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『幼馴染の境界線 ―僕の祈りと、君の憧れ―』  作者: サッサン
第2章:波乱の修学旅行編
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第2章 第十四話:河合家の検問と、お土産の儀


浩紀が杏奈を送り届け、河合家の玄関をくぐった瞬間。

そこには、パジャマ姿で腕を組み、冷ややかな視線を送る三女・薫が仁王立ちしていた。


「……随分と遅いお帰りですね、お姉ちゃん。それに、お兄ちゃんも」


「ただいま、薫。……別に遅くないわよ、駅から歩いてきたんだから」


杏奈が少し気まずそうに目をそらす中、浩紀は「番人」の機嫌を直すべく、手に持っていた紙袋を差し出した。


「ほら、薫ちゃん。これ、薫ちゃんへのお土産。自由行動の時に選んだんだ」


■ 大阪が詰まったマグカップ

薫が袋から取り出したのは、通天閣やたこ焼き、ジンベエザメなどが賑やかに描き込まれた、いかにも「大阪!」というデザインのマグカップだった。


「……大阪、ですね。これでもかってくらい名物が詰まってます」


「だろ? 薫ちゃん、こういう賑やかなの好きかなって思ってさ」


薫はマグカップの取っ手を指でなぞりながら、ふっと表情を緩めた。

お兄ちゃんが、騒がしい自由行動の最中にも、わざわざ自分のことを考えてこれを選んでくれた。

その事実は、彼女の心を溶かすには十分すぎる猛毒だった。


「……まぁ、悪くありません。明日からこれでココアを飲みます」


そんな薫の様子を見て、浩紀はふと懐かしさが込み上げ、何気なく口にした。


「……そういえば、久しぶりに薫ちゃんの淹れてくれたココアが飲みたいかも」


「えっ……」


薫の動きが止まる。

「……全く、仕方ないお兄ちゃんですね。修学旅行で疲れているみたいですし、今回だけ特別ですよ?」


薫は素っ気ない口調を装いながらも、その足取りはどこか弾んでいた。

キッチンへ向かう背中からは、隠しきれない喜びが漏れ出している。


■ 秘密のスパイス

キッチンに立った薫は、早速もらったばかりのマグカップを洗うと、手際よくココアを作り始めた。

ミルクを温める優しい香りが広がる中、彼女はリビングで杏奈と話している浩紀の声を耳で追いかける。

(お兄ちゃん、私のココアのこと、覚えててくれたんだ……)

薫は、まだ熱を帯びているマグカップを両手で包み込んだ。

そして、浩紀に手渡す直前、彼女は周囲を一度だけ素早く確認し、誰も見ていないことを確かめると、浩紀が口をつけるであろうカップの縁に、自分の唇をそっと、深く押し当てた。


「……ん」


それは、誰にも知られてはいけない、彼女だけの「誓い」のような接吻。

ほんの少しだけ熱をカップに残し、薫は平静を装ってリビングへと戻った。


「はい、どうぞ。熱いので気をつけてくださいね」


「サンキュ。……お、やっぱり薫ちゃんの淹れるココアは一番だな」


何も知らずに、薫が唇を寄せたその場所からココアをすする浩紀。

それを見つめる薫の瞳には、夜の闇よりも深い独占欲と、蕩けるような愉悦が混じり合っていた。


「……ふふっ」


思わずこぼれた、甘く粘り気のある吐息。

しかし、その様子を横でじっと眺めていた杏奈が、心底怪訝そうな声を上げた。


「……ちょっと、薫。あんた、さっきからすごい顔してるわよ?」


「えっ……」


薫は弾かれたように我に返った。


「な、何のことでしょうか。私はただ、お兄ちゃんが美味しいと言ってくれたのが嬉しかっただけで……」

「そうかしら? なんかこう……獲物を仕留めた肉食獣みたいな、嫌なニヤけ方してたわよ。気味が悪いわね」

杏奈はそう毒づきながらも、どこか本能的な危機感を覚えたのか、浩紀と薫の間に割って入るように座り直した。

「ほら、ヒロ。そんなにゆっくり飲んでたら冷めるわよ。飲み終わったらさっさと自分の家に帰りなさい」


■ 終わらない夜の余韻


「わかったわかった。……じゃあ薫ちゃん、ごちそうさま。マグカップ、大事に使ってくれよな」


「……はい。おやすみなさい、お兄ちゃん」


浩紀が立ち上がり、玄関へと向かう。

それを見送る薫の表情は、すでにいつもの冷徹な「三女」に戻っていたが、その手の中にある空のマグカップだけは、まだ彼女の体温以上に熱を持っていた。


「(お姉ちゃんも、意外と鋭いですね……。でも、もう遅いですよ)」


薫は、浩紀が去った玄関のドアを見つめながら、手に持ったカップを引き寄せた。

月明かりが、カップの縁に残された微かな水分を銀色に照らしている。

そこを、慈しむように舌でなぞった。


「……お兄ちゃんの味、全部私のもの」


彼女の瞳は、満足げに細められ、獲物を完全に捉えた捕食者のような艶めいた光を宿していた。

鼻に抜けるココアの香りの奥に、確かに浩紀の熱を感じる。

それは、どんな甘い飲み物よりも――今飲んだココア以上の甘さを、薫に感じさせた。


「……ふふ、ごちそうさまでした。お兄ちゃん」


独り言のように呟いた薫の瞳は、満足げに細められ、獲物を完全に捉えた捕食者のような艶めいた光を宿していた。

波乱の修学旅行は、こうして本当の終わりを迎えた。 しかし、明日から始まる「日常」は、もはや以前のような平穏なものではなくなっている。

浩紀を巡る少女たちの想いは、この夜を境に、より深く、より逃げ場のない場所へと加速していくのだった。

(第2章 修学旅行編・完)


第2章 修学旅行編、これにて完結です! 最後までお付き合いいただきありがとうございました。


ラストは末っ子・薫のターン。


お土産のマグカップ、喜んでもらえてよかったね浩紀……と言いたいところですが、薫のそのあとの行動はかなり特殊でしたね(-_-;)。杏奈が感じた「本能的な危機感」は、女としての直感だったのかもしれません。


修学旅行を経て、杏奈、沙織、そして薫。三人の想いがさらに複雑に絡み合い、浩紀の平穏はますます遠のくばかり。第3章では、日常に戻った彼らにどんな嵐が待ち受けているのか……。


「第2章完結おめでとう!」という方、薫の愛の重さに圧倒された方も、ぜひ【ブックマーク】や【評価(☆☆☆☆☆)】で応援いただけると嬉しいです!


【毎日19時ごろ】の更新は明日からも続きます。新章「第3章:激闘!生徒会長選挙」に突入、お楽しみに!

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