第15話『Seasonal scenery』
【神栄教民主共和国 衛星ザルディアン 居住区画】
≪AM08:50≫
帝星ラヴァナロスの衛星ジオルフと違い、衛星ザルディアンの質量はごく普通の衛星と変わらない。そのため、このザルディアンにはジオルフのように空気が存在しないため外で生活するのは不可能だった。このようなザルディアンのような普通の衛星には巨大なドーム型のスペースがいくつも建造され、それらを無数の道が繋げていた。
「……メガ広いね」
リオはトラックの助手席に備え付けられた窓から外を眺めながらそう呟く。大気に覆われていない衛星に建造されるドームは高さが千メートル以上、直径数キロメートルと一つの街と言っても差し支えない巨大さを持ち、ドーム内には浄化された空気と帝国基準法で定められた人工重力を帯びていた。
ザルディアンに到着した四人は帝国からの支給物資に紛れて潜入し、二手に分かれて指定された隠れ家に向かっていた。リオの隣でトラックを運転していたエルディンは、彼女のつぶやきを嘲笑するかのように小さく鼻を鳴らした。
「士官学校に通うような上流階級者は衛星になど来たことがなかったのかい?」
皮肉めいたその言葉にリオは少し頬を膨らませる。そして少しムスッとしたまま反論した。
「んな訳ないでしょ。というか士官学校が上流階級者だけっていつの時代の話? 今じゃB.I.S値が一定以上であれば誰でも入れるんだから」
「ふ……なるほど。君はそう感じるわけか」
またしても気障ったらしく鼻を鳴らすエルディンに対してリオは少しムッとしながら訂正する意味も込めて口を開いた。
「あと衛星なら士官学校時代に殆ど行ってるわよ。でもジオルフを除けば衛星の中でこのザルディアンはドームの数や規模は他の衛星とは比較にならないでしょ? 設備も規模も帝国内じゃ一番だろうし」
リオはそう言って窓に頬をつけて上空を見上げる。そこには人工の雲がチラホラ見え、その先には分厚い超強化ガラス越しに宇宙空間が広がっていた。そんな彼女を尻目にエルディンは正面を見据えたまま珍しく自分から口を開いてきた。
「この衛星がほかと比べて設備が充実しているのは偏に神栄教のせいさ。ここは多くの巡礼者だけでなく、軌跡先導法に引っかかり職を持てない信者が暮らしている。近々またドームの増設されるらしい」
他人事のようでありながらどこか苛立ったような笑みをを浮かべるエルディンはそう口にする。そして右手でハンドルを握り、左手でラゴール号からくすねてきたらしい飲料水が入ったボトルを手にしながら言葉を続けた。
「僕達が生まれる以前……この帝国に不況という言葉が盛んに使われていたらしい。いわば経営が傾く企業が多発することで、国民の収入が減って支出が激減し、経済が回らなくなる事態だそうだ。だが、その時から神栄教だけは今と変わらない繁栄を極めている。いつの時代も宗教だけば儲かるものなんだよ」
初対面時には考えられない程よく喋るエルディンの横顔を見て、リオは少し驚いたような表情を浮かべる。そして彼の言葉に応えるかのように正面に向き直ると相槌のように同意の言葉を返した。
「信徒なき神は無力だからね。宗教は生き残ってるだけで儲かってることを証明してるわけだ」
「それだけじゃない。宗教が反映するのは常に民衆が不安を抱えている時だ。今回の僕らの仕事の結果次第ではますます増えるかもしれない。となれば潤うのはこの神栄教とライオット・インダストリー社のような軍需産業だけだろうね」
「なるほどね……ねぇ。エルディン君は神栄教がフマーオスと繋がってると思う?」
ジオルフに居た時より口数が多いエルディンにリオは思い切って尋ねてみる。彼は恐らく他の二人より相当頭が切れると踏んでいたのだ。
今回から行動を共にする同世代の三人のことをリオは把握する必要があった。彼女のこれからの目的のためには、彼らを利用する必要があったからである。その内一人であるアークは相当な場数を踏んでいるせいか自身の生に執着がない節があり、もう一人のメアリーは情報収集に秀でているだけあってこちらの行動を見透かしているような余裕がある。そして今隣りにいるエルディンはドス黒い感情を抱えながらも二人よりも常に数歩先を見据える雰囲気があった。
