外伝 前編:香澄と博康それぞれの願い、分かたれた道
金曜日の夜、明日からの週末へ向けて本日2回目の投稿です。
先日本編の終了を宣言しましたが、この外伝が終わりますと、当初予定していた物語そのものの完結となります。本話を含め、あと3話のお付き合いをお願いします。(その後も時間を空けてアフターストーリー的なものを考え中です)
永徳高校の卒業式を数日後に控えた、放課後の黄昏時。
生徒会室は、窓から差し込む夕日に赤く染められ、長く伸びた影が世界の終わりを予感させるような静寂を保っていた。
博康の前に立つ香澄は、いつもより少しだけ、晴れやかな、けれど寂しげな表情をしていた。
「博康君……、驚かせてごめんね。でも、これは私がずっと、心のどこかで決めていたことなの」
香澄は共働きの両親を支え、幼い妹たちの面倒をずっと見てきた「しっかり者の長女」だった。
大学生になるのを機に、自分を縛り続けてきた家庭の役割、周囲の期待、あらゆる「しがらみ」から解き放たれたいという願い。
それは彼女にとって、切実な自由への渇望だった。
「博康君のことは大好き。それは本当。……でも、家同士の付き合いもあって、ずっと一緒にいた博康君といると、どうしても実家のことを思い出してしまうの。私は……一度だけでいいから、何の肩書きもない『ただの私』として、大学生活を始めたい。そして本来の私がなんであるのかを見つけたい。だから、別れてほしいの」
博康は一瞬、言葉を失い、視線を落とした。
完璧な優等生として生きてきた彼にとっても、香澄の存在は唯一、ありのままの自分でいられる大切な場所だった。
だが、彼は一瞬の逡巡ののち、静かに、けれど力強く顔を上げた。
「……分かりました。香澄さんがそれを望むなら、受け入れます」
「わがままを聞いてくれて、ありがとう」
香澄は少しホッとしたように微笑んだ。
だが、博康は言葉を続けた。
「でも、一つだけ条件があります」
「条件……?」
「別れた後も、俺が勝手に香澄さんのことを好きでいるのを……許してほしい。香澄さんのことを、想い続けさせてほしいんです」
香澄は驚きに目を見開いた。
「でも……それじゃ、博康君が前に進めないわ。いつか私を忘れて、別の誰かと……」
「それでも。それでも好きでいさせてほしい。お願いします」
博康は深く、静かに頭を下げた。誰もが憧れる桐谷博康が、一人の女性の心に対してこれほどまでに謙虚に、そして必死に乞うている。
「博康君、頭を上げて。本当なら、勝手なことを言っている私が頭を下げなきゃいけないのに。……でも、本当に後悔しないの?」
「はい。後悔しません」
顔を上げた博康の瞳には、一切の迷いがなかった。
それは執着ではなく、彼女の自由すらも愛するという、純粋で残酷なほどの献身だった。
「わかったわ……。これからは、また幼馴染としてよろしくね」
香澄は一歩踏み出すと、博康の身体を優しく抱きしめた。
博康の手も、ゆっくりと、確かな温もりを求めて彼女の背中に回される。
二人の距離がゼロになり、吸い寄せられるように唇が重なった。
これが、恋人として交わす最後のキスになるのかもしれない。
そう予感しながらも、二人の間には不思議なほど澄んだ、美しい空気が流れていた。
一年前にこの生徒会室から始まった二人の恋人関係。
その関係を今解消し、あらゆるしがらみから解き放たれるために。 そしていつか、本当の意味で互いの進むべき道を見つけるために。それはもしかしたら二度と交わることがない道かもしれないけれど……。
冷たくなり始めた春の風の中で、二人の『空白の時間』が、静かに針を動かし始めたのであった。
「外伝:再び紡がれる真実の愛、渡されるバトン 前編:香澄と博康それぞれの願い、分かたれた道」をお読みいただき、ありがとうございます。
この外伝では博康と香澄の関係にスポットライトを当ててみました。
是非二人の過去、そして未来がどうなるのかを見てあげてください。
ちなみにこの外伝が終わりますと、『幼馴染の境界線 ―僕の祈りと、君の憧れ―』の物語は完結となります。完結後の予定などは、活動報告に載せていますのでよかったら覗いてみてください。
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明日は後編を投稿しますのでよろしくお願いします。




