第2章 第五話:出発、波乱の予感と新幹線の攻防
修学旅行当日。朝の柔らかな光が差し込む中、浩紀が玄関で荷物の最終チェックをしていると、インターホンの音が鳴った。
「ヒロ、おはよう! 準備できた?」
ドアを開けると、そこには制服に身を包んだ杏奈が立っていた。艶やかな黒髪が朝日を浴びて輝いている。
「おはよう、アン。今行くよ」
浩紀が靴を履き終えたその時、背後から「気をつけて行けよ」と落ち着いた声がした。
兄の博康だ。
「あ、博康お兄ちゃん! おはようございます!」
さっきまで浩紀に向けていた幼馴染としての顔が、一瞬で**「憧れの人を見る女性の顔」**に変わる。
「ああ、楽しんでこいよ。杏奈ちゃん、浩紀をよろしくな」
「はいっ!」
博康の「杏奈ちゃん」という優しい呼びかけに、彼女は頬を赤らめて大きく頷いた。
隣でそれを見ていた浩紀は、胸の奥が少しだけチリリとしたが、上機嫌な彼女の横顔を見て、苦笑いしながら家を出た。
■ 駅の喧騒と、交差する視線
集合場所の駅前には、大きなバッグを抱えた生徒たちが続々と集まっていた。
「おーい、浩紀! 杏奈!」
人混みの中から手を振るのは太田だ。テニス部で妹の薫と区別するために定着した呼び方だが、その距離感の近さに、少し離れた位置にいた沙織の眉が微かに動いた。
「おはよう、浩紀君! 杏奈ちゃんも」
「おはよう、畑中さん……早いのね」
杏奈の言葉には、どこか「浩紀の隣を狙っているでしょ」という牽制が含まれていたが、沙織はそれをひらりとかわして、浩紀に歩み寄った。
「楽しみだね、浩紀君。新幹線の中でお喋りするのも修学旅行の醍醐味だもんね」
「あ、ああ、そうだな」
浩紀は二人の女子の間に漂う電流を感じて、思わず太田の方へ避難した。
■ 新幹線、密室のボックス席争奪戦
ホームに滑り込んできた新幹線に乗り込むと、太田が手元の切符を確認しながら言った。
「俺たちの席は……ここだな。E・D席の前後二列だ」
新幹線の進行方向に向かって、二人掛けの座席が縦に二列。
太田が慣れた手つきで前の座席のレバーを引き、ガチャンと回転させて後ろの席と向かい合わせにした。
「よし、これでボックス席だな。……で、誰がどこに座る?」
太田が問いかけた瞬間、車内の空気が一変した。 ボックス席になったことで、全員の顔が否応なしに近くなる。
浩紀がどちらの列の、どの位置に座るかが最重要課題となった。
「私は浩紀君の隣! さっき買ったお菓子の感想も聞きたいし、隣の席なら話しやすいもんね」
沙織が素早く、浩紀が座ろうとしていた窓側の席の隣を指差して先制攻撃を仕掛ける。
「……悪いけど、浩紀は私のガイドブックを持ってるの。膝を突き合わせて大阪の回り方を確認しなきゃいけないんだから、隣は私よ。畑中さんは太田君の隣でいいじゃない」
杏奈も一歩も引かずに、浩紀の隣に自分のスクールバッグを置こうとする。
挟まれた浩紀は、座ることもできず中腰のまま固まっている。
(まずい、この至近距離で争われると逃げ場がない……)
「お、おいおい。お前ら、出発早々飛ばしすぎだろ。周りの目もあるし、ここは公平にいこうぜ」
太田が冷や汗を流しながら、ささっと手帳の端を千切って四つの「くじ」を作った。
「いいわ、くじ引きで決めましょう。これなら文句ないわね?」
「望むところだよ、杏奈ちゃん」
二人が火花を散らしながらくじを引き、そして残りの二枚を浩紀と太田が取った。 一斉に開いた結果――。
「……あ、俺、浩紀の隣だわ。後ろ側の列の」
太田が、当たり(?)のくじを掲げて苦笑いした。
「「えっ……」」
二人の女子の声が重なる。
結局、浩紀の隣には太田。
そして向かい側の二席に、杏奈と沙織が並んで座ることになった。
「……ま、まぁ。太田なら平和でいいわよね。ヒロ、着くまでにしっかりガイドブック読んでおきなさいよ」
「そ、そうだね。浩紀君、正面なんだから後でお話ししようね」
新幹線が滑らかに動き出す。
浩紀の隣を勝ち取ったのは太田だったが、正面には杏奈と沙織が並び、常に二人の視線が浩紀を射抜くという、ある意味「逃げ場のない密室」での旅が幕を開けた。
「……助かったぜ、太田」
「気にするな。……でもな、浩紀。正面にあの二人が並んでるの、結構な圧だぞ。覚悟しとけよ」
窓の外へと流れる景色を見つめながら、浩紀はこれから始まる三泊四日の荒波に、深くため息をついた。
第2章 第5話を読んでいただき、ありがとうございます!
今回、私もGWの5月3日~5日はお休みで時間に余裕があるので、この期間は特別に**【10時と19時】の1日2回投稿**を行う予定です。
今回は太田くんのナイスなアシストで争いは回避できましたが、二人が正面にいるこの状況、これから京都に着くまでを考えると胃が……。読者様も胃薬のご用意を。
浩紀に心穏やかなる時間はやってくるのか? それとも次の話で新たな火種が発生するのか!(何かありそうですよね(-_-;))
それでは、次話の投稿をお待ちください。
少しでも「先が気になる!」と思ってくれた方、「新幹線よ、早く京都に着いてくれ!」と考えた方(笑)、ぜひ【ブックマーク】や【評価(下の☆☆☆☆☆をポチッとな!)】で応援してください。
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