第2章 第七話:古都の風と、揺れる境界線【加筆&修正】(26年6月1日)
新幹線は京都駅に到着した。ホームに降り立つと、古都特有の少し湿り気を帯びた風が四人を迎える。
新幹線での殺伐とした空気は、歴史ある街並みの魔力によって、束の間の「観光気分」へと塗り替えられていた。
「よし、予定通り回るぞ。まずは伏見稲荷だ」
太田の号令で、四人の自由行動が始まった。
千本鳥居の幻想的な朱色に圧倒されながらも長い鳥居の回廊を1周し、途中の山道でへばった沙織が浩紀の背中にくっついて、おんぶをねだり、それを杏奈が強い口調で注意したりした。
次に訪れた金閣寺では眩いばかりの輝きに息を呑んだ。そんな杏奈の横顔を見つめる浩紀であった。
浩紀は、ガイドブックと睨めっこしながらルートを確認する杏奈と、その横で「ねえねえ、次はこっち!」とはしゃぐ沙織の間で、絶妙なバランスを保ちながら歩を進めた。
ーーー
午後。
一行は、京都観光の目玉である清水寺へと辿り着いた。
名高い「清水の舞台」に立つと、眼下には吸い込まれるような新緑の断崖が広がっている。
「わあ……すごい高さ。ねえ、浩紀君!」
沙織が舞台の端に寄り、手すりから身を乗り出すようにして下を覗き込んだ。
「ちょっと、畑中さん。危ないわよ」
杏奈が注意するが、沙織はわざとらしく肩を震わせて振り返った。
「……浩紀君。ここ、想像以上に高いよ。もし足を踏み外して、落ちちゃったら……怖いな」
沙織は潤んだ瞳で浩紀を見つめ、そっと右手を差し出した。
「お願い。……落ちたら怖いから、手が届くところにいて? 手、握っててほしいな」
「えっ……。いや、手すりがあるし大丈夫だよ」
「……だめ? 怖くて動けなくなっちゃいそう」
上目遣いで訴える沙織の「無敵の可愛さ」に、周囲の男子生徒たちからも羨望の溜息が漏れる。
(さっき伏見稲荷で背中に押し当てられた凶悪なものに比べれば、手を持ってあげるぐらいならいいかな……)
断りきれない空気に押され、浩紀は「……少しの間だけだよ」と、彼女の小さく柔らかな手を握った。
「えへへ、ありがとう。これなら安心だね」
満足げに微笑み、浩紀の腕に寄り添う沙織。
浩紀は手から伝わる沙織の熱を強く感じていた。
その光景を、一歩後ろから見ていた杏奈の足が、ぴたりと止まった。
ーーー
(……なによ、あれ)
杏奈の視線が、繋がれた二人の手に釘付けになる。
沙織の細い指が、浩紀の大きな手に絡んでいる。
それは、自分が「幼馴染」という特権を盾に、ずっと独占してきたはずの場所だった。
胸の奥が、ぎゅっと鷲掴みされたように苦しくなる。
新幹線で沙織が指をくわえた時のような「不快感」ではない。
もっと深く、鋭い。まるで、自分の大切なものを無理やり奪われたような痛み。
無意識に制服の襟元に手をやり、隠してある浩紀がくれた月のネックレスを服の上から強く握りしめていた。
(……どうして?)
杏奈は、自らの内に沸き起こった感情に戸惑った。
(私が好きなのは、博康お兄ちゃんなのに。……博康お兄ちゃんに会えただけで、あんなに幸せだったのに。なのに、どうしてこんなに苦しいの……?)
浩紀が誰と手を繋ごうが、自分には関係ないはずだ。
自分には、もっと高い場所にいる「理想の人」がいる。
けれど、目の前で沙織に向けて困ったように笑う浩紀の横顔が、今は博康の笑顔よりも、ずっと残酷に杏奈の心を揺さぶっていた。
「……杏奈? ぼーっとしてどうした。行くぞ」
太田の声に、杏奈はハッと我に返った。
「……わかってるわよ。行きましょう」
杏奈は、自分の胸の鼓動を悟られないよう、そして、まるで見たくないものから逃げるように舞台の出口へと速足で歩いて行った。
その後ろ姿は、いつもの凛とした強さを、少しだけ失っているように見えた
第2章 第7話を読んでいただき、ありがとうございます!
今日の19時にも、もう一話投稿予定ですのでよろしくお願いします。
今回は清水の舞台で沙織が大胆な攻勢に出てきましたね。これには一途な浩紀君もタジタジ。
杏奈にいたってはその現実から逃げ出す始末。杏奈の気持ちを思うとちょっと切ないです。
頑張れ杏奈!負けるな杏菜!
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