「……君はどう答えてほしいんだい?」
解れかけていた表情が再び氷のように冷たくなるエルディンに対してリオは柔らかさを保ったまま苦笑した。
「何で私の話になんのよ。私はあくまでもエルディン君の推察を聞こうと思ってるの。これからのためにね」
「不快だね。僕が君に助言を与えると思ったのかい?」
「うん。これから一緒にやっていく仲間なんだから情報や知識の共有は必要でしょ?」
「仲間ね……耳障りのいい言葉を言う人間は信用しない方がいい。僕が言える助言はこれくらいだ」
「ムム……」
踏み込んだ瞬間に一気に心を閉ざしたエルディンにリオはまたしても頬を膨らませる。しかし収穫はあった。先程のアークといいこのエルディンといい、恐らくメアリーにも共通した物がある。彼等三人は人に利用されることを極端に嫌う性分であるに違いなかった。
トラックに揺られながら二つのドームを通過し、やがて辿り着いたのは最も旧式のドームだった。他のドームと比較して設備は整っているとは言い難く、ドーム内にはエアカー用の空路どころか旧式の地上道路しか存在しなかった。どことなくスラム街を彷彿とさせるそのドーム内を走る内、辿り着いたのは人気のない場所に立つ小さなビルだった。
二階建てのビルの外壁は所々に苔が生え窓には亀裂が入っている。それは隠れ家というよりも廃墟という呼び名のほうがお似合いだった。一階はどうやらエアカーを入れる車庫になっており、二階部分が居住スペースのように見受けられる。その光景を目の当たりにしたリオは思わず顔を顰めた。
「メガボロ……しかも窓が多すぎ。襲撃されたら終わりじゃん」
まるで愚痴るようにリオはそう呟くが、エルディンは彼女の声など聞こえていないかのようにトラックを進ませ、既に到着していたもう一台のトラックの横につけて停止させた。
エルディンは窓を開けて隣に停車するトラックの窓をコンコンと叩く。しかし助手席に座っているアークは大口を開けて目を覚ます様子がない。しかしそんな彼を無視するかのように窓はスライドして開いていった。
「ここかい?」
エルディンが尋ねると運転席のメアリーがアークを避けるように前屈みになってエルディンの顔を覗き込んできた。
「うン。ばってン、こがなボロアパートば用意するなんてボスも意地悪じゃネ」
「いや、そうでもなさそうだ」
エルディンはそう言って小さく口角を上げると、懐から端末を取り出して何かを打ち込み始めた。
小気味よく端末を叩く音が途切れると、少しの間をおいて妙な地鳴りが響き始める。リオは正面の廃墟に視線を投げると、車庫のシャッターが開いていった。しかし、その感覚にリオは違和感を感じていた。シャッターの扉が開くくらいで地鳴りが起きるはずがないと思ったからだ。
「うわっ……何あれ」
リオはまたしても驚いたように声を上げる。開かれたシャッターの先にあるのは何の変哲もない車庫なのだが、床部分が斜めになって地下へと続く通路に繋がっていたのだ。
「地下か……あとは脱出経路さえ何とかしておけば問題ないだろうね」
エルディンは事もなげにそう告げると、隣でリオ同様に口をパクパクさせているアークとメアリーを尻目にトラックを進ませていった。
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【神栄教民主共和国 衛星ザルディアン 隠れ家】
≪AM09:36≫
たどり着いた隠れ家の地下スペースはトラック二台でほぼ満室状態であり、残ったスペースには情報収集用の据え置きの情報端末が置かれたデスクと四人分のソファがあるだけである。そのうちの一つのソファに腰を下ろしたアークは明らかに溜息に近い深呼吸をしてみせた。
正直なところ、アークは今不機嫌だった。トラックの心地よい揺れの中で快適な眠りに入っていた中で無理矢理起こされたからだ。彼は睡眠中と性欲解消を邪魔される事を何よりも嫌っていたのだ。
「……んんっ!」
自分を起こしたメアリーに当てつけるように一つ咳払いを入れてからアークはソファの中で丸くなる。そして寝心地の良いポジションを探して位置を探っていると彼の安眠を妨害するかのように元気のいい声が響き渡った。
