第8章 第九話:甘い誘惑と新たな執着
生徒会の会議が終わった後の生徒会の資料室。
冷たい空気の中、浩紀と薫だけが残っていた。
浩紀は薫に二人で相談したいことがあると言われて残っていたのであった。
二人以外誰もいなくなった部屋で扉に鍵をかけた薫は、自らの服をすべて脱ぎ捨て、その白く震える肌で浩紀に抱きついた。
「……一度だけでいいの。お兄ちゃん、私を抱いて……」
浩紀の理性が、甘いバニラの香りに溶けそうになる。
吸い付くような肌のぬくもりに、浩紀の腕も自然と彼女の細い腰に回った。
本能が「薫を抱いてしまいたい」そう囁いた瞬間、浩紀の脳裏に、ひまわりのように笑う杏奈の顔が浮かんだ。
「……っ」
浩紀は震える手で、優しく、けれど確実に薫の肩を押し戻した。
「……ごめん、薫ちゃん。……できない」
「っ、どうして……? 私じゃ、お姉ちゃんの代わりにはなれませんか?」
絶望に濡れた瞳で見上げる薫に、浩紀は逃げずにその視線を受け止め、静かに、けれど熱を帯びた声で告げた。
「……逆だよ。僕も薫ちゃんのことは好きだよ。……正直に言うよ。今、君を抱きたいと思ったのも事実だ。もし、僕にアンがいなかったなら……僕は間違いなく、今ここで君を抱いていたと思う」
薫の瞳が、驚きに大きく見開かれる。
「でも、僕は誰よりもアンのことが好きなんだ。アンが悲しむようなことは、どうしてもできない。……ごめん。君の気持ちには応えられない」
浩紀は床に落ちていた薫の制服のブレザーを拾い上げ、薫の肩にそっとかけた。
それから、優しげな笑顔で彼女の瞳を見つめながら言った。
「……わがままを言ってもいいかな。僕はこれからも、君に僕の『可愛い妹』でいてほしいんだ」
その声は、女としては拒絶しているはずなのに、どこまでも甘く響いた。
「時々でいいからアンに関する相談とか、アンに聞かせられないようなアンの愚痴や悪口なんかを聞いてほしいかな。あ、でも後半部分の内容は二人だけの秘密だからね」
浩紀は薫を元気づけようと少しだけおどけて見せた。
それは、重苦しい空気を和らげるための、彼なりの精一杯の優しさだった。
けれど、薫に諦めさせようとして発した言葉の中にあった「優しさ」の部分が、薫の心に深く、鋭く突き刺り、浩紀への執着をより深いものへと変えていった。
「……いいかな?」
「……はい。喜んで、お兄ちゃん」
浩紀はもう一度だけ、慈しむように薫を優しく抱きしめた。
その抱擁は、先ほどまでの衝動的なものとは違う、兄としての、そして幼馴染としての愛に満ちていた。
浩紀は彼女をゆっくりと離すと、振り返ることなく扉の方へと歩き出した。
鍵を開け、廊下へ出ていく浩紀。
パタン、と静かにドアが閉まる。
暗い部屋に残された薫は、浩紀が肩にかけてくれた制服を強く抱きしめ、恍惚とした表情で独りつぶやく。
(……お兄ちゃんは、私を『女』として見てくれた。そして、妹として私を傍にいさせてくれて、お姉ちゃんに言いえないことを私に話してくれると約束してくれた)
お姉ちゃん。私諦めないよ。お兄ちゃんが私を傍にいさせてくれる限り、私はいつまでも浩紀さんを想い続けてみせるから……。
(……焦る必要はありません。お兄ちゃんが私を一人の女性として抱きたいといってくれたこと、恋人としてでなくても私を特別だと言ってくれたこと、私との秘密を共有してくれるといったこと、これらの『特別』を少しずつ育てていけば、いつか……)
薫は浩紀が触れた場所をなぞり、勝利にも似た暗い確信を抱きながら、ゆっくりと服を着直した。
薫の想像の中では、浩紀との未来が明確に映し出されていた。
第8章第9話をお読みいただきありがとうございます。
薫が女の武器を使っての実力行使を行ってきましたが、杏奈の存在が浩紀に本能に流されることを止めさせてくれました。
皆さんだったらどうしていましたか?
実際に私は流されてしまいそうな気が……、いやきっと薫の誘惑をはねのけてみせる!
そもそも誘惑してもらえなさそうですけどね(笑)。
今回踏みとどまった浩紀に「よく耐えた!」と思ってくれた方、「据え膳を食わぬとは何たるふがいなさ!」と憤っている方はブックマークと【評価☆☆☆☆☆】をつけてからから、意思表明をしてあげてください。
明日も19時15分ごろに投稿しますのでよろしくお願いします。




