後編:弟たちに背中を押された博康、再び交わった道
香澄は実家の居間で父親と向かい合って座っていた。
そして、香澄が実家から突きつけられたのは、ある名家の御子息とのお見合いだった。
香澄は自分の想いに蓋をし、それを受け入れる決意をする。
自分が身を引くことで、博康を「過去」から解放し、新しい未来へ歩ませるために。
ーーー
お見合い当日。
「博康君や浩紀君には、絶対に言わないでね」
そう杏奈に頼み、香澄は見合い会場へと向かった。
しかし、彼女が去った後、杏奈はその場に崩れ落ち、堪えきれずに涙を流した。
「ヒロ……私、やっぱり言わないなんて無理だよ……!」
泣きじゃくりながら事情を話す杏奈。
それを聞いた浩紀の顔から血の気が引く。二人はすぐさま、博康の部屋へと駆け込んだ。
事情を伝えても、博康は窓の外を見つめたまま動こうとしなかった。
「……香澄さんが決めたことなら、俺は受け入れる。彼女には、しがらみのない場所で笑っていてほしいから」
「そんな……!」
絶望する杏奈。
だがその時、彼女の脳裏にあのクリスマス・イブの夜、博康が自分にかけてくれた言葉が蘇った。
「博康さん。……あの日、博康さんは私に、最も大切な人が誰なのかを気付かせてくれました。そのおかげで今の私たちがいます。だから、今度は私たちの番です」
杏奈は一歩前に出て、震える声で、けれど毅然と言い放った。
「博康さん、一度目をつむって、頭の中を空にしてください。……そして、香澄さんの隣に、博康さん以外の誰かがいることを想像してください」
目を閉じた博康の顔が、見る間に苦痛に歪んでいく。
「……っ。嫌だ……絶対に、失いたくない……! でも、彼女が望んだことなんだ! 諦めるしかないじゃないか!」
その弱気な言葉に、浩紀の堪忍袋の緒が切れた。
「いつから兄貴は、そんな弱虫になっちまったんだよ!」
浩紀は博康の胸ぐらを掴み、叫んだ。
「杏奈が憧れ、俺が尊敬する兄貴は、こんなことで諦めたりしない! 可能性がわずかでもあれば、立ち向かえる男のはずだ! 自分の心に嘘をついて、それで香澄さんが幸せになれるなんて本気で思ってんのかよ!」
弟の魂の叫びが、博康の瞳に宿っていた「優等生の殻」を打ち破った。
博康は弾かれたように立ち上がると、鍵を掴んで部屋を飛び出した。
ーーー
親族も含めた顔合わせを済ませ、香澄とお見合い相手は二人だけで喫茶室にやって来ていた。
そして、その喫茶室へ、息を切らした一人の男が踏み込んできた。
喫茶店のお客さんや店員が何事かとその人物を見た。
香澄も飛び込んできた人物を見て目を見開いた。
それは香澄がずっと望み、そして無理やりあきらめようとした博康がいたからである。
「香澄さん!」
周囲の視線も構わず、博康は彼女の手を強く握った。
「俺にはやはり、香澄さんが必要なんだ。いつもそばにいてほしいのは、香澄さんだけなんだ。だから……もう一度、俺の元に戻ってきてほしい!」
香澄の瞳に、一気に涙が溢れ出した。
「……こんな、わがままな私で本当にいいの? 自分で突き放しておいて、また戻るなんて……」
「はい。香澄さんがいいんです。香澄さんでなければ、ダメなんです」
博康は、彼女を二度と離さないという意志を込めて抱きしめた。
その様子を呆然と見ていた見合い相手の男性が、ゆっくりと立ち上がった。
二人は彼に向き合い、深く謝罪する。
「本当に申し訳ありません。彼女を……連れて行かせてください」
博康の言葉に、相手の男性はふっと柔らかな笑みを浮かべた。
「……いえ。とても素晴らしいものを見せていただき、ありがとうございました。正直、羨ましいくらいです。……おかげで、私も目が覚めました。実は私にも、本当は大切にしたい人がいたんです。これから私も、その人の元へ行って話をしようと思います。大切なことに気づかせてくれたお礼に、今回は、私の方からお断りをさせて頂いたことにさせてください。今日はありがとうございました」
清々しい顔で去っていく男性を見送り、博康と香澄は、ようやく本当の意味で、二人だけの未来を歩み始めた。周りの人達が拍手をし、二人の新たな門出を祝っている中、「空白の時間」の時計は止まり、「愛する二人の時間」の針が再度動き出した瞬間であった。
外伝後編をお読みいただきありがとうございます。
博康と香澄について前後編にて書かせていただきました。
明日のエピローグは外伝の締めくくりであると同時に、本物語の『真のエピローグ』となります。
明日もぜひご覧ください。
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