第2章 第八話:月下の庭園、繋がれた本音【加筆&修正】(26年6月1日)
旅館での夕食を終え、消灯時間までの自由時間。大部屋のあちこちから笑い声が響く中、沙織は
「浩紀君たちの部屋に遊びに行こうよ!」
と杏奈や友人たちを誘った。沙織の仲の良い女子たちは色めき立って沙織に賛同した。
しかし、杏奈の反応は意外なものだった。
「……私はいいわ。ちょっと、疲れちゃったから」
「えっ、杏奈ちゃん行かないの? ……じゃあ、私たちだけで行ってくるね!」
沙織は一瞬不思議そうな顔をしたが、好機とばかりに友人たちを連れて浩紀たちの部屋へ向かった。
清水寺での一件以来、杏奈は自分の心がうまく制御できなくなっているのを感じていた。
浩紀に会えば、またあの「苦しさ」がぶり返すかもしれない。
それが怖くて、彼女は逃げるように一人部屋を抜け出したのだった。
ーーー
浩紀たちの部屋は、沙織たちの襲来で賑やかになっていた。 女子たちはそれぞれ意中の男子の下へ行き楽しそうに甲高い声を上げていた。
沙織も他の女子と同じように「浩紀君、これ食べて!」「ねえ、さっきの写真見せてよ」 と浩紀の隣を陣取り、隙あらば肩を寄せたり腕に触れたりと、積極的にアプローチを仕掛けてくる。
浩紀は笑顔で応じていたが、部屋のどこにも「黒髪の幼馴染」の姿がないことが、どうしても気にかかっていた。
「……太田、ちょっとトイレ行ってくる。あと、少し外の空気吸ってくるわ」
「お、おう。……迷子になるなよ?」
親友のニヤけた視線を受け流し、浩紀は部屋を出た。
自動販売機で冷えた紅茶を二本買い、旅館自慢の日本庭園へと足を向けた。
(アンだったら庭園にいるかもしれない)
子供の頃、杏奈が良く何かあると公園にいることを知っている浩紀ならではの行動だった。
ライトアップされた庭園は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返り、池には三日月がきれいに映っていた。
浩紀は池のほとりにあるベンチに、人影があるのを見つけた。
膝を抱えて座り、ライトに照らされた水面をじっと見つめている……杏奈だった。
浩紀は何も言わず、彼女の隣に腰を下ろした。
少しの間、夜風に揺れる木々の音だけが二人の間に流れる。
「……何よ」
不意に、杏奈が顔を上げずに口を開いた。
「隣に座ったんなら、何か言いなさいよ」
「……アン、何かあったの?」
浩紀が静かに尋ねると、杏奈は溜め込んでいた黒く沈んだモヤモヤした気持ちを吐き出すように、震える声で言った。
「……あんた、清水寺で、あの人の手……握ってたわよね。……すっごく、嬉しそうだった」
(――私、何言ってるの!? これじゃ、私がヒロに焼きもち焼いてるみたいじゃない!)
自分の言葉に自分自身で動揺し、杏奈はバッと顔を背けた。
博康お兄ちゃんが好きなはずなのに、どうしてこんな無様なセリフが出てくるのか。
ーーー
隣で固まっている杏奈を、浩紀はじっと見つめた。
そして、ためらうことなく、ベンチに置かれた彼女の右手を、自分の大きな手で包み込んだ。
「……っ!? ちょっと、何すんのよ」
「アン」
浩紀は杏奈の目を見つめ、穏やかに、けれど確かな熱を込めて言った。
「……僕は、こっちの手の方がほっとできて好きだよ」
「え……」
月光とライトアップに照らされた浩紀の笑顔は、いつもより少しだけ大人びて見えた。
その真っ直ぐな瞳に、杏奈は吸い込まれるように見惚れてしまう。
ドクン、と心臓が跳ねた。
博康に向けた憧れとは違う、もっと深い場所にある大切な想い、それがいったい何なのかわからないが失いたくないことだけははっきりしていた。
「…………バカ」
数秒後、杏奈は真っ赤になった顔をそらし、蚊の鳴くような声で呟いた。
恥ずかしさを誤魔化すように、けれど握り返す力は緩めないまま。
「……大バカ。あんた、誰にそんなこと教わったのよ」
繋がれた二人の手の上に、夜の静寂が降り積もる。
秋の夜の涼しさと対照的な、手のひらを通して伝わってくる心地よい中にある確かな熱をお互いに感じ取っていた。
それは、幼馴染という境界線が、音を立てて崩れ始めた瞬間だった。
第2章 第8話をお読みいただき、ありがとうございます!
昼間の清水寺での「痛み」から一転、夜の静寂の中で交わされた二人だけの本音。
浩紀、よく言った!と肩を叩いてやりたい気分です。
杏奈も、今はその「暖かさ」に身を委ねていいんだよ……。
幼馴染という境界線が崩れる音が聞こえた気がした方、浩紀の「こっちの手」に撃ち抜かれた方は、ぜひ【ブックマーク】や【評価(☆☆☆☆☆をポチッとな!)】で、二人を応援してあげてください。
毎日19時更新(予定)です。明日、この「崩れ始めた境界線」の先で何が起きるのか……お見逃しなく!
※明日も10時と19時の二回投稿予定です。




