第2章 第十二話:俺の名前は『鎌瀬 犬太郎』(後編)
お巡りさんから注意をされた日の放課後。
鎌瀬は難波と共に駅に向かって歩いていた。
「ああ、杏奈ちゃんと仲良くなりたいなー」
鎌瀬のそのつぶやきに難波があきれて答える。
「お前まだあきらめてなかったの?大けがする前にやめとけよ……」
そんな会話をしていると、目の前に男一人、女二人の3人組の高校生が歩いているのが目に入った。
杏奈と浩紀、そして金髪碧眼の美女の3人であった。
「噂をすればだな。あれが例の金髪碧眼の美女かぁ……。噂にたがわぬいい女だな」
難波がしみじみとつぶやいた。
「確かにいい女ではあるが、天使な杏奈ちゃんの方が数段上だ!」
「はいはい。どっちにしろ相手にされないんだから、早く目を覚ますことをお勧めするよ」
(あれが桐谷の浮気相手の金髪美女か……。杏奈ちゃんだけでなくあんな金髪美女まではべらしおってからに。桐谷、お前はハーレム系主人公か!)
こぶしを握りその場で地団駄を踏んで、「フーフー」と鼻息を荒くする鎌瀬から、難波は赤の他人ですともいうように少し距離を置いて歩くのであった。
(しかしこれで桐谷の浮気相手の顔もわかったぞ。これからは俺様のスーパーミラクルハイスペック脳を使って『杏奈ちゃん奪還計画』を練り上げねば!待っていてくれ、杏奈ちゃん!俺が君をハーレム系主人公の魔の手から救い出してあげるからね!)
一人両こぶしを握り締め、熱く瞳を燃やす鎌瀬。隣にいたはずの難波が「また明日な」と言って、すでに立ち去ったことにも全く気が付いていなかった。
ーーー
鎌瀬は自分の家に帰ると、部屋にこもり計画を練り始める。
そして練りあがった計画はいたってシンプルなものであった。
『杏奈ちゃん奪還計画』
①桐谷と金髪美女の行動を観察し、二人の浮気現場を確認する。
②浮気現場を確認したら、杏奈ちゃんをその現場に連れて行き浮気現場を見せる。
③浮気現場を見てショックを受ける杏奈ちゃんを俺が優しく慰める。
④俺の優しさに触れた杏奈ちゃんが俺に惚れる。
⑤そして、悔しがる桐谷の前で杏奈ちゃんといちゃついて「ざまぁ」してやるのだ!
「完璧な計画だ!桐谷よ、首を洗ってまっておれ!」
自分の立てた計画が穴だらけであることなど微塵も考えず、自信に満ち溢れた表情で「わはははは」と魔王のような笑い声を上げていた。
階段の下から、母親の「ご近所迷惑になるような声を上げるんじゃないわよ!」というどなり声が、鎌瀬の部屋にも響いていた。
ーーー
次の日から鎌瀬は放課後に浩紀の尾行を開始する。
しかしそれは、浩紀と杏奈がイチャイチャしながら帰宅する姿をただ見せつけられるだけの、拷問のような日々であった。
(桐谷よ、いつだ?いつ浮気するんだよ)
そんな日々が3日間ほど続き、精神ポイント(SP)が限りなく0に近づいた翌日の放課後。
今日は学校の用事でいつもより30分遅く学校を出た。
(今日は桐谷の身辺調査は無理かもな)
そんなことを考えながら一人駅に向かって歩いていると、とうとう待ち望んでいた時がやってきたのであった。
駅前の本屋で一人立ち読みをしている杏奈を見つけたのだ。
(今日は杏奈ちゃん一人でいるということは、桐谷が浮気をしているということだな!金髪美女と浮気をするならこの辺りのお店とかにいるはずだ!)
急いで桐谷を探す鎌瀬であった。
神が鎌瀬に味方したのか、浩紀たちはすぐに見つかった。
仲良さそうに、最近女性に人気の雑貨屋さんから金髪美女と仲良く連れ立って出てきたのであった。
金髪美女の手にはそのお店で買ったであろうショップの紙袋が持たれていた。
そっと近づき、二人の会話に耳を傾ける。
「浩紀、今日はありがとう。とてもいいものが買えたね。杏奈には内緒だけどね」
そう言って浩紀にウィンクする金髪美女であった。
「今度は宝石屋さんへ『GO!』ね」
そう言って二人は若い人に人気の宝石店の方へと歩いて行ったのであった。
(杏奈ちゃんに内緒でショッピングデートの上、さらには二人で宝石店だと!これはまさに浮気!さらに今から行く宝石店は杏奈ちゃんのいた本屋のすぐ目の前!これは神が『天使を救え』と我に与えたもうチャンスとみた!)
浩紀達に気が付かれないようにダッシュで本屋へと戻った鎌瀬は、本屋にまだ杏奈がいることにほっとする。
(よし、あとは自然に声をかけて、桐谷たちが店に入るタイミングで杏奈ちゃんにそれを見せるんだ)
頭の中で計画を確認し、声をかけるタイミングを見計らう鎌瀬。
そこで一つの問題が発生する。
(でも、女の子に声をかけるのってなんて声かけたらいいんだ?無難に「やぁ、偶然だね」とかか?、それとも「また出会ったね。これは神が与えた運命かもしれない」とかロマンティックに行くべきか?どれが正解なんだ……)
悩んでいると遠目に浩紀たちが歩いてくるのが見えた。
(ええーい、ままよ!)
