第4章 第八話:理性の境界線、メイドの吐息【加筆&修正】(26年6月8日)
あとがきにお知らせがあります。
静まり返った生徒会室に重く響いた。
浩紀は、自分の心臓の音が耳元まで聞こえてくるような錯覚に陥った。
目の前には、普段の明るいクラスメイトとしての顔を脱ぎ捨て、どこか熱を帯びた瞳で自分を見つめる沙織がいた。
「沙織……さっき鍵、閉めたのか?」
「……だって、誰にも邪魔されたくないんだもん」
沙織は浩紀の座る椅子の肘置きに両手を突き、じりじりと距離を詰める。
メイド服の大きく開いた胸元が、浩紀の目の前で大きく上下していた。
浩紀は目を離すことができなかった。
浩紀は椅子に座ったまま、逃げ場を失う。
いつもなら「冗談だろ?」と笑い飛ばせるはずなのに、彼女の瞳に宿る本気が、彼の言葉を喉の奥に縫い付けていた。
「浩紀。……私、選挙の時も文化祭の準備中だって、ずっと見てたよ。お兄さんの背中を追うんじゃなくて、自分の足で立とうとする浩紀の姿。……本当にかっこよかった」
うっとりとした表情の沙織が浩紀の耳元でささやいた。
「それは……みんなの協力があったからだよ」
「そういう謙虚なところも、ずるい。……そんな頑張ってる浩紀には、ご褒美をあげなくっちゃね」
沙織の指先が、浩紀の執事服のネクタイに触れる。
彼女の甘いシャンプーの香りが、密室の熱気に混じって浩紀の理性を削りにかかる。
浩紀の脳裏には、今日、浴衣姿で現れた幼馴染・杏奈の顔が浮かんだ。
けれど、目の前で今にも泣きそうな、それでいて激しい独占欲を瞳に宿した沙織を突き放すことも、彼にはできなかった。
沙織の唇が浩紀の顔に近づき、彼女の吐息が浩紀の唇に届く。
「沙織、俺は……」
浩紀が何かを言いかけた、その瞬間だった。
――ガシャン!
唐突に、背後の扉を外側から開けようとする激しい音がした。
「……っ!」 その音に驚いた沙織は、逃げようとして逆にバランスを崩し、浩紀の上に倒れ込んだ。浩紀は咄嗟に彼女を支えようと腕を伸ばすが、その行動があだとなった。そして二人は神のいたずらか、伸ばした腕が沙織を抱きとめ、お互いの唇を深く重ね合わせてしまう。
浩紀の視界が、沙織の柔らかな髪と、白く透き通るような肌で埋め尽くされる。
そして――。
「んっ……」
柔らかな、けれど弾力のある感触が、浩紀の唇に触れていた。
時間にすれば、ほんの5秒程度。
けれど、二人にとっては永遠にも感じられる沈黙が、鍵のかかった聖域を支配した。
扉をガチャガチャと鳴らしていた人物は、施錠されているのを不審に思ったのか、あるいは諦めたのか、すでに去ってしまったようだ。
「……あ」
先に我に返ったのは沙織だった。
彼女は弾かれたように浩紀の体から離れ、顔を真っ赤にして口元を抑える。
浩紀もまた、唇に残る微かな熱と感触に、思考が完全に停止していた。
「…………」
「…………」
「ごめ……ごめんなさい、浩紀……! 今のは、事故で……そう、事故なんだから……ノーカンよ!」
「そ、そうだよな。事故なんだしノーカンだよな」
必死に自分に言い聞かせるように、二人は何度も頷き合った。
だが、重なった唇の確かな熱と感触が、否定しようのない事実としてそこに残っており、部屋の空気が元に戻ることはなかった。
浩紀の唇は、意識とは裏腹に、しっかりと沙織の柔らかな唇の感触を覚えてしまっており、心臓が大きな音で脈を打ち、その音が沙織に聞こえてしまうのではと心配になるほどであった。
文化祭の喧騒が、遠くで鳴り響いている。
この「事故」という名の免罪符が、のちに最悪の爆弾となって炸裂することを、今の二人はまだ知らない。
第4章第8話をお読みいただきありがとうございます。
運命のいたずらか、事故が二人の唇を引き寄せあってしまいました。
これは二人とも気まずいでしょうね。でも同時に甘酸っぱいものを感じちゃいますね(笑)
それにしても、ノーカンってちょっと無理がありそうですよね(-_-;)
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