第六章 09 西の森へ
09 西の森へ
三月十五日、朝。
私はエビのパスタと海藻サラダの朝食セット50テニエルを食べ、弁当用にイカのはさみパン50テニエルとジュース20テニエル、蜂蜜メーコ焼き(クッキー)40テニエルを買った。
昨日は東の森へ行ったので、今日は西の森へ行くことにした。
朝の光の中、西へ泳ぐ。西の森も町からそれほど離れておらず、町を出て平原をしばらく泳ぐとすぐ森に着いた。
森と平原の境目をしばらく泳ぎ、トイレがあるか確認する。西の森も町に近い所に公衆トイレがあった。一回20テニエル。
私は安心し、森の中に入った。
「こっちの森はどんな魔物が出るかなー。雰囲気は東の森と似てるけど……」
隣で泳いでいるノアタムに私は言う。
「同じ地域で、生息する動植物も同じだからな。それほど変わらんとは思うが、油断は禁物だぞ」
並んで泳ぎながら、ノアタムが答える。
確かに樹木や海藻、その間を泳ぐ魚達は東の森と同じようだ。だが、東の森も昨日ちょっと探索しただけだ。すべてを知っているわけではない。
「緊張するけど、ちょっとワクワクもしてきた」
「魔物狩り屋らしいな。いいぞ」
そう話しているうちに、目の前に魔物が現れた。
ザーコウオだ。
「よし、こいつなら……」
私はナイフを抜き、身構える。ザーコウオの動きをよく見て突進をよけ、ナイフで切りつける。それを繰り返す。相手は一匹だったので、落ち着いて倒すことができた。
「まず一匹っと。でも、ザーコウオじゃそんな稼ぎにはならないね」
私は胸元を覗き、蓄光石の輝きを確認する。当然、輝きは銅の色だ。
「もうちょっと強い敵が出てきてもいいんだけど……。奥に行ってみるか」
私は森の奥へと泳ぎを進めた。
やがて、ざわっとした気配を感じた。そちらを見ると、木々の間に、初めて目にする存在がいた。
それは小型の人魚だった。三十センチぐらいの、人形のような大きさだ。
以前町で見た、小型の精霊と似ている。だがこちらに好意的な表情を向ける精霊とは違い、敵意だけを宿した目をしている。
背中からも魚のひれが生えており、蝶の羽のように広がっている。
「あれって……ピクシー?」
その魔物を見つめながら、私は隣のノアタムに聞いた。
「そうだ。これも日本のゲームやアニメで有名だな」
「確かに、ピクシーを人魚っぽくした感じだけど、ピクシーって、『いたずら好きのかわいい妖精』って感じじゃなかった? ゴブリンならともかく、ピクシーがあんな凶悪な顔……」
「ノアタムアにおけるピクシーは、人魚に敵意だけを持つ魔物、ということだ」
ノアタムがそこまで言ったとき、ピクシーが動き出した。
腕を振り上げ、口を開く。
「風よ!」
ピクシーが腕を振り下ろすのと同時に、ピクシーから私に向けて突風が吹き付けてきた。
「うわあ!」
風にあおられ、私は近くの木にぶつかる。
「魔法!? 魔物も魔法を使うの!?」
以前戦ったゴブリンも、耳まで裂けた口から悲鳴は上げていた。だが意味のある言葉は発していなかった。
「使える魔物もいる。魔物が強くなるにつれ、攻撃方法も多彩になるからな」
「……てことは、それだけ高いってことだよね!」
私は体を起こし、戦闘態勢に入る。
ザーコウオより強い敵が出てきて欲しいと思っていたところだ。こいつを倒して、支出を上回る収入を得るのだ。
「私だって風の魔法は使えるんだからね!」
ナイフは抜かずに、右の手のひらを上に向けて精神を集中する。見えない大きなうちわがあるイメージで、右手を振り下ろす。
「風よ!」
水流がピクシーに向けて吹き付ける。
「あれっ!?」
風はピクシーに直撃したはずだが、ピクシーはそれほど飛ばされず、同じ場所で少し揺らめくにとどまった。周りの木の枝や海藻が私の起こした風でそれなりに揺れたので、私の魔法が弱かったとは思えない。
「ノアタムアのピクシーは風の魔法を得意とする。だから風の魔法に耐性があるのだ」
ノアタムがそう言うのが聞こえた。
「そういうことね。じゃあこいつで……」
私はナイフを構え、ピクシーに向かって泳いだ。風の魔法が駄目なら物理攻撃だ。
ピクシーは人魚の姿とはいえ、目つきが凶悪なので親近感は沸かない。これは町にいる人魚達のような同類ではなく、倒すべき魔物なのだ、そう思える。
私はためらわずにピクシーにナイフを振り下ろした。
だがピクシーは体が小さいため、素早かった。私の攻撃をかわし、もう一度手を上げて振り下ろす。
「風よ!」
ピクシーの風の魔法に私はまた吹き飛ばされた。
「くそーっ! 私の魔法より威力があるな……」
ピクシーの起こす風は私の魔法より強いようだ。風の魔法が得意というだけある。
「でも、私の使える魔法は風だけじゃないもんね!」
