第五章 02 質問(治安とか髪の色とか)
02 質問(治安とか髪の色とか)
「何なのー! 突然ー!」
緊張が緩み、息を吐くと同時に私は大きく肩も落とす。
近くに他の人魚はいないので、ノアタムが近寄ってきて話し出す。
「望み通りイケメンに迫られたではないか」
「イケメンぽかったけど女の人だよ! ていうか王子様って……。王子様がこんなとこで何してんの?」
「第三王子と言っていたからな。割と自由に過ごせるのだろう」
「でもお供の者とかもいなかったし、あの人お祭りに行く気なんでしょ? 王子様が一人でふらふらしてていいの?」
「ノアタムアは治安がいいのだ。まず、さっき説明したように、性犯罪が起こりにくい。
それから、『むしゃくしゃして暴れたかった』『誰でもいいから殺したかった』のような通り魔的犯行も少ない。
この世界では、ただ暴れたいだけなら、魔物と戦えばいいからな。存分に破壊衝動を発散させられるし、金も手に入る。
ノアタムアには魔物の存在があるから、金目当ての強盗も少ないのだ。
他の人魚から力ずくで金品を奪い取るには体力がいる。だが失敗すれば捕まるような非合法な行為をしなくても、魔物と戦えば正当な報酬が得られる。
魔物と戦ったことがなくても、わずかな金欲しさに犯罪に手を染めるくらいなら、魔物狩り屋になろうと考える者は多いのだ。最初は弱い魔物しか倒せなくても、経験を積んで魔物狩り屋として熟練していく方が、後ろ暗いところがなくて気分がいいからな」
「そっか……。それにノアタムアは女ばっかりなんだし、『女の一人歩きは危険』ってこともないよね」
「うむ。もちろん全く犯罪が無いとは言わんが、シンの記憶にある日本より治安はいいぐらいだろう」
「もめ事はどうしたって起こるもんね。ケンカして衝動的に手が出たとか、痴情のもつれとか……。だからさっき言ってた、双牙舎があるんだね。
あっでも、あの人はこのヒーズル国の王子なんだよね? ノアタムアにはヒボッス国ってのもあるんでしょ? 隣の国はこの国のことをどう思ってるの? 仲が悪いんだったら王子様が狙われるとか起こらない?」
私は以前ノアタムが、この世界には二つの国があると言っていたことを思い出した。東がヒーズル国で西がヒボッス国。聖徳太子の『日出ずる国と日没する国』が元ネタらしいので、その名前も私はすぐに思い出した。
「ヒーズル国とヒボッス国は友好関係にある。というか、巨大な海溝があって行き来にやや時間がかかるため、国が二つできただけなのだ。町に精霊がいたり、人魚が魔法を使ったり、町の外に魔物がいたり、という根本的なことはどちらの国も同じだ。行き来しづらいだけで交流はあるので、言語も共通だ」
「そうなんだ。じゃあ王子様が一人で出歩いても問題ないのか……。
それにしても、出会っていきなりナンパしてくるなんて、あの人そういうことに慣れてそう。自分のこと有名人って言ってたけど、誰彼構わず口説くことで有名ってことじゃないの?」
「かもしれんな」
「顔は確かに綺麗だったし、王子様だし、もてるんだろうけどさ。髪の一部だけ赤いのおしゃれだったよね。人魚って、髪の一部分だけ違う色が生えてくるとかあるの? うろこも一部分だけ色が違う人っているじゃない」
「そういう体質の人魚もいる。だが、髪を染める人魚もいるな」
「へー! 水の中でもそんなことできるんだ」
「もちろんだ。ノアタムアにも染料はある。動植物や鉱物の成分をシーズ水と混ぜて色の付いた液体を作るのだ。筆記に使われるインクはそうやって作られている。衣類も、素材そのままの色だったり、染色していたりと、様々だ」
「じゃあ、髪の毛もそういうインクで染めるんだ」
「うむ。そして、ただ髪の色が変わるだけの染料もあるが、精霊の力がこもった染料もある」
「えっ!」
「髪を染める施設は『髪染屋』と言ってな、店に精霊がいる。
髪は体の一部だからな。精霊の力を込めた染料を髪に染み込ませることで、魔法を使う際に、髪に宿った精霊の力の助力が得られるのだ。
赤は、攻撃力を高め、魔法の威力が上がる。
青は、精神力を高め、魔法を使える回数が増える。
緑は、集中力を高め、魔法の発動が早くなる。
黄は、影響力を高め、魔法の範囲が広がる」
「へー! すごいじゃん! 何でもっと早く教えてくれなかったの?」
「髪染屋は小さな町にはないのだ。それに染料に精霊の力を加えるから、価格がかなり高い。短い髪に一色を使うだけで、5,000テニエルほどは必要だろう」
「高っか!」
「そして紫など、色を複数混ぜる場合は、更に価格が上がる。その分、どちらの効果も得られるがな。
赤、青、緑、黄、そして白の染料があるので、大体の色は作れるが、混ぜる色が増えるほどに価格は上がっていくのだ。
ちなみに、白の染料は回復魔法の効果を高める」
「へえ……。でもさ、例えば私の髪を真っ白に染めることってできるの? 黒髪は脱色しないと染まらないでしょ?」
「うむ。だから髪の色を抜く薬品もあるが、黒髪は黒の染料で染める方が好まれるな」
「えっ、同じ色で?」
「地毛と同系統の色で染めると馴染みが良く、効果をより強く感じると言う者は多いのだ。魔法は本人の精神集中が重要だからな。自分に合う色を身につければ気分が良くなる、気に入った髪型をしていれば気合いが入る、そういうことだ。
そして黒は、白以外のすべての色を内包しているので、赤青緑黄、全部の効果を持つ染料となっている」
「へえ、黒髪ってすごいんだ」
「だからさっき、あの王子がシンの黒髪を褒めていただろう。黒髪は他の色に染めにくいし、黒の染料で染めると効果が高いからな」
「なるほど、それでかあ……」
私は自分の黒髪を触った。元が日本人だから黒髪にした、とノアタムは言っていたし、自分もそれで違和感はない。だが、黒髪が特殊扱いされていると聞いて、悪い気はしない。
「お前も黒髪を黒の染料で染めてみるか?」
「えーでも、高いんでしょ?」
「使う色が増えるごとに単色価格の半額を追加、というのが相場だからな。黒は赤青緑黄の四色が混ざるのと同等なため、短髪を黒の染料で染めるには12,500テニエルほどかかるだろう」
「十万円超えちゃうじゃん! 高い高い! 髪を染めるなんてやってらんない!」
私は腰のポーチを押さえた。そこに30,000テニエルは入っているが、その三分の一以上を一気に使う気にはなれない。
「無駄遣いしないように早くこのお金を手形屋に預けちゃおう」
「魔法の効果が上がるので無駄ではないが、確かに高い買い物だからな。堅実なのは良いことだ」
私はノアタムと共に、宿に向けて泳ぎだした。
「それにしても、立て続けに二人から迫られるなんてびっくりだよ。
『異世界に行ったら複数のヒロインに惚れられてハーレムに』、
『異世界で複数のイケメンに口説かれてどうしよう』、
って展開の漫画とかラノベみたい」
「そうだな。どうだ、当事者になった気分は」
「……やっぱ、初対面で求婚してくる人はちょっと怖いからやだ……。顔が良くても何でも。それに私も相手もみんな女だし」
「ノアタムアの人魚は性転換が可能だと言っただろう」
「そうだけど、今は女の姿なわけだし」
そんな会話をしながら、私達は宿を目指した。




