第17話『The best place to hide a leaf is in a forest.』
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【神栄教民主共和国 衛星ザルディアン 居住区】
≪AM11:00≫
商業色が強い街並みの中を歩きながら、エルディンは威勢の良い客引きの声の中を掻い潜っていた。時刻は間もなく昼時を迎える。どの店もランチの書き入れ時前から客を招き入れようと必死だった。
「(……ドームを二つ跨げば別世界だな)」
賑やかな街並みを歩きながらエルディンは隠れ家のある廃墟だらけのドームを思い出して苦笑する。人だかりを抜けて小さな路地に入ると、エルディンは待ち合わせ場所であるレストランを見つけて足を踏み入れた。
店内にはゆったりとした音楽が流れており、近くの企業で働く人や、近隣で暮らす住民が少し早めの昼食を取る姿があった。それでも昼前の空いた状況であることは変わりなく、エルディンはテーブル席には目もくれず立ち席のカウンターに向かう。そして適当な場所で肘を乗せると、バーテンダーと思しき男に声をかけた。
「ベーラを」
「お待ちを」
真っ昼間に酒を頼む若造を見れば、親の金で放蕩する富裕民か、なけなしの金で酒を煽る落伍者のいずれかに絞られる。どうやらバーテンダーはエルディンを前者と選別したらしく、少し誂うような笑みを浮かべながら琥珀色の酒が注がれたグラスを差し出してきた。
「昼からとは羨ましいね」
バーテンダーの言葉にエルディンは美しい笑みを返してからグラスを傾けてベーラを一口含む。その瞬間に口の中にはホロ苦さと一緒にレオンドラ星で育ったであろう原材料のハッピの香りが広がった。
エルディンは口に含ませすぎず程よい量を喉に流し込んでいると、バーテンダーの背後にある店員の控室から店主と思しき男が現れ、エルディンを見るやすぐに歩み寄ってきた。
「いらっしゃいませ。奥でお連れさんがお待ちですよ」
その言葉にエルディンはベーラを一気の飲み干すと「ふぅ」と小さく息を吐きだしてからグラスを置いた。そして懐からベーラ代に色を付けたバーテンダーへのチップを置くと、奥にある個室に向かって歩き始める。
個室を仕切っているカーテンに手をかけて横にスライドさせる。そこにはアイゴティヤ星人特有の角を生やした老紳士が美しい作法で昼食をとっていた。老紳士はエルディンの姿を確認するとナプキンで口元を拭いてから立ち上がり、着用していたスーツを伸ばしてから手を差し出してきた。
「お久しぶりですな」
無害でありながらも一切の隙を見せない老紳士が差し出す手を見て、エルディンは彼同様に形式上の笑顔を作る。そしてシワが刻まれながらも固くゴツゴツとした老紳士の手を握りしめた。
「久しいね。他のみんなは元気かい?」
「さぁ? 私も長い事会っていませんので。ただメリッサ嬢は貴方に会いたがっているようですよ」
「だとしたら僕が会う時間を作るほどの成果を見せてほしいね。貴方のように」
エルディンがそう告げると老紳士はまたしても作ったような笑みと「恐縮ですな」という言葉を口にする。それを合図に手を離すと二人は向かい合って腰を下ろした。
「早速だけど見せてもらおうか。昨晩僕に送った情報の続きを」
「ええ、少々お待ちを」
老紳士はそう言ってテーブル上の皿を丁寧に横に動かすと、卓上にチップ式の照射器を置いて取りまとめた資料を浮かび上がらせた。
十数ページに渡る資料を全て展開させたエルディンは速読でそれらの資料に目を通してからチラリと老紳士に目を向けた。
「ご察しの通りですな。ザイアン隊は今宵より新型BEの起動実験に入ります」
「急な話だね」
「時期的に良いのですよ。何せ今夜から暫くの間ジュラヴァナ星宙域は電磁嵐に覆われる。いわばこの海陽系において孤立化されるのです。このように情報が漏れても帝国本土に知られるまで時間を稼げますからな」
老紳士はそう言って浮かび上がる資料に手をかざしながら微笑む。エルディンは返答のように微笑み返すと一枚の二次元ディスプレイを手に取りその中の画像を拡大させた。
「この起動実験の着用者という怪僧だが……この人物の情報はこれだけかい?」
エルディンの問に老紳士はコクリと頷いた。
「残念なことに。神栄教からすれば異端者を匿っているなどスキャンダル以外の何物でもありませんからな。その写真データだけでも他の情報屋からすれば垂涎の代物となりましょう」
「性別だけでも分からないかい?」
「心苦しいですが。しかし何故そこまでこの怪僧に?」
「……少し因縁がある相手の可能性があってね。キミで言うカンム・ユリウス・シーベルのようなものさ」
エルディンがそう告げると老紳士の表情筋がピクリと動く。その分かりやすい反応にエルディンは再び微笑み返すと、チップ式照射器のスイッチを押してデータを消し去りポケットにしまい込んだ。
「食事中に申し訳なかったね」
「いえいえ。貴方にはあの男の情報をいただいておりますので……しかし、個人的に気になることがありますな。かつての八賢者カンム・ユリウス・シーベルは、重犯罪歴があることから軍を抜け、今は民間軍事組織を率いて表舞台からは一切姿を消しているはず……どうやってこれほどの情報を得ているのです?」
老紳士の言葉にエルディンは苦笑した。
彼を含めエルディンが裏で動き回るために手を組んでいる面々は、誰もエルディンの素性を知らない。プライベートは干渉せずに裏仕事を来た時と、互いの利害関係が一致した時のみ手を組むのが彼等の暗黙のルールだった。
「互いの情報網を公開するのは下策だな。……それが許されるなら、僕も個人的に興味があるよ。君はいずれカンム・ユリウス・シーベルに挑むつもりかい?」
エルディンの返答に老紳士は同じく苦笑する。そして小さく頭を振りながら、まるで何の力も無い弱者のように口を開いた。
「滅相もない。こんな老人が八賢者に敵うはずもありません……ですが一矢は報いれればと思っているのも事実と申し上げておきましょうか」
最後に老紳士が見せた冷たい視線にエルディンは少し寒気を感じた。裏で手を組む面々の素性は知り得ないが、エルディンはこの老紳士は先の戦争で宰相派に属していた元軍人という経歴を持っていることだけは知っていたのだ。
「(未来のない人間は過去を精算したがるものかもしれないな……)」
老紳士を見つめながらエルディンは心の中でそう呟くとゆっくり立ち上がった。
「じゃあ僕はこれで失礼するよ。協力感謝する」
「ええ。条件が合えばまたお会いしましょう」
老紳士の会釈に小さく頷きながらエルディンは再びカーテンに手を掛ける。そしていつの間にか賑やかになっていた店内を見渡しながら店を後にした。




