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『幼馴染の境界線 ―僕の祈りと、君の憧れ―』  作者: サッサン
第4章:繚乱!文化祭と恋の火花

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第4章 第三話:名前の境界線と、崩れる聖域【加筆&修正】(6月3日)

放課後の喧騒が残る廊下。

浩紀は隣を歩く沙織に、少し戸惑いながら、けれど覚悟を決めて声をかけた。


「……沙織。次の議題、資料はこれで全部かな?」


「うん。完璧だよ、浩紀。……ふふ、やっぱり呼び捨ての方が、仕事の連携もスムーズにいく気がしない?」


沙織は満足げに微笑んだ。

彼女が副会長を引き受ける際に出した、たった一つの、けれど最も重い交換条件。

それが、『お互いを名前で呼び捨てにすること』だった。

浩紀にとって、それは単なる「業務上の距離感の短縮」に過ぎなかった。

だが、沙織にとっては、幼馴染という高い壁に穿った最初の一撃だった。


「浩紀さん、沙織さん。お疲れ様です」


背後から涼やかな声が響く。振り返ると、一学年下の薫が真っ直ぐな瞳で立っていた。


「薫ちゃん、どうしたんだい? 急に二年生の教室に来て」


浩紀がいつものように「ちゃん」付けで呼んだ瞬間、薫の表情が微かに強張った。


「二人と一緒に生徒会室へ行こうと思って。……それよりも浩紀さん。沙織さんが副会長の条件で『名前呼び』になったこと、私も知っています。……だったら、私のことも『薫』って、呼び捨てにしてください」


「え? ……でも、薫ちゃんは……」


「薫です。……『妹だから』ですか?」


薫は一歩、浩紀との距離を詰める。


「沙織さんが名前呼びで、お姉ちゃんにいたっては特別な名前呼び。私だけ『ちゃん』付けなのは、なんだか私だけが仲間外れにされているみたいで……。一人の女性として、凄く寂しいです」


潤んだ瞳。けれど、その奥には決して引かないという意志が宿っていた。


「……分かったよ。これからは、薫……って呼ぶよ」


「はい。……嬉しいです、浩紀さん」


薫は満足げに微笑み、浩紀の左隣を確保した。

右に沙織、左に薫。二人の少女の間で、浩紀は少し照れくさそうに歩き出した。


ーーー


「…………なによ、それ」


角を曲がろうとした三人の前に、部活へ向かう途中の杏奈が立ち尽くしていた。 彼女の耳には、今のやり取りがすべて筒抜けだった。


「ヒロ……。あんた、沙織だけじゃなくて、薫まで呼び捨てにするようになったの?」


「あ、アン……。その方がいいかと思ったんだけど、変だったかな?」


浩紀は不思議そうに首を傾げた。 浩紀の中では、明確な区別があった。

「沙織」や「薫」は、あくまで名前だ。

けれど、杏奈のことは幼い頃から「アン」という特別な愛称で呼んでいる。

自分を「ヒロ」と呼ぶのも彼女だけだ。

自分たちだけの『愛称』がある以上、他の誰を呼び捨てにしようが、二人の絆が揺らぐはずがない――。 そんな無自覚な自負が、浩紀にはあった。

しかし、杏奈にとって、それは「裏切り」以外の何物でもなかった。


「……信じられない」


杏奈の声が震える。

自分だけが持っていたはずの、浩紀との一番の「繋がり」。

呼び捨てという聖域が安売りされ、別の女たちに踏み荒らされていく。


「生徒会の仕事に必要だから? 寂しいから? ……そんな理由で、あんたは私との大切な関係性を、そんなに簡単に誰にでも許しちゃうわけ!?」


「アン、待ってくれ! 違うんだ!」


「何が違うのよ! バカ!!」


杏奈はラケットバッグを抱え直すと、二人を突き放すようにして走り去った。杏奈の胸でいつも光り輝いていたペンダントも今は光を失っているように見えた。 残された浩紀は、


「アン……」


と呟いたまま、困惑して立ち尽くす。


「……浩紀、行こう? みんな待ってるよ」


「そうですよ、浩紀さん。お姉ちゃんは、あとで私から言っておきますから」


沙織と薫は顔を見合わせ、そして同時に、逃げ去る杏奈の背中へ冷ややかな視線を向けた。


(これは浩紀さんを幼馴染に無理やりとどめておこうとしたお姉ちゃんのある意味自業自得ですよ。誰だってご褒美がもらえなかったら他に目移りしてしまうんですよ)


一方、校庭へ続く階段を駆け下りながら、杏奈は溢れそうになる涙を必死に堪えていた。


(……あんなの、ずるいわよ。名前を呼ぶのがそんなに簡単なら、私の想いはなんなのよ……っ!)


彼女の中で、激しい独占欲の炎が燃え上がる。


(テニスなら、私の独壇場……。同じテニス部の薫はともかく、沙織だけでも排除して、ヒロの『隣』を取り戻してみせるわ!)


文化祭二日目、午後のコート。 そこを自分たちの再契約の場にすると、杏奈は胸の三日月に心を重ねながら深く誓った。


第4章 第3話をお読みいただきありがとうございます。


今回は「名前」を巡る、痛烈な境界線のお話でした。

浩紀にとっては「アン」という呼び名こそが特別の証でしたが、杏奈にとっては、その周りの境界線を守ることこそが自分たちの聖域を守ることだったようです。


いつも光り輝いていたはずの胸のペンダントが、光を失っているように見えた瞬間。

そこから彼女が誓った「再契約」は、文化祭のコートでどのような嵐を巻き起こすのか。

加速する四人の想いの行方を、ぜひ見守ってください。


少しでも「杏奈の切なさが刺さった」「三つ巴の展開が面白い!」と思ってくださった方は、【ブックマーク】や【評価(下の☆☆☆☆☆をポチッとな!)】で応援いただけると、執筆の大きな力になります!


毎日19時ごろ更新予定です。次回もお楽しみに。

※明日も午前中に1話、19時に1話投稿する予定です。

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