第十三話:静かなる宣誓と、嵐の前の晩餐【加筆&修正】(26年5月29日)
「……ねえ、見たわよね?」
テラスのカーテンの陰で、沙織が低く、冷ややかな声を出した。
その視線の先には、先ほど浩紀からネックレスを受け取り、見たこともないような顔で微笑んでいた杏奈の残像がある。
「ええ。……見ました。信じられない」
隣に立つ薫もまた、拳を固く握りしめていた。
いつも「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と慕っているはずの妹の顔には、隠しきれない嫉妬と焦燥が張り付いている。
「……杏奈ちゃんは、博康さんに憧れながら浩紀君の『特別』も手放さない。そんなの、あんまりだと思わない?」
沙織はくるりと薫に向き直り、その細い手を握った。
「薫ちゃん。私、本気で浩紀君が欲しくなっちゃった。……あなたも、そうでしょ?」
薫は一瞬、毒を飲まされたような顔をしたが、すぐに覚悟を決めたように沙織の目を見つめ返した。
「お姉ちゃんには、博康お兄ちゃんがいます。浩紀兄ちゃんまでお姉ちゃんのものになるなんて……私、絶対に嫌です」
「……決まりね。今のままじゃ、私たちはあの長い時間をかけて積み上げられた『幼馴染の壁』に弾き飛ばされるだけ。協力しましょう」
軽井沢の夜の静寂の中、本来はライバルであるはずの二人が、共通の敵である「自覚なき独占欲の塊である杏奈」を突き崩すために、危うい同盟を結んだ瞬間だった。
ーーー
ダイニングには、軽井沢のグルメスポットで買い込んできた豪華なオードブルや彩り豊かなお惣菜、そして地元の新鮮な野菜などが並べられていた。
明日の午前中には別荘を発つ。最後の夜を惜しむように、華やかな食事会が始まった。
「明日はもう帰るのか……。あっという間だったな」
太田がコーラで喉を潤しながら、少し寂しそうに笑う。敦子も「本当に。またみんなで来たいですね」と頷いた。
その席で、敦子が杏奈の胸元を見て、パッと表情を明るくした。
「あ、杏奈さん。そのネックレス、すごく素敵……! 昼間はつけてなかったですよね?」
その言葉に、食卓の視線が杏奈の鎖骨に集中した。小さな月が、リビングの明かりを受けて繊細に輝いている。
「えっ、あ……うん。さっき、浩紀が……ね」
杏奈は珍しく、言い淀みながら頬を赤らめた。そのあまりの可愛らしさと気まずさに、浩紀がいたたまれなくなってサラダを口に運ぼうとした、その時だ。
「やるじゃないか、浩紀。杏奈ちゃんによく似合ってるよ」
博康が、香澄と炭酸水のグラスを合わせたまま、何でもないことのように微笑んだ。
その視線は優しく、けれどすべてを――浩紀がこっそり店に戻ったことも、杏奈の秘めた喜びも、すべてを「お見通し」だと言っているようだった。
「あ……ありがと、兄さん……」
浩紀は居心地が悪そうに返事をした。
博康の称賛は、弟の成長を喜ぶ兄のそれだった。
だが、今の浩紀には、それが「お前は俺から見たらまだまだ子供だ」と言われているようにしか聞こえなかった。
自分があの日から必死に守り続けてきた「月」の誓いすら、太陽のような兄の前では、単なる「微笑ましい弟の背伸び」として処理されてしまう。
その一生かかっても埋められないような器の差が、心地よいはずの夕食を砂のような味に変えていく。
だが、そんな男たちの心理戦を無視して、浩紀の両隣は既に「同盟軍」によって占拠されていた。
「浩紀君、これ。このテリーヌ、すごく美味しいよ。はい、あーん……は冗談だけど、食べてみて!」
「浩紀兄ちゃん、お野菜も食べないとダメですよ。私がお皿に取ってあげますね。……あ、これも」
右から沙織が軽やかに料理を勧め、左からは薫が甲斐甲斐しく世話を焼く。
浩紀を挟んだ両端で、沙織と薫が顔を見合わせ、一瞬だけ不敵な微笑みを交わした。
その光景を、ネックレスを握りしめた杏奈が、何とも言えない複雑な表情で見つめていた。
博康と香澄は、そんな年下たちの喧騒を、ワイングラスに注がれた炭酸水で乾杯しながら、静かに、そしてどこか悟ったような眼差しで見守っていた。
13話をお読みいただきありがとうございました。
19時の更新に続き、13話も投稿させていただきました!
12話のネックレス、いかがでしたでしょうか。
あと、やはり「四つの瞳」の正体は沙織と薫でしたね。
浩紀と杏奈にとって、とんでもなく恐ろしい「同盟」が爆誕してしまいました……!
これまではライバルだった沙織と薫が、タッグを組んでどんな攻めを仕掛けてくるのか。
そして、「幼馴染の壁」を壊しに来る二人に、無自覚な杏奈はどう立ち向かうのか!? ぜひご期待ください!
明日は1章の最終話の14話を投稿します。お楽しみに。
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