第9章 第二話:禁断のチョコレート(薫)
「……随分と、楽しそうですね。お兄ちゃん」
ふいにかけられた薫の静かな声にビクッと浩紀の身体が跳ねる。
「薫ちゃん……」
薫は柔らかな妹の笑顔を作り浩紀に近づいて行く。
「浩紀お兄ちゃん、そんなに警戒しないでくださいよ。……悲しくなっちゃいます」
「ああ、ごめんよ。それでこんな時間にどうしたんだい?」
浩紀は動揺を必死の隠そうとして、薫に問いかけた。
「もちろん、お兄ちゃんにチョコを食べてもらおうと思ってっ来たんですよ」
薫がかばんから綺麗にラッピングされたチョコレートを取り出した。
「今年は浩紀さん以外の男子には誰にも上げてないんですよ……」
薫は熱を帯び歌視線で浩紀を見つめた。
「私の自信作なんです。……よかったらここで一つ食べてもらってもいいですか?」
「薫ちゃんの自信作ならそれは楽しみだよ。是非食べさせてもらうね」
薫はその言葉を聞き、放送を外した。
薫は流れるように箱からチョコをひとつ摘まむと、浩紀の眼前に突き出した。
「お兄ちゃん、あーん」
「か、薫ちゃん、自分で食べれるから」
「駄目ですよ。これは私が食べさせてあげたいんです。どうしてもいやですか?」
上目遣いに見詰める薫を、浩紀は無下にはできなかった。
「……なら一つだけだからね」
そう言って口を開ける浩紀であった。
「はい、どうぞ」
薫は指を奥までしっかりと入れた。
「……お姉ちゃんのチョコは、きっと真っ当に甘いんでしょうね。でも、お兄ちゃんの身体が本当に欲しがっているのは、こっちの味だってこと……私が一番よく知っていますから」
薫の声は、熱を帯びた吐息となって浩紀の耳元を撫でた。
彼女はゆっくりと、浩紀の口内にあった指を引き抜く。
指先には、体温で溶け崩れたチョコレートの溶けた跡が、艶やかな蜜のようにこびりついていた。
「……っ」
浩紀が声を失い、立ち尽くしていると、薫はその濡れた指先を浩紀の目の前まで持ち上げた。
窓から差し込む夕闇の赤が、その指先を不気味なほど鮮やかに照らし出す。
「見て、お兄ちゃん。……お兄ちゃんの中の温度で、こんなに溶けちゃった」
薫は、浩紀の瞳をじっと見つめて逸らさない。
逃げ場を塞ぐように至近距離で、彼女は自分の指についた「浩紀の体温で溶けたチョコ」を、ゆっくりと、陶酔したような表情で舌に絡めた。
「……ん……。ふふ、すごく……熱くて、甘いです」
あからさまな挑発。
そして、有無を言わせぬ独占欲。
自分の唾液と浩紀のそれが、チョコを媒介にして混ざり合う。
浩紀はその光景から目を離すことが出来なかった。
その背徳的な光景を、薫はわざと浩紀に「見せつける」ことで、彼の記憶に消えない禁断の蜜を塗ったのだ。
「……お姉ちゃんとキスをする時、この味を思い出さずにいられたら、お兄ちゃんの勝ち。……でも、そんなの無理ですよ。もうお兄ちゃんの喉には、私の味がこびりついてるんですから」
薫は指先を綺麗に舐めとると、満足げに微笑んで、まるで聖母のような優しい顔に戻った。
「行ってらっしゃい、お兄ちゃん。……その口が私の味を忘れる前に、帰ってきてくださいね。……大好きですよ、浩紀さん」
最後に一度だけ、一人の女としての名で彼を呼び、薫は静かに生徒会室を出ていった。
冷え切った生徒会室に残されたのは、荒い呼吸を繰り返す浩紀と、口の中に残る狂おしいほどの甘み。
浩紀は、震える手で自らの唇を拭った。
しかし、薫が刻み込んだ「味」は、心臓の奥深くまで浸透し、彼を内側から縛り付けていた。
第9章第2話をお読みいただきありがとうございます。
最初のこの題名はあの有名な「禁断の果実」からヒントを得ています。
この話でも、薫のチョコレートを食べたらもう「杏奈」という聖域に戻れなくなってしまわないか不安になってしまいます。
でも彼ならきっと克服してくれると信じ、ブックマークと評価☆のパワーを使って応援してあげてください(笑)。
本編完結まであとわずかとなってきました。出来ましたらブックマーク&評価☆にて応援していただけますと、作者冥利に尽きます。
明日も19時15分に投稿しますので、よろしくお願いします。




