第六章 04 質問(魔物の姿について)
04 質問(魔物の姿について)
「シンが初めて……、いや、『一人旅でしばらくぶりに』ゴブリンと戦ったときにも少し話をしたな。
精霊の外見と能力は人魚が設定し、国に申請して具現化する。
魔物は、精霊のストレスが自動的に具現化する。魔物の外見は、その地の人魚達の深層心理のイメージが反映される、と」
「うん。あのときはゴブリンもいたし、ゴブリンの下半身が魚ってことは、とりあえず納得したんだけど。
イメージが反映って、人魚が決めなくてもそうなるってこと?」
「うむ。シンもあのとき、『日本の妖怪と西洋の妖精は見ただけで区別が付く』と言っていただろう」
「言ったけど、それは河童みたいな妖怪と、ピクシーみたいなかわいい妖精が違うって意味でさ、河童とピクシーじゃ別物なのは当然でしょ」
「だが、地球の各地には、同じような異形の伝承があるのだぞ。例えば、西洋にも日本にも人魚の伝承がある」
「あっ、そういえばそうか。西洋の人魚って美人で人間と恋に落ちて悲恋、って感じだけど、日本の人魚って、ミイラになった怪物っぽい奴、って感じだよね」
「そういう伝承ばかりではないが、やはり、その地方の特色が出る。
人間の、自然に対する畏怖の念。暗闇や水場など、日常生活と違う場所での恐怖心。それらを人ならざる存在に擬人化する場合、その地方の人間になじみ深い物がモチーフに使われる。日本の妖怪の絵は、その時代の人間と同じような着物を着ているだろう」
「そりゃそうだよね。西洋の妖精は洋服着てるもん」
「地球においては、人間が想像力を働かせて異形の絵を描く。描き手が違っても、同じ地方であれば異形の姿はどことなく似た雰囲気になる。
ノアタムアでは、人魚が絵に描いたらこうなるであろうという異形の想像図が、実際に魔物として具現化するのだ」
「へえ……それはもう、絵に描かなくてもそうなっちゃうんだ」
「うむ。この世界は精霊や魔物が実在する世界だからな。人魚達が心に漠然と描いた魔物の姿が、実際の魔物の姿に影響するのだ。
だから同じ量の精霊のストレスでも、場所が違えば姿が違ってくるのだ。
シン、ちょっと地面に、『魚の絵』を描いてみろ」
ノアタムに言われ、私は指で、海底に魚の絵を描いた。シンプルな、楕円形の葉っぱのような魚だ。
「シンが思い描く『魚』はそんな感じなのだな」
「誰でもこんな感じじゃない?」
「だが、もっと丸っこい魚を描く者もいるだろう。ひれを大きく描く者もいるかもしれん。
『魚』と一口に言っても、イメージは人それぞれ違う。その者にとってなじみ深い姿が最初に頭に浮かぶはずだ。
シンの絵、ちょっとわしに似ておらんかな」
「似てないよ! ひれも長くないし、こんなの普通の魚でしょ!」
「ひれはともかく、胴体の長さはわしに近いだろう」
ノアタムは私の絵に近寄って体型を比べ始める。確かにひれの長さ以外は似ていなくもないが、私は一般的な魚のイメージで描いたのだ。ノアタムを意識したのではない。
「まあいい。話を元に戻すぞ。
つまり、この辺りには細長い形状の魚が多いのだろう。だから、『敵として現れる弱い魚』のイメージが、細長い形状のハリーギョになったのだ」
「あ……」
最初の質問の答えが返ってきて、私は納得した。
「そっか、ホクトの町の人達が魚の絵を描いたら、私の絵より細長くなるんだね。だから出てくる魔物がザーコウオじゃなくてハリーギョになったんだ」
私は森の中を見回す。自分の近くにいるのは小さな魚ばかりで、ザーコウオにもハリーギョにも似ていなかった。だが、森の外で探せば、細い魚が泳いでいるのかも知れない。
「そういうことだ」
「なるほどねー……」
辺りを見回していた私は、そこで言葉を切った。少し離れたところに、魔物がいる。茂みを出入りしたり海藻をついばんだりしている魚と違い、私に狙いを定めてまっすぐに泳いでくるのだから、魔物に違いない。
その姿は、よく知っている。今戦ったハリーギョ、ではなく……。
「ザーコウオじゃん!」
私は言いながらナイフを抜き、戦闘態勢を取る。
口がとがっているわけでも、牙が飛び出しているわけでもない。全体的には楕円形の葉っぱのような普通の魚だが、目には人魚への敵意だけが宿った存在。
「ザーコウオも出るんじゃん!」
私はザーコウオの突進をよけ、ナイフを振り下ろす。一撃では倒せないので、私は距離を取り、ザーコウオの反撃に備える。
「シンのように、旅の魔物狩り屋が大勢いる世界だからな。細長い魚の多い地域でも、楕円の魚のイメージを持った人魚も多く滞在する。だから魔物のストレスがザーコウオの形を取っても不思議ではない」
「なんだよ、もう!」
長々と講釈を聞いてやったのに。私はザーコウオと戦いながら毒づいた。
だが今は戦いに集中だ。雑魚とはいえ油断したら怪我をする。私はザーコウオの突進をよけ、ナイフで反撃するのを繰り返した。
やがて、ザーコウオは光になって私の蓄光石に吸い込まれていった。何度も戦った魔物なので、無傷で倒すことができた。
「ふう」
私は他に魔物がいないか確認した後、ナイフを鞘に収めた。それから服の下の蓄光石を取り出す。輝きはやはり銅の色だった。
「まだ500テニエル越えないか……」
「ここは森の外周近くだからな。シンのように、訪れる人魚もそれなりにいる場所だ。
人魚の生活圏から離れるほど、人魚の心の奥底に、日常生活と違う場所に対する恐怖心が広がる。心に漠然と描く魔物の姿も大きくなる。
それに、魔物は精霊のストレスだから、ストレス発散のために暴れ回り、人魚を襲う。だが人魚の多い場所ではすぐに退治されてしまうため、町の中にはまず発生しない。
魔物は、森や山など、人魚の生活圏ではないが人魚の出入りのある場所で発生する。
そして、人魚の気配が減るのに比例して強くなる、と考えていい。だからもっと森の奥に行けば、強い魔物がいるだろう」
ノアタムが私のそばに泳いできて言った。
「弱いのばっかり倒しててもお金にならないし。じゃ、もうちょっと先に進むかな」
私は森の奥に目をやり、蓄光石を服の下にしまった。




