第14話『Be on sure ground before you accuse.』
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【星間連合帝国 衛星ザルディアン 神聖ザイアン隊基地 応接室】
≪AM29:00≫
熟練の手練れとなれば組み合った瞬間に相手の技量を測ることができる。
数多の戦地をくぐり抜けてきたフマーオス公国の国防大臣ベアトリス・ファインズはその技量を見抜くという点に置いて、かなりの洞察力があると自負していた。だからこそガッチリと交わした握手で神聖ザイアン隊隊長であるアンディ・ラフレインに感心せざる得なかった。
「(……なるほど。姉の威光でこの地位に就いた訳ではないようだな)」
ベアトリスはアンディの足元から舐めるように観察する。スコルヴィー星人である彼女は他の星の人間と比較して大柄である。しかし目の前のアンディはラヴァナロス星人でありながら彼女に引けを取らない程に大柄だった。
大きな手をそっと離すとベアトリス同様に実力を見計らっていたらしいアンディは少し警戒した様子の笑みを浮かべた。
「ほんならファインズ国防大臣。ライオット・インダストリー社から受け取った新型BEエネルゲイアはお預けします」
アンディの笑みにベアトリスは無表情のまま積み込まれる新型BEエネルゲイアを眺めた。
帝国専用BEよりも少しシャープなデザインのBEに一瞥を入れてから彼女は再びアンディに視線を戻した。
「感謝するラフレイン隊長。だが全てフマーオス公国の手に委ねてよろしいのか?」
ベアトリスの問いかけにアンディは少し複雑そうな笑みを浮かべた。
「国防大臣はんもお人が悪いでんな。神栄教にはこんBEがあっても、動かせるような異端者はおりまへんのや」
その笑みの中には何かを隠している節が垣間見える。ベアトリスはそう思いながらチラリと視線を彼の背後にいる側近達に移すと、彼等もどこか落ち着かない様子が見受けられた。
何かを隠している――とベアトリスは瞬時に感じ取っていた。しかもそれは自分たちに対してではない。身内間で何やら駆け引きがあると察したベアトリスは少し踏み入ったように尋ねた。
「ラフレイン隊長。我が公国にもそれなりの情報網がある。聞けばそちらにも怪僧と呼ばれる神痛力持ちがいると聞いているが?」
その言葉にアンディの表情は歪む。それは明らかに深入りしてきたベアトリスに対する嫌悪感からくるものに相違なかった。
アンディは不愉快そうな表情のまま言葉遣いだけは丁寧に告げた。
「……国防大臣。異端者はウチの国では重罪人と同じどす。そないなことがホンマやと思っとりはるんでっか?」
「無論、眉唾ものだろう。だが小さな引っかかりを見落した事で大事になるのは分けたいと思うのだ。こう見えて私は小心者でね」
ベアトリスはそう告げて微笑みかけるがアンディの表情は変わらなかった。
情報共有の意志がないと察したベアトリスは諦めたように鼻を鳴らすと、意識を切り替えるように微笑んでみせた。
「まぁいい。同盟国の国内事情に首を突っ込むほど私も愚かではないつもりだ。では、私はこれで失礼する」
「……ええ。また遊びに来てくださいや」
まるで邪魔者を追い払うかのようなアンディの冷たい視線を受けながらベアトリスは応接室を後にした。
廊下で待っていた秘書官達に出迎えられたベアトリスは小さく頷くと、彼らを従えて船に向かって歩き始めた。
「大臣。星王陛下より帰投のご指令が入っております。またティリオン閣下より帰投中に遭遇するであろう海陽電磁波から抜け次第新型BEの詳細データを送るようにとの指示が」
「分かっている。電磁波の通過にはどれくらい掛かりそうか?」
「宇宙気候士の話では恐らく二日ほどかと思われます。超速移動宙路が使えない以上、我々がフマーオス星に帰投する前に電磁波は抜けるかと」
「二日間か……その間、この星は海陽惑星系内でも隔離された場所になるというわけだ……」
この空白の二日間にこのジュラヴァナ星宙域で何かが起きる。何よりベアトリスからすれば、このような状況下で帝国が一切の動きを見せないことが不気味でならなかった。
ベアトリスは腕を組みながらこれからの問題点を整理しようと試みる。しかし、元々頭を使うのは得意ではない彼女にとってそれは非常に難儀な事であり、彼女は思わず黙考してしまった。
――「臣……大臣!」
慣れない頭を使う作業に没頭していたベアトリスは背後の声にハッとして立ち止まると、秘書官達の方に振り返る。すると秘書官たちはどこか気まずそうな表情で右隣の方に手を差し出した。
左向きに振り返っていたベアトリスは再び体を捻らせて右隣に顔を向けると、そこには男性とも女性とも取れない剃り上げた頭の若者が立っていた。僧官と思しきその若者は少し怪訝な表情を浮かべながら歩み寄ってきた。
