第3章 第七話:研ぎ澄まされた仮面
決戦の日は、明日に迫っていた。
朝、校門の前。タスキを肩にかけた浩紀は、登校してくる生徒たち一人ひとりの目を真っ直ぐに見つめ、声を張り上げていた。
「おはようございます! 桐谷浩紀です! 明日の投票、よろしくお願いします!」
その声には、迷いがなかった。
昨夜、彼は決めたのだ。杏奈への想いも、兄さんへの劣等感も、今はすべて心の奥底に封印すると。
今はただ、自分を信じて推薦人になってくれた杏奈の期待に応えること。それだけに全神経を注ぐ。
余計な雑念を捨て去った浩紀の表情からは、これまでの「無理に作ったような笑顔」が消えていた。
代わりに宿っていたのは、静かな覚悟と、鋭いまでの凛々しさだった。
ーーー
■ 溢れる期待
「浩紀君、頑張って! 絶対入れるからね!」
「昨日の放送演説、すごく良かったよ。桐谷なら安心して任せられるって皆言ってるぜ」
かつて「博康の弟」として見られていた視線が、確実に「桐谷浩紀」という個人への期待に変わっていた。
女子生徒たちだけでなく、男子生徒からも次々と拳を突き出され、浩紀はその一つ一つに力強く応えていく。
「ありがとう。……任せてくれ。必ず期待に応えるよ」
その短く、熱を帯びた言葉に、声をかけた女子たちが頬を赤らめて去っていく。
今の浩紀には、本人も無自覚なほどの「王者の風格」が漂い始めていた。
ーーー
■ 惹かれる心、募る熱
その様子を、少し離れた場所で見守っていた沙織と薫は、同時に息を呑んでいた。
「……あんな顔、するんだ。桐谷君」
沙織は、配っていたビラを握る手に思わず力が入った。
クラスメイトとして見てきた彼は、いつも穏やかで、どこか一歩引いているような印象だった。
けれど、今の彼は違う。自分の弱さを力ずくでねじ伏せ、前だけを見据えているその横顔に、沙織の心臓は激しく波打った。
(……ダメだ。あんなの見せられたら、もっと好きになっちゃうじゃない……)
一方、校門の柱の影から見つめていた薫もまた、微かに唇を震わせていた。
「……お兄ちゃん」
誰にも、たとえ杏奈にさえも甘えることを許さず、独りで戦うことを選んだ孤高の姿。
ボロボロになりながらも、それを鋼の意志で隠して立つ浩紀の姿。
その危ういまでの気高さが、薫の独占欲と愛情をこれ以上ないほどに煽っていた。
「素敵です……本当に。他の人たちは、お兄ちゃんが前向きになったと勘違いしている。でも私にはわかる……あれは自分を殺している顔だって。やっぱり、お兄ちゃんの隣には、私がいなければならない……」
ーーー
■ 杏奈の「安堵」と「恐怖」
「……いいわよ、ヒロ! その調子!」
隣で声を張り上げる杏奈もまた、浩紀の変化を歓迎していた。
浩紀が「一瞬だけ冷静な目」で彼女を見ると、すぐにまた目の前に視線を戻す 。
彼が迷いを捨てて集中してくれている。
それは彼女にとって、自分の「罪」を突きつけられずに済む、最高の猶予期間だった。
けれど、同時に杏奈は、今の浩紀が自分を「見ていない」ことにも気づいていた。
彼は杏奈の望む「理想の候補者」として完璧に振る舞っている。
しかし、その視線の先にあるのは杏奈ではなく、ただ「勝利」という目標だけだ。
(これでいいのよ。これで、全部うまくいくんだから……)
杏奈は自分に言い聞かせる。 けれど、研ぎ澄まされた浩紀の横顔を見るたびに、彼女の胸の奥では、言い知れぬ不安が黒い霧のように広がっていた。
選挙という舞台の幕が、最高潮の熱を孕んで上がろうとしていた。
第3章 第7話わお読みいただきありがとうございます。
今回は選挙直前の浩紀たちを描きました。浩紀は全ての感情を封印し、ただ勝利を目指す決意をします。
そんな浩紀を取り巻く3人の受け取り方も様々。皆さんは、3人の中で誰に一番共感したでしょうか?よかったら感想欄に書いてみてください。
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