覚悟を決めて杏奈に近づいていく鎌瀬。
杏奈の隣まで行くと震える声で話しかけた。
「や、やぁ……、ぐ偶然だぬ」
短く話しかけたにもかかわらず、震え声の上最後で噛んでしまう鎌瀬。
悲しいかな、中学から男子校に通っている鎌瀬は女子への免疫が完全に『0』なのであった。
「だぬ?……えーっと、あなたは……あ、小銭ぶちまけた変な、じゃなくてジュースをおごってくれた『かませけん たろう』さんでしたっけ?」
「『かませ けんたろう』です。今日は彼氏さんと一緒じゃないんですか?」
「今日はヒロ、ヒロって言うのは彼氏の名前ね!……彼、今日は生徒会の仕事があるみたいで。それにケイもお友達の加相さんに用事があるからっていなくなっちゃったんだよね」
それを聞いた鎌瀬は『ケイ』というのが金髪美女の名前だと気が付いた。
「そういえば何度か杏奈ちゃんが彼氏さんと一緒に歩いてるところ見かけたよ。すごく仲良さそうに歩いてたよね」
無理やり引きつった笑顔を作って話した。
「やだぁ。仲良しなんて恥ずかしい!」
杏奈はそう言って鎌瀬の背中を思いっきり叩くのであった。
「ゴホ、ゴホ……。そ、そういえばさっき杏奈ちゃんの彼氏さんぽい人があそこの雑貨屋さんから金髪の女性と出てくるのを見たよ」
その言葉に一瞬固まる杏奈。
(よし!杏奈ちゃんはちゃんとショックを受けているぞ!)
ちょうどその頃浩紀たちは本屋の道路を挟んだ反対側にある宝石店の前までやって来ていた。
「あれ、あそこにいるのは彼氏さんじゃない?」
そう言って浩紀たちを指さす鎌瀬。
「ヒロにケイ!なんで二人が一緒にいるの?……『かませけん君』ちょっとごめんね。これからヒロのところに行かなきゃだから」
そう言うと、背中に般若のお面を背負った杏奈は急ぎ足で横断歩道へと向かった。鎌瀬は「僕も行くよ。ちなみに鎌瀬君ね」と言って、杏奈のあとをついて行く。
信号待ちをするのももどかしいというような表情を見せる杏奈の横で、(ここまでは順調だ)とほくそ笑む鎌瀬であった。
信号が変わり急いで宝石店の前に着いた時、ちょうど浩紀たちがお店から出てきた。
「ヒロ!それにケイも!……なんで二人で宝石店なんかに来てるのよ?」
杏奈はすごい剣幕で浩紀とケイティに詰め寄った。
ここでケイティが失敗したという顔をして答えた。
「杏奈に見つかっちゃいましたね。本当は明日の杏奈の誕生日会まで秘密にしたかったんですけど」
「ゴメンね、アン。実は生徒会の仕事って言うのは嘘で、ケイと二人で明日のアンの誕生日会で渡すプレゼントを買いに来ていたんだよ」
それを聞いた杏奈は、背中の般若のお面はなくなり、代わりに奇麗な沢山の花を咲かせ、恥ずかしそうにしていた。
「それならそうと言ってくれればよかったのに……。ケイと浮気してるんじゃないかって、ほんのちょっとだけ疑っちゃったじゃない……」
「ゴメンね、アン。でも俺がアンを差し置いて、浮気なんかするわけないだろ。俺は子供のころからずっとアン一筋なんだから」
そう言うと浩紀はアンをそっと優しく抱きしめるのであった。
その光景を見ていた鎌瀬。
(えーと、俺はいったい何を見せられているんだ?ショックを受けた杏奈ちゃんを優しく慰める予定が、なんでこうなったんだ……)
抱きしめ合い愛を確認し合う浩紀と杏奈のことを呆然と見ている鎌瀬。
そんな鎌瀬にケイティが声をかける。
「そういえばあなたは誰ですか?」
これに杏奈が反応する。
「彼は『かませけん君』って言って、この間話したジュースをくれた人よ」
今度は浩紀が話しかけた。
「あの時のジュースの人なんだね。あの時アンがもらったジュースは二人で美味しくいただかせてもらいました。ありがとうございました」
「どういたしまして。『かませけんです』……二人に喜んでもらえてなによりです」
(あのジュースがもとで二人はイチャイチャしたってことじゃないか……)
目の前でいちゃつく浩紀と杏奈を呆然と見ている鎌瀬に、ケイティが声をかけた。
「ヘイ、ユー。ボーっとしてるけど大丈夫ですか?」
ケイティが下から鎌瀬の顔をのぞき込んだ。
(あ、いい匂いがする……。それにこの凶悪な胸!まさに天使や!僕に新たな天使が舞い降りたんや!)
こうして鎌瀬の一つの恋が終わり、新たな恋を見つけたのであった。この恋がうまくいくかは誰にもわからないが、ただ一つ確かなのは、鎌瀬はやっぱりラノベ脳であったということだけは確かである。
第2章第12話をお読みいただきありがとうございます。
前話と合わせ、前後編2話にわたって鎌瀬犬太郎のお話を書かせていただきました。
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