迎えに行ってあげてくれないか?そのまま時間があるなら、校内を案内してあげてよ」
「博康さんがもう来てるの……! す、すぐに用意して向かうわ!」
杏奈の瞳に、パッと輝きが宿る。
先ほどまで浩紀と笑い合っていた表情とはまた違う、憧れの異性を想う「乙女」の顔だった。
駆け出そうとする杏奈。
その瞬間、浩紀は彼女の肩をそっと叩き、杏奈に心の内を悟らせないように幼馴染の仮面をかぶり直し、彼女にだけ聞こえる小さな声で囁いた。
「……文化祭なんて絶好のチャンスなんだから。頑張れよ、アン」
「っ……。……ええ、分かってるわよ!」
浩紀に背中を押され、杏奈は弾かれたように校門へと走っていった。
浩紀は、遠ざかる彼女の奇麗な髪が揺れるのを、ただ静かに見送っていた。
その浩紀の背中はどこか頼もしく、けれど酷く孤独に見えた。
「……お兄ちゃん」
隣にいた薫が、低く、憂いを帯びた声で浩紀を呼ぶ。
沙織もまた、浩紀が自分から杏奈を兄の元へ送り出したことに、複雑な表情を隠せなかった。
「……さあ、行こうか。待機当番の時間だ。……今日は、薫ちゃんが一緒で助かるよ」
浩紀は振り返り、自分に言い聞かせるように笑った。
兄・博康への尊敬と嫉妬、杏奈への複雑な想い。それらを胸の奥に押し込み、彼は自らを「舞台袖」へと追いやった。
しかし、その「空白」を埋める準備をしている者が、すぐ隣にいる。
「……うん、行こう。お兄ちゃん。」
(……私はいつでもそばにいてあげる。そして、お姉ちゃんのこと、これからは忘れさせてあげるからね)
妹のようなふりをする薫は、浩紀の冷たくなった指先に自分の指を絡め、ゆっくりと生徒会室へと歩き出した。
1日目のキスで始まったこの文化祭は、2日目にはいったい何が起こるのか。
交錯する想いは、博康の登場によってさらに加速していく。
第4章第13話をお読みいただきありがとうございます。
ついに「最強のライバル」である兄・博康が登場しました。
浩紀にとって、兄は憧れであると同時に、一番杏奈に近づけたくない存在。
「見たくない名前」という一言に、今の浩紀の本音が詰まっていますね。
自分を追い込んでまで杏奈を送り出した浩紀。
「お兄ちゃん、切なすぎるよ……!」
「薫ちゃん、ここぞとばかりに攻める気満々だ!」
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次回、密室の生徒会室。薫による「消毒」が、浩紀の傷ついた心をどう癒やし(あるいは壊し)ていくのか……お楽しみに!




