第2章 第十一話:俺の名前は『鎌瀬 犬太郎』(前編)
俺の名前は『鎌瀬 犬太郎』。県内トップクラスの進学校『私立当馬男子高校』に通う高校三年生だ。春の暖かな日差しの下で、俺は天使と出会ったのだった。
駅前の自販機でジュースを買おうとして小銭入れを出したとき、手から小銭入れが滑り落ちて辺り一面に小銭をばらまいてしまった。
「うわぁ、やっちまった……」
(恥ずかしいから早く拾わないと……)
このとき横から声をかけられる。
「大丈夫ですか?拾うの手伝いますね」
そう言って立っていたのは、同じ駅を利用している共学の進学校『永徳高校』の制服を着た美少女であった。
その美少女は腰をかがめて小銭を拾い始める。鎌瀬も慌てて小銭を拾い集め全ての小銭を拾うことが出来たのであった。
手伝ってくれた美少女が「はい」と言って、拾った小銭を鎌瀬に渡した。
「あ、ありがとうございました。よかったら何か飲み物おごらせてください!」
「そんな、いいですよ。ちょっと拾うの手伝っただけですし……」
そう言って遠慮するのであった。
「このまま何もしないで返したら、鎌瀬家の家訓に反してしまうので!」
そう言って美少女に飲み物を買わせたのであった。
「本当にありがとう。俺は当馬高校の『鎌瀬 犬太郎』って言うんだけど、よかったら名前聞いてもいいですか?」
「私は永徳高校の『河合 杏奈』ですよ。ジュースありがとうございました。それでは失礼しますね」
その美少女は杏奈であった。杏奈はそう言うと鎌瀬に背を向けて駅の改札へと向かって歩いて行った。
一人残された鎌瀬。
(て、天使や!お隣の高校の天使様や!もしかして俺はあの天使様にダメにされる運命なのでは……。『河合 杏奈』ちゃん、なんて素敵な名前なんだ。これはきっと運命の出会いに違いない!まずは明日、学校で女の子に関する情報には定評のある『難波』に聞いて、杏奈ちゃんの情報収集や!)
自販機の前で熱くこぶしを握り締めるラノベ好きの鎌瀬を、母親に連れられた男の子が「なんか変なお兄ちゃんがいるよ」と指さし、母親に「きっとジュースが凄く飲みたかったのよ」と言われるのであった。
ーーー
杏奈は家に帰ったのち、ジュースを持って浩紀の部屋に遊びに来ていた。
「ねえヒロ、今日駅前で小銭ぶちまけちゃってる男子高校生がいて拾うの手伝ったら、ジュースおごってもらっちゃった。せっかくだからと思ってヒロの好きなやつ買ってもらっといたよ。だから一緒に飲も」
「アンの好きな飲み物にすればよかったのに……。ほんと、アンは優しいな」
「私はヒロの喜ぶ顔が見たかったから……」
「ありがとう、アン。大好きだよ」
そう言って杏奈を抱きしめる浩紀であった。
ーーー
自分の買ったジュースがもとで杏奈と浩紀がイチャイチャしていたことなど露も知らない鎌瀬は、次の日の学校で早速、女の子の情報に詳しい『難波』に声をかけた。
「なぁ、ナンパ。昨日俺は天使のような美少女と運命的な出会いをしたんだが、その子の情報を教えてくれ!」
「いきなりだな、お前は。ってか俺の名前は『ナンパ』じゃなくて『難波』だ!……それで、その天使様の名前はわかってるのか?」
難波の問いに胸を張る鎌瀬。
「当然だ!俺の運命の相手だからな。名前は『河合 杏奈』、永徳高校の学生だ」
「河合杏奈ちゃんって、あの美人三姉妹の次女の杏奈ちゃんか」
「有名なのか?」
鎌瀬の問いに難波が「はぁー」とあきれたようにため息をついてから、答える。
「駅で見かけて虜になったやつはうちの高校にも何人もいるぞ。さらに振られたやつも山ほどな」
「さすがは杏奈ちゃんだな!で何か情報はないのか?」
「うーん、情報とか以前に、ぶっちゃけムリだからあきらめた方がいいぞ」
