第8章 第三話:愛する太陽と、安らげる影
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定期テスト前、杏奈の部屋で開かれた勉強会。
杏奈の両親は帰りが遅くなるとの事で、まだ帰宅していなかった。
最初は三人で勉強をしていたが、途中で杏奈が「ヒロに美味しい夜食を作るね!」と意気込んでキッチンへ降りていった。
静まり返った二階の部屋。教科書をめくる音だけが響く中、薫がふとペンを置き、隣に座る浩紀をじっと見つめた。
「……浩紀さん。今、お姉ちゃんは台所に行っていないから、肩の力抜いていいんですよ」
不意を突かれた問いに、浩紀は苦笑いを浮かべた。
「ありがと。でも、アンの前で無理したりしてないよ。アンが笑顔でいてくれるなら、俺は何だってできる気がするんだ」
迷いのない、真っ直ぐな言葉。けれど、薫はその言葉の裏にある「張り詰めた糸」を見逃さなかった。彼女は体を浩紀に近づけ、声を一段と低く、柔らかくする。
「でも……一人になって部屋にいる時、ふーっと肩の力が抜けるようなことは、ないですか?」
「それは……」
浩紀は言い淀んだ。確かに、杏奈の「最強の信頼」に応えようと、自分を律し続けている自覚はある。
彼女の理想の王子様でありたいと願うほど、心は常に高揚し、同時に少しずつ摩耗もしていた。
「……まぁ、少しは……あるかもしれないな」
浩紀が初めてこぼした小さな弱音。
薫は(想定通りの流れ……)と心の中で静かに、そして深くほくそ笑んだ。
「浩紀さん。ううん、あえて二人きりの時は、また『お兄ちゃん』って呼びますね」
「薫ちゃん?」
「これから妹の私と二人だけの時は、肩の力を抜いて、素のお兄ちゃんでいていいですからね。お姉ちゃんには見せられない、カッコ悪いところも、疲れた顔も……妹の前でならするのは当たり前ですから」
その言葉は、浩紀の胸に驚くほどスッと溶け込んでいった。
恋人である杏奈にだけは、いつまでも「カッコいい俺」でありたい。
だからこそ、自分の泥臭い部分や疲れを「妹」として受け入れてくれるという提案は、彼にとって救いそのものだった。
「……そっか。そうだな。ありがとう、薫」
浩紀がふっと肩の力を抜き、穏やかに微笑んだ。その表情は、杏奈の前で見せる凛々しいそれとは違う、年相応の少年の、無防備で優しい顔だった。
その瞬間、薫は胸が大きく波打つのを感じた。
(……っ!)
心臓がドキリと跳ね、呼吸が止まりそうになる。今までもずっと近くで見ていたはずの浩紀の、その無防備な笑顔が、あまりに愛おしく、そして独占したいほど魅力的だったからだ。
(……やっぱり、私は浩紀さんが好き。……たとえお姉ちゃんに恨まれても、絶対に手に入れたい!)
薫は、これまでも一途に浩紀を思っていたが、どこか浩紀の隣にいる姉への遠慮があった。しかし、今の薫の瞳には姉への遠慮を捨てた「本気の恋の炎」が灯っていた。
彼女は、浩紀を二度と逃がさないと誓うように、満足そうに目を細め、彼の腕に自分の頭をそっと預けた。
浩紀は、その薫の様子を純粋な妹の甘えだと思い込み、慈しむように彼女の頭を撫でた。
「薫ちゃんはホントに優しいな。こんなにかわいくて優しい妹がいるなんて、俺は幸せ者だな」
(そう……、それでいいんです、お兄ちゃん……。お姉ちゃんが太陽で、あなたを焼き続けるなら、私はあなたを包む『影』になる……)
そこへ、一階から「ヒロ、薫、サンドイッチできたよー!」と杏奈の弾んだ声が響いた。
浩紀はパッと表情を切り替え、いつもの「完璧なヒロ」として背筋を伸ばした。
「ありがとう、アン! 今行くよ」
二人は階段を駆け下りる。
浩紀の背中を見つめる薫の瞳には、杏奈の知らない「秘密」と「本気の覚悟」が、宿っていた。
第8章第3話をお読みいただきありがとうございます。
この話では杏奈が席を外したすきに、するりと浩紀の懐に入り込もうとする薫を描いています。
妹という免罪符が浩紀の心のドアを緩くしてしまっているのも薫らしい戦略ですよね。
浩紀と杏奈と薫の今後から目が離せません。
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明日も19時15分から1話投稿しますので、よろしくお願いします。




