第3章 第三話:逃避の結論
特訓を終え、浩紀を玄関で見送った後。
杏奈は自室のベッドに倒れ込み、天井を見つめていた。
静まり返った部屋の中で、さっき浩紀に詰め寄った時の自分の鼓動が、まだ耳の奥でうるさく鳴っている。
「……何よ、『私だけの特別な』なんて。あんなの、ただの勢いじゃない」
口に出してみるが、言葉は虚しく空気に消えた。
浩紀が博康と比較され、誰かに低く見積もられるのが耐えられない。
それは本当の気持ちだ。
けれど、その「特別」が何を指すのか、杏奈は深入りすることを本能的に拒絶していた。
ーーー
■ 額縁の中の「憧れ」
杏奈は起き上がり、デスクに飾ってある一枚の写真に目を向けた。
数年前、生徒会長として壇上で演説する博康の姿だ。
「私の好きな人は、博康さん……。眩しくて、完璧で、誰もが憧れるあの人」
何度も自分に言い聞かせるように、その名前を呟く。
博康を想っている間は、心が穏やかでいられた。
それは完成された絵画を愛でるような、清らかな「憧れ」だったからだ。
しかし、浩紀は違う。 浩紀を想うとき、胸の奥がザワザワとかき乱され、独占欲や焦燥感、そして……言いようのない「痛み」が込み上げてくる。
ーーー
■ 認めたくない「罪」
(もし、私がヒロを……あいつを、男として意識してるなんてことになったら……)
ふと、これまでの自分の態度が脳裏をよぎった。
浩紀が自分を好きなことには、ずっと前から薄々気づいていた。
それなのに、博康に少しでも近づくために、浩紀を一歩引かせ、作り笑顔で自分の背中を押させてきた。
自分の恋を成就させるための「協力者」として、彼を都合よく利用してきたのだ。
(……そんなの、認められるわけないじゃない)
もし浩紀を「好き」だと認めてしまえば、これまでの自分の行いは「好きな人の真心を、自分の身勝手な憧れのために踏みにじってきた、最低な仕打ち」になってしまう。
そんな残酷な事実に、杏奈のプライドは耐えられなかった。
自分が「ひどい女」であることを認めるくらいなら、この胸の痛みは「弟のような幼馴染を心配する情」であり、自分の恋心は「完璧な博康さん」にあるのだと、自分自身を騙し通すほうがずっと楽だった。
「そうよ。私は博康さんの背中を追うヒロを応援してるだけ。……あいつは、ただの大切な幼馴染なんだから」
ーーー
■ 決意の仮面
杏奈は鏡に向かい、パンと自分の両頬を叩いた。 映し出された自分の顔は、どこか悲しげで、必死に何かを誤魔化そうとしているように見えたが、彼女はそれを強引に「凛とした推薦人の顔」へと作り変えた。
「明日も特訓よ。絶対に勝たせて、博康さんに報告するんだから……」
自分への「お決めつけ」を完了し、杏奈は電気を消した。
けれど、暗闇の中で握りしめた布団の感触が、新幹線で浩紀の腕を掴んだ時のあの「熱」を思い出させ、彼女は夜が更けるまでその熱を振り払うことができなかった。
一方、隣の部屋で。
薫は薄い壁越しに、姉の心の揺れを、冷めた紅茶のような冷徹さで見透かしていた。
「……お姉ちゃんは本当に、臆病ですね」
薫はもらったマグカップの縁をなぞりながら、独り言をこぼす。
「認めたくないなら、そのままでいいですよ。あなたが逃げ続けている間に、お兄ちゃんの『隣』を、私が完璧に塗り替えてあげますから」
選挙戦という名の、歪な四角関係。
杏奈の「嘘」が、事態をより一層複雑な方向へと押し流そうとしていた。
第3章 第3話をお読みいただきありがとうございます。
今回は杏奈の独白に焦点を当てました。認めたくない事実から目をそらす杏奈とその隙をついてこようとする薫が対照的でしたね。
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【19時】に張り切って投稿していきます。完結まで書き終えておりますので、最後までお付き合いのほどよろしくお願いします!