「諦めるなどありえん。俺の運命の相手だぞ!」
「彼女、確か幼馴染の超絶イケメンで運動神経抜群、さらに学年主席の生徒会長さまの彼氏がいるぞ」
「なんだよ、その主人公みたいなキャラは!そんなの反則だろ……」
悔しがる鎌瀬を慰める難波であった。
「身の丈に合わない高望みはしないことだな。いつかお前に似合う相手が見つかるさ」
そう言って下を向く鎌瀬の肩を叩いた。
鎌瀬は唐突に顔を上げると、
「でも壁は高いほど乗り越えたときに達成感を味わえるものさ!俺は負けんぞ!」
と言って自分だけの世界に入り込んでいた。
難波はそんな鎌瀬に声をかける。
「壁は高いほど超えたときの達成感はあるかもしれんが、途中で落ちると大けがするからな……」
難波のそのアドバイスは、すでに自分の世界に入り込み、「杏奈ちゃん待っていてね!」と叫んでいる鎌瀬の耳には全く届いていなかった。
ーーー
鎌瀬は翌日の朝、学校の最寄りの駅で杏奈とその幼馴染の彼氏(浩紀)が来るのを待ち構えていた。
(杏奈ちゃんの彼氏の名前は『桐谷浩紀』だったよな。俺の杏奈ちゃんをたぶらかしている桐谷の顔をしっかりと拝んでやらねば!『杏奈ちゃん奪還計画』を立てるのはそれからだ)
一人街路樹の後ろに隠れ、闘志を燃やす鎌瀬であった。
するとそこへ杏奈と浩紀が手をつないで改札から出てきた。
(杏奈ちゃん、やっぱり可愛すぎる。……で、あいつが桐谷か。確かにほんのちょっとだけ俺よりイケメンかもしれないが……。っていうかその手を離せ、桐谷!)
浩紀達を街路樹の陰からガン見する鎌瀬の肩が不意に叩かれた。
「君、君。ここで何してるのかな?通行人の方から怪しい人がいるって通報受けたんだけど。とりあえずちょっと交番まで来てもらおうかな」
そう言うと、「俺は何も悪いことはしてないぞ!俺の杏奈ちゃんが遠ざかって行く……」と叫ぶ鎌瀬を、お巡りさんが交番へと連れて行くのであった。
ーーー
30分ほどでお巡りさんから解放された鎌瀬。
「女の子好きになるのは仕方ないけど、あんまりああいうことしてるとストーカー規正法の対象になりかねないから次からはやめてね」
そう言ってお巡りさんは鎌瀬に注意をすると、交番の中へと戻っていった。
「ふー、ひどい目にあった。これもすべて桐谷の陰謀によるものに違いない……。おぼえていろ、桐谷!」
そう言って浩紀を逆恨みする鎌瀬であった。
そんな鎌瀬が学校に着くと、難波が声をかけてきた。
「おい、あの噂聞いたか?」
「噂ってなんだよ?」
「杏奈ちゃんの彼氏が金髪碧眼の美女と腕組んで歩いてるのを見たってやつだよ」
「なんだと!杏奈ちゃんという可愛い彼女がいながら浮気とは許せん!」
(しかし、待てよ。これはもしかしてチャンスなのでは?杏奈ちゃんに桐谷の浮気現場を見せてショックを受けているところを俺が慰めれば……。)
「落ちとしてはその美女の反対側には杏奈ちゃんがいて、彼女とも腕を組んで歩いてたって落ちなんだけどな」
そうやって難波が言った言葉は、すでに自分の世界にいる鎌瀬には届いていなかった。
当の鎌瀬は、頭の中でシミュレートし、「ぐふふ……」と不気味な笑い声をあげ、周りの人間から「とうとうあいつが壊れたぞ」といわれ、距離をとられるのであった。
第2章第11話をお読みいただきありがとうございます。
今回は新キャラクターである「当て馬高校の鎌瀬犬君」、じゃなかった……「当馬高校の鎌瀬君」はいかがでしたでしょうか?
後編でもいっぱい空回りしてくれると思いますので、第12話をお楽しみに!
お願い:ブックマーク&評価☆での応援をお待ちしております。皆さんの応援で鎌瀬君はより一層空回ってくれるはずです(笑)