「ようやく静止してくださりましたな。ベアトリス・ファインズ国防大臣」
少し弾んだ息遣いから、ベアトリスはこの若者の呼びかけに気付かず歩みを止めなかった事を察する。そして少し慌てながら謝罪した。
「ああ、これは申し訳ない。少し考えがまとまらなくてな。君は?」
「へぇ。私はシャオロン・ルネモルン言います」
その自己紹介にベアトリスは思わず目を見張った。
神栄教教皇にしてこの海陽系最大の特異点と呼ばれるコウサ=タレーケンシ・ルネモルン。その男には血を分けた息子と血縁のない双子がいるという噂があった。そして双子の片方は熱心な神栄教信者であり、もう片方は放蕩の限りを尽くす落伍者という情報もベアトリスの耳に届いていた。
「ほう。君が教皇様の……」
「父ではおましますが、今や教皇猊下と一僧官と代わりまへん。そして今は枢機卿の名代になります」
まるで任務をこなすドロイドのようにそう告げるシャオロンの言葉にベアトリスは再び眉を顰めた。
「枢機卿とは、君の御母上であるメルティ・ルネモルン枢機卿のことか?」
「へぇ。あくまでも私としましては不本意な仕事ですが仕方ありまへん」
シャオロンはそう告げて懐に手を入れる。その仕草にベアトリスの背後に立つ秘書官達は警戒心を露わにするが、ベアトリスは片手を上げて彼らを制した。目の前の若者の目的が奇襲などではないと彼女は長年の勘ですぐに察したからだ。
シャオロンが懐から取り出したのはベアトリスの予想通り物騒なものではなく映写機だった。
「御覧ください」
シャオロンはそう告げて映写機を床に放り投げると、球体の映写機はベアトリスの前でピタリと止まり、実物大の美しい女性を浮かび上がらせた。
『ファインズ国防大臣。お呼び止めしてエライ申し訳おまへん』
浮かび上がったメルティ・ルネモルン枢機卿の姿を見下ろしながらベアトリスは思わず会釈しそうになる。しかしその姿は通信ではなく記録映像である事を察した彼女はその動作を慌てて止めた。そんな彼女の心中など察するはずもなく、記録された枢機卿の映像は淡々と話し続けた。
『今日はお願いがあってご連絡させてもらいました。恐らく、我が愚弟のアンディ・ルネモルン隊長は新型BEエネルゲイアを全て公国はんにお譲りすると言うたかもしれまへん。せやけどそれは教皇猊下の真意とちゃいます。今回は届いた五着の内、二着はウチで預からせてもらいます。突然の申し出はすんまへん。どうか堪忍しておくれやす』
枢機卿はそう言って頭を下げると映像はゆっくりと消え去っていった。
メルティの姿が消えたことで再び明確にベアトリスの眼前に浮かび上がったシャオロンの姿を見て、彼女は思わず目を細めて威圧するように尋ねた。
「随分と急な話だな。ラフレイン隊長はこの星にBEがあっても意味はないと申していたが?」
「私もその意見には同意です。ですが教皇猊下と枢機卿が仰る以上、私は従うしかありまへん」
明らかに不服そうなシャオロンの様子を見るに、この神栄教内でも恐らくいざこざが起きているということが垣間見えた。
ベアトリスは急な提案を不服に思いながらも神栄教側の提案を飲むことにした。仮にアンディ・ラフレインの言葉通りであれば、このBEも神栄教にあっては絵に描いた餅に他ならない。そしてここで譲歩してやることは、これからの同盟関係に置いて公国が優位に立つ貸しになるとも思えたのだ。
「承知した。では我が国は3着いただいていく。……ちなみに、ここにBEを残して意味はあるのかな?」
ベアトリスは引っ掛かるはずない罠をかけるように単刀直入な言葉を投げかけると、シャオロンは不愉快そうに目を逸らした。
「叔父上の仰るとおりこの国に神痛力持ちなどの異端者はいましまへん。……そうや……あの女は……」
「女?」
ベアトリスは思わぬ証言に目を見張る。しかしシャオロンもそれ以上口にするほど愚かではないらしく、それ以上は何も告げずにベアトリスに頭を下げて去っていった。
早足で去っていくシャオロンの後ろ姿を見送りながらベアトリスは一抹の不安を感じていた。この海陽系で帝国に属する宙域にいる以上、神痛力持ちは帝国に管理されている。その帝国の手から逃れた神痛力持ちがこの星にいるとしたら……そしてそんな状況で生き延びる女性はベアトリスの知る限り一人しかいなかった。
「(……よもや……団長が……)」
彼女の予想が正しければ神栄教との同盟には不安が残る。
この海陽系最大のイレギュラーでありジョーカーともいえる存在……シャイン=エレナ・ホーゲンがこの星にいる神痛力持ちだとしたら、既に神栄教は帝国を打倒する算段が整っていると考えてもおかしくなかったからだ。
次回
第15話『seasonal scenery』
3月26日(土)AM10:00更新予定