私はナイフを右手に握ったまま、精神集中を始めた。
私は火の魔法も使える。それは、火の玉の形で投げることも、火の粉の形で降らすこともできるのだ。
ピクシーは素早いが、火の粉を広範囲に降らせば、どれかは命中するはずだ。
ナイフを握った右手と、左の手のひらを向かい合わせて気合いを入れる。両手の間が熱くなってくる。火の粉を握り固めたボールがそこに現れてくるように感じられる。
「炎よ!」
私は手の中のボールを投げつける。ボールは細かい火の粉になってピクシーに降り注いだ。
ピクシーは火の粉を避けようと右往左往するが、移動した先にも私の火の粉は降り注いでいる。火の粉はいくつもピクシーに命中した。
だが、魔法の範囲を広げたため、火の粉一つの攻撃力は弱くなっている。致命傷にはならないようだ。
そしてピクシーは更に憎悪を深めた顔つきになり、もう一度手を振り下ろした。
「風よ!」
ピクシーは魔法で風を起こし、私の火の粉を吹き飛ばした。
「あちい!」
ピクシーが吹き飛ばした火の粉が私の所まで飛んでくる。私の魔法は消えかかっていたが、まだ少しは熱い。私は返された自分の火の粉を振り払った。
「こいつめー!」
イラッときた私は、ピクシーに突進してがむしゃらにナイフを振り回す。ピクシーは素早く、頭に血が上った私のナイフはなかなか当たらない。
それでも、火の粉のダメージで少しは弱っていたのだろう、私のナイフがピクシーの背中のひれに当たった。ひれの一部がピクシーから切り離される。血は出ず、ひれは水中を少し漂って消えていった。ピクシーは生物ではなく、『魔物というエネルギー体』だからだ。
「風よ!」
ピクシーはまた風の魔法を使った。私は吹き飛ばされ、木にぶつかる。
……冷静になれ、がむしゃらに攻撃しても駄目なんだ。
私は自分に言い聞かせた。
落ち着いて、相手をよく見て、倒す方法を考えるんだ。
私はピクシーから距離を取って深呼吸をした。
火の粉の魔法は効いたのだ。だが火の粉は小さいから、ピクシーの風の魔法で吹き飛ばされてしまった。
だったら、火の玉の魔法にすれば、大きいから吹き飛ばされないだろう。
でも、ピクシーは素早いので、火の玉を確実に当てないといけない。
今、ピクシーを見れば、ピクシーも戦闘で疲れてきたのか、風の魔法をすぐには使ってこない。それに、ひれを切り落としたから動きも鈍ってきたようだ。
ピクシーの攻撃は風の魔法ばかりのようだから、風の魔法を一回やり過ごせば、次の攻撃まで時間ができる。その隙をついて火の玉の魔法をぶつければ、大ダメージを与えられそうだ。
ピクシーが風の魔法を使うと、私は吹き飛ばされて木にぶつかってしまう。だったら、吹き飛ばされないように木の幹にくっついておけばいいんじゃないか? そして、ピクシーが魔法を使った直後を狙って火の玉を投げつければ、それを当てることができるんじゃないか?
私はそう考えを巡らせた。
「よおし、行くぞ!」
私はナイフを構え、ピクシーに近づくそぶりを見せる。だが、太めの木の近くを選んで移動する。
ピクシーはもう一度腕を上げ、魔法を使おうとし始めた。
私は体の正面をピクシーに向け、背中を太い木の幹に密着させる。これで吹き飛ばされないはずだ。
「風よ!」
ピクシーの魔法が吹き付けるが、木の幹が支えになり、私はその場にとどまる。
だが、後ろに吹き飛ばされるなら衝撃も逃げるが、私は木の幹を背にしているので、風の圧力をもろに受ける。重たい布団で殴られるような、押しつぶされるような苦しさを感じる。
……でも、このぐらいなら反撃に移れる!
私はナイフを構えたまま両手を向かい合わせ、精神を集中する。今度は火の粉ではなく、大きな火の玉が現れてくることをイメージする。
手の中が熱くなってくる。ピクシーは魔法を使い終えたばかりで、まだ同じ場所にいる。今だ。
「炎よ!」
私は火の玉をピクシーに投げつけた。
ピクシーは、火の玉を避けるか風の魔法で吹き飛ばすか迷うそぶりを見せ、どちらの行動も取れずに、私の魔法を全身に受けた。
「ギャッ!」
ピクシーはうめく。だがまだ倒せないようだ。私はとどめを刺すため、ナイフを振りかざしてピクシーを目指す。
ズバッ!
火の玉を受けたピクシーは動きが鈍っている。私のナイフを避けられず、体に大きな傷が付く。魔物なので血は出ない。
ピクシーはもう一度手を上げ、魔法を使おうとするが、その前に私がナイフでもう一度切りつける。
「ギャアアァ……」
動きが鈍り、魔法が使えなくなれば、ピクシーは小さな魔物だ。私のナイフが大ダメージになり、動きを止めた。その姿は光になり、私の蓄光石に吸い込まれていった。
「ふーっ! 倒したー……」
私は大きく息を吐いた。




