第2章 第十三話:帰路のまどろみ、そして待ち受ける「最凶の番人」
新大阪駅を出発した帰りの新幹線。 四人のボックス席には、行きとは違う、どこか穏やかな空気が流れていた。
「あー、楽しかった! 杏奈ちゃん、次は冬休みにどこか行こうよ」
「気が早いし。……まぁ、考えておいてあげてもいいけど」
そんな二人のやり取りを、浩紀はキツネにつままれたような顔で見ていた。
昨日まで火花を散らしていたはずの二人が、今はまるで戦友のように軽口を叩き合っている。
女子の友情の不可解さに首を傾げながらも、浩紀はどこか安堵していた。
ーーー
■ 無意識の防衛線
やがて、旅の疲れが四人を襲う。
最初に寝息を立てたのは太田、続いて沙織がコクコクと首を揺らし始めた。
「……ふわぁ、私もちょっと寝るわ。ヒロ、駅に着きそうになったら起こしなさいよ」
「ああ、おやすみ」
杏奈が目を閉じ、車内に静かな時間が流れる。
しばらくすると、熟睡した沙織の頭が、ゆっくりと隣に座る浩紀の肩へと傾いていった。
(……お、おい、沙織……)
浩紀が固まった、その時だった。
「…………ん」
寝ていたはずの杏奈が、無意識に、しかし驚くほど正確な動きで浩紀の左腕をがっしりと抱き寄せた。 そのまま自分の側に浩紀を引き寄せ、沙織が寄りかかる隙間を物理的に封鎖する。
(アン……寝てるんだよな、これ)
杏奈の顔は穏やかな寝顔そのものだが、腕を掴む力は強い。
「私のものだから、どこにも行かせない」
言葉にはならない独占欲が、彼女の体温を通して伝わってくる。
浩紀は心臓の鼓動がアンに伝わってしまうのではないかと冷や冷やしながらも、その心地よい重みに身を任せるしかなかった。
ふと見ると、浩紀の腕に顔を埋めるようにして眠る杏奈の首元で、あの「月のネックレス」が車内の明かりを反射してキラリと光った。
軽井沢で渡した時よりも、ずっと彼女の肌に馴染んでいるように見える。
この三泊四日の間、彼女がどれだけこの「月」を心の拠り所にしていたか。
その答えが、今自分の腕を強く掴む指先に込められている気がして、浩紀はそっと、悟られないように彼女の肩を抱き寄せた。浩紀は、アンの寝顔にかかった髪をそっと指で払った。 その指先が、彼女の温かい肌に触れる。
「……悪い。これ、もう戻さないからな」
自分にすら聞こえないような、微かな呟き。
幼馴染という安全な境界線の外側へ、自ら踏み出すような独り言だった。
浩紀は、アンが掴んでいる自分の左腕を、逃げるのではなく、彼女の体温にさらに深く馴染むように、そっと引き寄せ直した。
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■ 門の前での「検問」
夜、地元の駅で解散した。
「また明日、学校でね! 浩紀君、杏奈ちゃん!」
沙織は清々しい笑顔で手を振り、去っていった。
街灯の下、浩紀と杏奈は二人きりで家路につく。
「……なんか、あっという間だったな」
「そうね。……でも、悪くない旅行だったわ」
杏奈の距離が、行く前よりも数センチだけ近い。
二人の影が重なりそうになったその時、浩紀の家の門の前に、人影が立っているのが見えた。
「あ……」
そこにいたのは、兄の博康ではなく、腕を組んで仁王立ちしている末っ子――薫だった。
「おかえりなさい、お兄ちゃん。……それと、杏奈お姉ちゃんも」
薫の瞳は、夜の闇の中でも鋭く光っていた。
一足先に帰宅し、沙織からの「指くわえ報告」や「お初天神の密着報告」で脳内を煮え立たせていた彼女にとって、今の二人の間に漂う「甘い空気」は、絶対に見逃せないものだった。
「楽しかったみたいですね、修学旅行。お兄ちゃん、お土産話……たっぷりと聞かせてもらいますからね?」
薫の背後に、どろりとした暗いオーラが見える気がした。
杏奈は反射的に浩紀の腕を少し引き寄せ、薫を睨み返す。
「……ええ、そうね。薫には刺激が強すぎる話ばかりかもしれないけど」
日常に戻ったはずの浩紀の家。
しかし、そこには修学旅行の余波を受け、さらに戦闘力を増した「番人」が待ち構えていた。
「(……帰ってきたのに、全然休める気がしない……)」
浩紀の平穏な日常が戻ってくるのはもう少し先になりそうであった。
第2章 第13話をお読みいただきありがとうございます。
GW明け、お仕事や学校へ行くのが少しだけ憂鬱な皆様へ。
そんな皆様の背中を少しでも支えられたらと思い、今朝は特別に、急遽一話お届けすることにいたしました。本日夜19時頃にも、いつもの定期更新分をもう一話投稿予定です!
「朝の活力」に最新話を、「一日の終わりの癒やし」に夜の更新を。
今日という日が、皆様にとって少しでも良い日になりますように!
今後とも『幼馴染の境界線』をよろしくお願いします。
修学旅行も終わり、地元に戻ってきた四人。
新幹線の中での杏奈の「無意識の鉄壁」は、執筆していて思わずニヤけてしまいました。軽井沢での「月のネックレス」が、今では彼女の心の一部になっているのが伝われば嬉しいです。
しかし、家に着いた瞬間に待ち受けていたのは、最恐の番人・薫。
沙織からの「報告」ですでに沸点に達している彼女が、今後どう暴れてくれるのか……。
この物語の続きが気になるという方、「薫、お手柔らかに……!」と思ってくださった方も、ぜひ【ブックマーク】や【評価(下の☆☆☆☆☆をポチッとな!)】で応援をいただけると、執筆の大きなエネルギーになります!
【毎日19時ごろ】に更新していきますので、明日もお見逃しなく!




