第9章 第五話:特別な時間はディナーの後で
水族館を出て、冷たい夜風に当たりながらタワーへと戻る道すがら、二人はホテル内のレストランで軽く食事を済ませた。
だが、最高級の料理ですら、今の二人にとってこの後のことを考えると緊張し、十分に楽しむことは難しかった。
「……美味しかったね、ヒロ」
「ああ。……でも、なんだか味をあまり覚えてないや」
浩紀の言葉に、杏奈が少しだけ顔を赤らめて頷く。
二人の心は、すでにここではない「どこか」へ向かっていた。
ーーー
客室フロアへと向かう直通エレベーター。
カードキーをかざすと、カチリという小さな音と共に、箱は滑らかに上昇を始めた。
外界と遮断された、わずか数十秒の密室。
「食事の時……ずっと、私のこと見てたでしょ?」
杏奈が、隣に立つ浩紀を上目遣いで見つめた。 上昇する加速感で、身体がわずかに沈み込む。
「……バレてたか。アンがあまりに綺麗だったから。さっきの水族館の余韻が、まだ抜けないみたいだ」
「ふふ、私もだよ。……でも、さっきのディナー、実を言うと私……お腹空いてたはずなのに、全然喉を通らなくて。ヒロの視線が熱くて、胸がいっぱいになっちゃった」
杏奈は、浩紀の手をぎゅっと握りしめた。
「そういえば杏奈の両親はよく今日のお泊りを許可してくれたよね」
「ああ、お父さんはちょっと難しそうな顔してたけど、お母さんのヒロへの信用が高いから……。それに……ちゃんと避妊はしなさいよって……」
杏奈は顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。
「それよりヒロの方はどうだったの?」
「両親に電話してアンと付き合いだしたこともまとめて報告したら、『杏奈ちゃんがお嫁さんに来てくれるなんて最高じゃないか!絶対に逃がすんじゃないぞ』って逆にはっぱかけられた……」
「ヒロのご両親は相変わらずだね」
そう言ってくすくすと笑いあうのであった。
そしてひとしきり笑った後、見つめ合う二人。
「部屋に行こう? 早く二人きりに、なりたい」
デジタル表示の数字が、二人に部屋のある階へと近づいていく。
浩紀はその細い手を引き寄せ、杏奈の耳元で低く囁いた。
「ああ。……今夜は、誰にも邪魔させないから」
チーン、という小さな電子音が響き、扉が開く。
その先に続く静かな廊下は、二人を日常から切り離す、特別な空間への道だった。
ーーー
部屋のドアが閉まり、ロックがかかる。
浩紀は、照明を点けるよりも先に、杏奈を壁際へと優しく追い詰めた。
「アン。……愛してる。さっきのショーの時から、ずっと言いたかった」
窓の外には、宝石箱をひっくり返したような品川の夜景。
けれど、浩紀の瞳には、月明かりに照らされた杏奈の潤んだ瞳しか映っていない。
「ヒロ……。私も、愛してる。……もう、単なる幼馴染じゃない。ヒロだけの女にして」
杏奈の手が浩紀のシャツに触れ、震えながらボタンに指をかける。
薫の残した毒も、沙織への遠慮も、博康への古い恋心も。
今、この部屋の熱気が、すべてを真実の愛へと塗り替えていく。
二人は吸い寄せられるように唇を重ね、広いベッドへと沈み込んでいった。
シーツの海に溺れながら、二人の鼓動は一つに溶け、長い、長い、誓いの夜が始まった。
第9章 第5話をお読みいただきありがとうございます。
今回の題名は櫻井翔さんと北川景子さんが主演で、テレビドラマ化されたものをヒントにさせてもらいました(笑)。今回は二人だけの場所で、本当の意味で浩紀と杏奈が一つになる場面について書かせて頂いております(ちなみに8章の最終話では杏奈が朝まで浩紀を抱きしめて癒していた状態でした)。
今後も、是非最後までこの物語にお付き合いください。
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明日も夜19時15分に