「脱出経路はあったよ! と言っても人しか通れないからそれ使う時はトラックと積荷を捨てなきゃだけど!」
奥から出てきたリオはそう言ってアークの前をズカズカと駆け抜けていく。薄目を開けて程よい肉付きの太腿を見送ってからアークは再び目を閉じる。しかし彼の安眠を妨げる声は響き続けた。
「さて、それじゃまずは当面の生活環境を考えて……」
リオは取り仕切るようにそう告げようとするとメアリーがそっと立ち上がった。
「ア、そのへんは任せるけン。私ちょっと出んといかんのヨ」
彼女の唐突な言葉にリオは「は?」と告げると、同じく端末をいじっていたエルディンも同様に立ち上がった。
「僕も所用がある。この生活環境については少尉さんにお任せしよう」
「は? え、ちょっと!?」
戸惑うリオを尻目に二人は外へ繋がる扉に足を運ぶ。するとリオは慌てて二人を追いかけながら声を荒らげた。
「で、出かけるってどこに!? やることは沢山有るんだよ!? ここはみんなで協力して……」
「ばってン、私も大事なことじゃけんネ」
メアリーは心にもないであろう申し訳無さを滲ませた微笑みを見せながらそう告げる。いや、一応足を止めるあたり、それ内に罪悪感は有るのかも知れなかった。しかしそんなメアリーとは対象的にエルディンは足を止めることなく口を開いた。
「仕事は今夜からだ。それまで自由にさせてもらってもバチは当たらないだろう?」
「いやそんなのギガ無責任じゃん!」
リオは慌てて彼を追いかけるが、エルディンは取り付く島もない様子で答えた。
「生憎だが僕らは少尉さんと違って軍属ではない。責任というのも成果のみでいいはずだ」
エルディンの物言いにリオは思春期の息子に悩む肝っ玉母さんのように頭を掻きむしった。
「かーっ! いつまで皮肉屋気取ってんの!? メアリーさんだって情報収集は早いうちからやっといた方がいいに決まってんじゃん! ね? 私も手伝うから!」
考え直してくれと言わんばかりに窘めるような笑みを浮かべるリオを見て、メアリーは一度立ち止まる。そして顎に手を添えながら、真剣な眼差しでリオの身体を凝視すると再びニコッと微笑んだ。
「残念じャ。私ば太腿よりおっぱい派なんヨ。少尉ちゃんばまだこれからじゃネ」
「え? 何の話してんの?」
ポカンと口を開けるリオに見向きもせず、エルディンは外に繋がる扉に手を掛けると一度だけ振り返った。
「今夜の作戦までには戻る」
そんな彼に続くようにメアリーもエルディンの後ろに駆け寄った。
「私ばもうちょっと早く帰れると思うけン。よろしくネ」
その言葉を残すと二人は扉の奥へ消え去り、再び地下ルームに静寂が訪れた。
外へ出ていく二人を呆然と見ていたリオの後ろ姿をアークはじっと見ていた。いや、正確には後ろ姿ではなく臀部である。
「(……いいケツしてんなー)」
リオのお尻を眺めながらアークの瞼は徐々に閉じていく。彼は今正に性欲と睡眠欲を同時に満たそうとしていた。……が、その怠惰な行動はあっさりと阻止されることになった。
「ぶっ!」
美少女のお尻を眺めながら寝るという最高のシチュエーションの中、それに似つかわしくない感覚がアークを襲った。横になっていた彼のこめかみにバチンという衝撃が走ったのだ。
先にも告げたように睡眠と性欲解消の邪魔はアークが最も嫌うものである。その二つを同時に妨害されたことでアークは思わず目を吊り上げて上体を引き起こすが、有無を言わさずにリオは彼の胸ぐらを掴んでソファの背もたれに押し付けてきた!
「何なのよこれ!! どうしてこうも全員自分勝手わけ!?」
「し、知らんよ! 何この絵に書いた八つ当たり?」
「戦争が起きるかどうかって話の仕事なのよ!? それが所用だ? メガムカつく!」
「だから俺に当たんないで! つーかそのメガって口癖何? クソダセェ!」
「ダ、ダサい!? この私が!? ギガムカつく!」
リオはそう告げるとその場で飛び上がり体を捻らせて胴回し回転蹴りを繰り出してきた! その攻撃姿勢は見事だがアークにとって躱せない攻撃ではない。しかしリオのスカートの下にあった水色の布地に視線を奪われたお陰でアークの頭頂部には彼女の足が突き刺さることになった。




